阪神電車・車両の変遷

このページでは、3011形以降の阪神電車の車両の歴史について解説します。

       《小型車の変遷では、開業時からの車両の変遷を紹介しています。》

 

(1)高性能大型車3011形の登場

 戦前の阪神は小型車大国と呼ばれ、阪急や省線(国鉄)に比べ、幅の狭い電車で占めていました。

しかし、車両の大型化は大正時代から考えられており、梅田地下駅などの建造物も、大型車の

限界に合わせていました。

 戦後、阪神は新車を作らずに線路改良に精を出し、大型車の導入に備えました。そして、

1954年に特急車3011形が15両登場しました。それまでの茶色一色から、クリームと

チョコレート色のツートンカラーで登場したこの車両は、東急5000系(通称アマガエル)と共に、

日本の高性能車両の幕を開けた車両として、高く評価されました。この車両は、3両固定の2扉

オールM車で、車内は扉間がゆったりとした固定クロスシート、車端部はロングシートになっており、

同年から梅田〜元町間(途中三宮停車)ノンストップ特急に20分間隔(昼間のみ)で使用され、

この区間を27分(梅田〜三宮間25分)で結びました。尚、特急が運転されない朝夕ラッシュ時

には準急や急行に使用されました。

 尚、1960年ダイヤ改正で特急の停車駅が増えた事による混雑緩和のため、4両編成で運用

する事となり(3501・3301は3両編成で運転)、4連3本と3連1本に組替えられました。更に

その後のダイヤ改正時には5両編成3本に組替えられました。

 Mc  M    Mc
3011 3012 3013
3021 3022 3023
3031 3032 3033
3041 3042 3043
3051 3052 3053

 

(2)赤胴車の登場

 3011形が特急用として登場したのに対して、急行用には1958〜59年に両運転台車3301形と

片運転台車3501形が登場しました。いずれも単車走行が可能で、クリームとバーミリオンのツートン

カラーであることから、赤胴車と呼ばれました。この車両は、片開き3扉で窓は二枚連続風窓を扉間に

2個配置したデザインでした。

 Mc 
3301
3302
3303
3304
 Mc    Mc  
3501 3502
3503 3504
3505 3506
3507 3508
3509 3510
3511 3512
3513 3514
3515 3516
3517 3518
3519 3520

 

(3)ジェットカーの登場

 阪神は、戦前から加・減速の優れた車両を普通に使用していましたが、特急・急行のスピードアップを

考える場合、普通をいかに待避駅まで早く走らせるかがポイントになりました。そこで、普通車両も加・

減速性能を向上させ、駅間所要時間の短縮を図る事になり、5001形初代ジェットカー2両が1958年に

登場しました。5001形は、クリームと緑のツートンカラーで、2両としたのは、それまでの普通が小型車

3両での運転だったのを置き換える時、定員が2両でも確保できるためでした。加速度4.5km/s/s,

減速度5.0km/s/sの高性能で梅田〜元町間を各駅停車で38分運転できる性能を持ちました。

 5001形は試作車ということで、車内は急な加速に乗客がよろめかない様に、セミクロスシートとして

いましたが、テストの結果、ロングシートで大丈夫と判断し、量産車はロングシートで登場しました。

両運転台車5101形と片運転台車5201形で、クリームとウルトラマリンブルーのツートンカラーになり、

急行用の赤胴車に対して、青胴車と呼ばれました。尚、5201形の初期の2両はステンレスカーで登場し、

ジェットシルバーと名付けられ、それに対して鋼製車はジェットブルーと名付けられました。

 これら3形式の登場によってジェットカー32両が揃い、1960年のダイヤ改正で昼間の普通は全て

ジェットカーによる運転となり、梅田〜元町間60分運転(10分間隔)となり2連13編成で運用されました。

 Mc 
5101
5102
5103
5104
5105
5106
5107
5108
5109
5110

 

 Mc   Mc 
5201 5202
5203 5204
5205 5206
5207 5208
5209 5210
5211 5212
5213 5214
5215 5216
5217 5218
5219 5220

背景が銀色〜ステンレスカー

 

