山陽電車・神戸高速ダイヤの変遷

 ここでは、山陽電車のダイヤ改正の変遷を阪神・阪急を絡めながらまとめていきます。

 

昭和55年頃のダイヤ

 当時の運転間隔を見ると、ラッシュ時は山陽が15分・阪神12分・阪急13分(夕方12分)、

昼間は山陽20分・阪神12分・阪急10分と、各社共、バラバラでした。

 山陽の運転内容を見ると、昼間は20分間隔で特急(姫路〜阪神大石・阪急六甲)1本・普通(姫路発、

東二見発)2本で、1時間に9本の運転でした。12時頃の閑散時間には、東二見発着の普通が削られ、

6本の運転でした。ただし、須磨浦公園以東は、阪神・阪急の特急が毎時各3本乗り入れており、

計15本が運転されました。しかし、運転間隔が違うので接続が悪く、高速神戸・新開地で運転調整を

する列車が多く、所要時間に問題がありました。

 ラッシュ時には、15分間隔で、特急1本・普通2本を運転しました。朝の特急:普通の割合は今とは

正反対で、姫路〜神戸・大阪直通サービスはあまり考慮されていなかった様です。

 この頃の山陽各駅で配布されていたポケット時刻表には冷房車で運転するものに印が入っていました。

 

昭和59年3月改正(終日15分サイクル化)

  山陽は昼間の20分間隔を15分間隔に変更し、特急と普通を1本ずつ運転する様になりました。

特急の増発で阪神・阪急との接続も改善されましたが、東二見発着の普通がなくなり、近距離輸送より

中・長距離輸送を中心とする形に変わりました。尚、普通はそれまで殆どが新開地の中線で折り返して

いたのが、高速神戸の2・3番線で折り返すようになりました。この頃は、国鉄の新快速も姫路へは毎時

2本の運転でしたので、現在ほどの脅威ではなく、運賃・本数において山陽にまだ競争力がありました。

 朝ラッシュ時には須磨まで特急、須磨から各駅停車となる列車を廃止し、特急を増発した結果、神戸

方面行特急が一部時間帯で(30分間だけですが)7.5分毎となりました。

 また、網干線は夕方と深夜に一部を除き、線内折り返しに変更されました。

 休日の昼間は特急4本中、3本が阪神大石(三宮)行、1本が阪急六甲行というアンバランスなもの

でした。この時から、阪神大石の折り返しは、原則1番線から直接姫路方面へ発車する様になりました。

 尚、ダイヤ改正直後のゴールデンウィークに阪急六甲駅で山陽特急の運転士がATSを解除して本線に

進入、阪急特急と衝突する事故が発生したのは記憶に新しいところです。

 

昭和62年12月改正(通勤特急の誕生)

 分割民営化される直前の昭和61年11月に国鉄は最後の逆襲にでました。昼間の新快速を全列車共、

姫路発着としたのです。運賃には差がありましたが、これを境に山陽は姫路〜神戸直通客を国鉄(JR)に

奪われるようになりました。

 山陽は、阪神・阪急と共にJR対策のダイヤ改正を行いました。朝ラッシュ時を13.5分間隔として特急・

普通と高砂・大塩から通勤特急を運転しました。神戸まで座ってもらい、明石でのJR乗換えを減らそうという

考えから設定されたのですが、事情が似ていた京成が、昼間より停車駅の少ない特急(通勤特急)を

走らせたのに比べると、山陽の通勤特急は停車駅が特急より多い事もあって、JRのスピードには勝てず、

乗客減を止めることはできませんでした。

 昼間は阪神に快速急行が設定された事により、阪神梅田〜姫路間の乗り継ぎが改善されました。

 この改正で全特急が神戸市営地下鉄と連絡する板宿に停車しました。尚、高速神戸・新開地における

運転調整の長さが見直され、代わりに阪神・阪急三宮での運転調整が増加したものの、かなりスムーズな

ダイヤになりました。

 

平成元年7月改正(通勤特急のスピードアップ)

  藤江の上り待避線が完成し、ここで通勤特急が普通と接続する様になりました。これによって、

東二見での特急待避が高砂に変更され、スピードアップ。特急との間隔も東二見・藤江・明石付近

ではほぼ等間隔となり、綺麗なダイヤになりました。

 

平成3年3月改正(S特急の誕生)

 朝の通勤特急をS特急に名称変更し、朝の神戸方面行に加えて夕方・夜間の高砂方面行を新設

しました。(夜間の高砂行は従来の東二見まで特急・以遠各駅停車の列車を変更)また、5000系

3編成が初めて6両編成になり、特急の一部が6両化されました。これに関連して、阪神乗り入れ

全列車がホームの短い阪神西灘を通過する様になりました。

 昼間の特急の所要時間は高速神戸〜姫路間で57分になりましたが、既に大阪・神戸〜姫路間の

シェアはJRに圧倒される様になりました。また、明石駅がJR明石駅に併設した形の高架駅となり、

JRへの乗換えがよりスムーズになり、東二見方面からJRに乗り換える流れが強まりました。

 

平成5年7月改正改正(土曜ダイヤの導入)

 土曜ダイヤを導入する事になり、朝夕S特急を減らしたり、阪神・阪急への直通に若干の変化が

見られました。

 

平成7年1月17日(兵庫県南部地震発生)