(4)赤胴車・ジェットカーの増備

 1960年のダイヤ改正で、3301・3501は特急にも使用され始め、西宮折り返しの(区間)急行には

旧型車が使われていました。また、普通電車は昼間の全列車がジェットカーになっていましたが、余裕が

無く、ラッシュ時にはやはり旧型車も使用していました。これらを大型車に置き換えて、輸送力の増強を

行う目的で、急行用の3601・3701形、普通用の5231形が昭和36〜38年に登場しました。

 3601・3701形は阪神初のM−Tユニット2両編成で登場し、駆動方式も3501の直角カルダンから

平行カルダンに変更されました。また、神戸高速乗り入れ前に1500V化する予定だったため、昇圧

準備が施されていました。そして昇圧後は3601(Mc)形の運転機器を取り外し、実質的に4両固定化

されました。

 一方の5231形も平行カルダン駆動となり、昇圧準備がなされ、昇圧後は2両固定化されました。また、

1964年には単行可能な増結用5151形2両が登場しました。

 Tc   Mc   Mc   Tc 
3702 3602 3601 3701
3704 3604 3603 3703
3706 3606 3605 3705
3708 3608 3607 3707
3710 3610 3609 3709

 

 Mc   Mc 
5231 5232
5233 5234
5235 5236
5237 5238
5239 5240
5241 5242
5243 5244
5245 5246
5247 5248
5249 5250
5251 5252
5253 5254
 Mc   Mc 
5151 5152

 

(5)R車の登場と特急車3011形・試作ジェットカー5001形の一般車化改造

 阪神は一層の輸送力増強と、旧型車置き換えを推進するため7801・7901形(1次車)を登場させ

ました。この車両は1963年から1966年に製造されましたが、電気ブレーキの省略、運転台後部の

座席無し、などコストダウンを図っており、経済車と呼ばれました。また、ラッシュ時輸送力増強用

としての意味合いからR車とも呼ばれました。MT2両ユニットを連結し、4両で運用されました。

 尚、1964年には特急車3011形が貫通型2扉ロングシートに改造の上、2両ユニットの3061・

3561形となり1両が余ったため、7922として7901形に編入させるべく改造されましたが、窓配置や

車体形状など、非常に稀有な存在となりました。 

 続いて、1966〜1968年にはT車に運転台を取り付けた7861・7961形が登場しました。尚、7864

以降は、雨樋を埋め込んで登場しました。また、単行が可能な増結用赤胴車3521形12両が登場した

のもこの頃です。これら3形式は、基本的な形状は同じです。

 また、経済車の流れはジェットカーにも及び、1967〜1968年には2両ユニットの5261形10両、

1968〜1969年には単行可能な増結用の5311形4両が登場しました。5311形は雨樋が埋め込まれて

います。

 先述の通り、1964年には特急車として登場した3011形が赤胴車と同じ塗装に変更の上、ロングシート化

2両ユニットの3061・3561形に改造されました。またジェットカー5001形も他のジェットカーと同じ塗装に

変更され、ロングシート化されました。

 Mc    T    T   Mc 
7801* 7901*  7902*  7802*
7803* 7903* 7904* 7804*
7805* 7905* 7906* 7806*
7807* 7907* 7908* 7808*
7809* 7909* 7910* 7810*
7811* 7911* 7912* 7812*
7813 7913 7914 7814
7815 7915 7916 7816
7817 7917 7918 7818
7819 7919 7920 7820
7821 7921 7922** 7822
7823 7923 7924 7824
7825 7925 7926 7826
7827 7927 7928 7828
7829 7929 7930 7830
7831 7931 7932 7832
7833 7933 7934 7834

*印は後に3000系に改造された車両

**印は3011形改造車

 

 Mc   Tc   Tc   Mc 
7861 7961 7962 7862
7863 7963 7964* 7864*
    7966* 7866*
    7968* 7868*
    7970* 7870*
    7972* 7872*
 Mc   Mc 
3521 3522
3523 3524
3525 3526
3527* 3528*
3529* 3530*
3531* 3532*

*印は雨樋を埋め込んだ車両

 

 Mc   Mc 
5261 5262
5263 5264
5265 5266
5267 5268
5269 5270
 Mc   Mc 
5311* 5312*
5313* 5314*

*印は雨樋を埋め込んだ車両

 

(6)冷房車、電機子チョッパ制御車の登場

  1969年に登場した7801(7835〜)・7901形(7935〜)10両は、急行用としては初めて

両開き扉となり、通風装置にはラインデリアが採用されました。

 続く1970年には日本初の営業用電機子チョッパ車7001・7101形3両編成(Tc−M−M’)が

登場しました。このチョッパ車は力行専用で回生ブレーキは取り付けされませんでした。また、この

編成には7801(7840〜)・7901(7940〜)2両を同じ車体(両開き)で製造し、5両編成として

運転しました。これは、当時、チョッパ制御機器が高価で、5両全てに装備する事ができず、やむを得ず

抵抗制御車を併結して運転することにしたものです。

 また、同時に登場した5261形(5271〜)4両共々、阪神初の冷房車になりました。ジェットカーの

冷房車としては、1976年夏までこの4両だけでしたので、運行ダイヤの問い合わせが殺到していた

そうです。

 その後、1972年には7001・7101形がTc−M−M’−Tcの4両編成3本が登場しました。これに

伴い、先に登場した3両編成にもTc車を連結して4両編成9本が揃いました。

  7001・7101形の成果を他の車両にも生かすべく、3601・3701形を完全な4両固定編成とした

上で電機子チョッパ制御に改造し、形式を7601・7701形としました。(同時に冷房改造も施行) 