 5時46分、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生、その頃大開を通過した上り特急は間一髪で

大開駅陥没に巻き込まれずにすみましたが阪神間の鉄道は終日ストップし、山陽も神戸市内が壊滅的な

被害を受け、板宿付近は戦争中のような雰囲気になってしまいました。明石〜姫路間は数日で開通し、

その後、1月28日に霞ヶ丘まで、同31日に滝の茶屋まで、2月21日には須磨寺〜東須磨間が、そして

3月24日にはこの春開業予定だった地下線を使い、東須磨〜板宿間を開通させました。そして、その後も

小刻みに開通区間を増やし、6月18日の板宿〜西代〜高速長田間開通で山陽電鉄は全線開通に

こぎつけました。特急は長田発着、普通は西代発着で運転されました。しかし、大開駅陥没により山陽の

電車が三宮・大阪方面へ走る事は出来ず、当然の事ながら、先に開通したJRに旅客は流れ、山陽は

以前にも増して明石以東をガラガラで走る様になりました。

 尚、神戸高速線内に取り残された5000系2本と3000系1本は2月20日の阪神岩屋〜阪神三宮間

開通時より、阪神岩屋(3月1日より西灘)〜新開地間の輸送を阪神ジェットカー2編成と共に担当する事

になり、同区間を朝6〜7分、昼・夕方10分間隔で結びました。当時、阪神三宮駅ホームの時刻表には

従来通り、山陽電車が緑色で記載されいましたが、それを見ると70%程度が山陽車で運転されていました。

 そして、8月13日には神戸高速が全線開通し、従来通りの相互乗り入れが再開されました。(大開駅は

翌年1月17日に再開され、それまで同駅は通過していました。)また、阪急からは昼間毎時2本ながら

特急の乗り入れが復活しました。朝ラッシュ時は15分間隔に間伸びました。

 しかし、三宮直通が再開されてもJRへ流れた旅客は殆ど戻らず、山陽電鉄は震災以前にも増して

苦しい立場に追いやられていきました。これを改善するため、山陽はこの年の秋に阪神電鉄に対し、

直通運転の拡大(山陽の梅田乗り入れ)を打診し、以後、両者で直通運転の話し合いが行われ、

平成9年6月に山陽・阪神の直通運転が発表されました。

 

平成10年2月15日改正改正

 山陽姫路〜阪神梅田間に直通特急が走り始めました。遂に山陽電鉄の悲願である大阪梅田乗り入れが

達成されました。また、山陽5000系は阪神線内では34年ぶりのクロスシート車であり、阪神の乗客にも

そのサービスぶりを発揮する事になりました。

 ダイヤも大幅に変わりました。朝は13.5分間隔が復活し、従来の特急は全て阪神梅田行直通特急に

なりました。昼間は15分間隔で阪神三宮行特急と阪神梅田行直通特急を交互に運転、普通は15分間隔で

阪神大石・阪急三宮行を運転、夕方は12分間隔に直通特急(一部特急)、普通を運転し、わかりやすくなり

ました。また、夜間は24分間隔に直通特急・S特急・普通(2本の時間帯あり)を運転し、阪神梅田発姫路行

最終は22時36分に、東二見行最終は23時になりました。

 尚、昭和43年から続いていた阪急との相互乗り入れは、この改正で中止され、山陽は阪急三宮まで、

阪急は新開地までの運転となりました。

 

平成10年3月改正(山陽姫路〜阪神梅田直通特急誕生)

 夢の掛け橋と言われた明石海峡大橋の開通が迫った3月に開通前イベントが行われる事になり、その

対策として昼間の特急・直通特急が舞子公園に臨時停車しました。また、普通の臨時運転も行われました。

しかし、JRが終日舞子に快速を停車させているのに比べると、インパクトに欠けていました。その後、

大橋開通後しばらくしてから休日(9〜18時)の特急・直通特急が臨時ながら舞子公園に停車する事に

なり、その効果もあってそれなりのバス乗換え客を確保しました。また、直通特急自体も山陽〜阪神直通

利用者の増加につながりました。

 

平成13年3月改正(直通特急の増強)

 5030系中間車の増備によって、直通特急に使用できる6連が大幅に増加した事により、直通特急を

増強しました。山陽側から見ると、平日の特急が全て直通特急となりました。昼間では従来の特急との

交互運行が全て直通特急になりましたが、山陽の15分間隔と阪神の10分間隔を調整するために、

新たに直通特急となった列車(毎時2本)は西元町・大開停車となっています。朝ラッシュ時は14分間隔に

伸び、始発から9時過ぎまでの上り直通特急が滝の茶屋にも停車となりました。夕ラッシュ時以降は逆に

下り直通特急が滝の茶屋停車となりました。休日は19〜20時代で阪神の12分間隔と合わないため、

数本の山陽特急が残り、阪神特急との接続に問題を残しています。更に休日のみ舞子公園に全ての

直通特急・特急が停車となり、以前より停車本数が増加していますが、舞子公園駅の乗降客数を見る

限り、あまり効果は出ていない様です。

 この改正で姫路〜明石間は31分に短縮されましたが、阪神線内で尼崎・魚崎が直通特急の停車駅に

なったため、姫路〜阪神梅田間所要時間は最短で89分に伸びました。

 

阪神電車ダイヤの変遷