  他の急行車も冷房改造が行われ、1975年には急行車全車の冷房化が達成されました。

 Tc   M   M’  Tc 
7101 7001 7002 7102
7103 7003 7004 7104
7105 7005 7006 7106
7107 7007 7008 7108
7109 7009 7010 7110
7111 7011 7012 7112
7113 7013 7014 7114
7115 7015 7016 7116
7117 7017 7018 7118
 Mc   T   T   Mc 
7835 7935 7936 7836
7837 7937 7938 7838
7839 7939    
    7940 7840
    7942 7842
    7944 7844
    7946 7846
    7948 7848
    7950 7850
 Mc   Mc 
5271 5272
5273 5274

 

 

(7)抑速ブレーキ取り付け車の登場

  1974年には再び抵抗制御車として3801・3901形4両2編成が登場しました。この車両には、

将来の西大阪線延長に備え、その計画線上に存在する急勾配に対応させるための抑速ブレーキが

取り付けられました。車体は7001・7101形とほぼ同一ですが、天井がやや低くなっています。

1977年にも1編成登場しており、この車両には阪神初の行き先表示幕が取り付けられました。

この種別と行き先を一緒に表示するデザインは現在まで引き継がれています。

 Tc   M   M’  Tc 
3901 3801 3802 3902
3903 3803 3804 3904
3905 3805 3906 3906

 

(8)初期ジェットカーの代替車登場

  急行車の冷房化が完了し、続いて普通車の冷房化が検討され初期のジェットカーの冷房改造が

検討されましたが、新造した方がコストが低いことから初期の5001・5101・5201・5231形は

代替車の登場と共に廃車されることに決まりました。1977年にまず新5001形4両が登場し、替わりに

旧5001形2両とジェットシルバー5201形2両が廃車され、その後、5001形は1981年までに全部で

16編成32両が新造され、5201・5101形が全廃されました。

 昭和1980〜81年にかけて、5151・5131形6両が回生ブレーキ付き電機子チョッパ車に改造され

良好な結果が出た事から、5231形の代替は5131・5331形という回生ブレーキ付き電機子チョッパ車

として1983年までに計12編成24両が新造され、この結果、阪神は大手私鉄で初めて冷房化率100%を

達成しました。

 Mc   Mc 
5001 5002
5003 5004
5005 5006
5007 5008
5009 5010
5011 5012
5013 5014
5015 5016
5017 5018
5019 5020
5021 5022
5023 5024
5025 5026
5027 5028
5029 5030
5031 5032
5131 5132
5133 5134
5135 5136
5137 5138
5139 5140
5141 5142
5143 5144
5331 5332
5333 5334
5335 5336
5337 5338
5339 5340

 

(9)初期急行車の代替廃車に伴う新型急行車の登場

 1983年にはそれまで事実上、3両固定編成となっていた7801−7901−3521を界磁チョッパ制御車

3000系に改造する工事が始まりました。

 翌年の1984年、武庫川線が延伸されるため、同じく界磁チョッパ制御車の新型急行車8000系6両編成

1本が新造されました。内訳は、武庫川線延伸に伴う増備が3両、本線の輸送力増強用3両ですが、実際

には武庫川線に7861形4両を導入し、8000系は本線に使用しました。

 外見は10年前に登場した3801形と殆ど変わっていませんが、正面の貫通幌が取り付けられていない

所が特徴です。

 1985年には同じ8000系ではありますが、外見が大幅にモデルチェンジされた新8000系が登場しました。

正面は行先表示器を窓と同一化し、側面は下降窓となりました。車内もそれまでのグリーン基調からグレー・

ホワイトを基調としたものに変わり、非常に洗練されました。(これが効を奏したのか、この年、阪神タイガースが

初の日本一に輝いたのは記憶に新しいところです。)

 8000系はその後、年に2〜3編成ずつ増備されました。それと同時に元特急車3011形の改造車

3561形・急行車として登場した3301形・3501形・7601(7701)形・7801(7901)形が代替廃車

されました。尚、1988年秋には西大阪線用に残っていた3561形(2両)のさよなら運転が定期特急として

運転されました。(7801・7901形4両と併結)

 1991年には側窓を連続窓風に拡大し、車内もシートをバケットシートに変更され、LEDによる車内案内

表示機を設置するなど、大幅なグレードアップを施した新”新8000系”が登場しました。

 8000系はその後も増備が続き、1995年3月には126両となる予定でしたが、1995年1月17日の

阪神・淡路大震災によって、8000系は15両が廃車となり、その後、震災復旧のために製造した3両が

登場したため、現在は114両(19編成)が在籍し、阪神の顔となっています。

 

(10)新型ジェットカー、新型急行車の登場

 阪神電車は大震災により実に41両もの車両が廃車となりました。これは阪神が必要とする年間新造

車両12両の3倍以上であり、早期の復旧が危ぶまれました。まず、ジェットカーの廃車2編成8両に代わり、

震災前から計画されていたVVVF制御の新型5500系を計画を繰り上げて登場させました。外見的には

8000系を基本としつつ、正面窓を黒基調とし、外装もブルーを基調としながらも36年ぶりに一新しました。

車内もブルー系に変更され、バケットシートを採用し、更に車内案内表示機には路線図が併設されるなど、

サービスが大いに向上されました。

 一方、急行用は8000系3両の他は久しぶりに川崎重工での製造となりました。製造期間が短かったため、

開いている製造ラインを使用せざるを得ないため、ステンレスカーとなりました。この車両は9000系となり、

5500系に続きVVVF制御となり、30両がほぼ一斉に登場しました。

これにより、1996年3月には阪神の車両数は震災前と同じ314両に戻りました。

 その後、1年以上は新造車両がありませんでしたが、1998年2月のダイヤ改正で35年ぶりに10分間隔

ダイヤが復活するのに伴い、1997年に3編成が川崎重工で製造されました。(3000系12両が代替廃車)

 1998年にも3編成が新造され、5261形6両・5311形2両・7801形(7835〜)4両が代替廃車され

ました。更に1999度分として5500系4両が新造され、これによって5500系は普通車で最大の勢力と

なり、代替として5261形(5271〜)4両が廃車されています。

 

(11)セミクロスシート車登場

 1998年2月、阪神梅田〜山陽姫路間直通特急の運転が始まり、阪神線内には山陽5000(5030)系

セミクロスシート車が毎日、乗り入れてくる様になりました。当然、阪神車による直通特急も設定されて

いましたが、阪神線内では「山陽電車=直通特急」というイメージが定着しました。当初、混雑が予想さ

れた阪神線内でも、大きな混乱も無く利用された実績から、阪神でもセミクロスシートを造ろうという気運が

高まり、9000系・5500系をベースにしつつ、前面デザイン・外塗等をモデルチェンジした新型急行車

9300系が開発・製造される事になりました。塗装は5500系の塗り分けに合わせ、下部にシルキーベージュ、

上部にプレストオレンジを採用しました。クロスシートは6両編成の内、中間車4両に設置し、両端2両と

中間車の車端側にはロングシート設置して、混雑の緩和を図りました。また、立ち客に配慮して扉部分にも

吊革を取り付けた点が評価される一方で、クロスシート部分には吊革が無く、混雑時には立ちにくい

スペースとなっており、この車両で唯一、改善が必要な点と思われます。

 9300系は2001年3月の西宮市内高架化に伴うダイヤ改正と同時に登場しました。2002年3月には

2編成目が登場、同年秋には3編成目が登場しました。

 この車両は直通特急に限らず、急行・準急にも運用される事になっており、運用も8000系・9000系と

共通運用が組まれています。

 また、更新時期を迎えている8000系初期車を順次、クロスシート車に改造する事になり、2005年5月

現在、5編成となっています。足回りはそのままで、内外装を9300系と同一化されており、新車同然の

出来映えに仕上がっています。今後、年1〜2編成のペースで改造が行なわれる予定です。

 

(12)将来

 2002年5月、阪神電鉄の子会社である武庫川車両工業を同年秋に解散する事が発表されました。同社は

同年9月に登場した9300系6両が最後の新造となり、今後、阪神電鉄は大手車輛製造会社に新造車を

発注する事になります。

 ところで、長年の懸案であった西大阪延伸線(阪神なんば線)が、いよいよ動き出す事になりました。完成は

2009年春の予定となっており、2006年秋に待望の1000系が登場し、開業までに78両が登場します。9000系も
乗り入れ対応のため改造され、合計108両で近鉄との相互乗り入れ運用に入ります。
 一方で7801形は旧ラインデリア車が全て廃車されて形式消滅、7861形も武庫川線対応車のみとなり、2000系2編成や
8801形1編成も廃車となる予定です。

 

阪神電車・現在の車両

震災による車両動向

阪神電車・車両の変遷(小型車編)