獄寺+ヒバピン
05:1日何箱?
くわえたタバコをくゆらせながら特に目的もなくぶらりと外を歩いていると、公園の中からうなり声が聞こえてきた。
『ウウウ〜〜〜』
「ラッ、ランボさんのせいじゃないぞ!」
『ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛〜〜〜〜〜』
ちょうど公園の入り口に差し掛かり、中の様子が窺えるようになった。
見ればアホ牛とイーピンがベンチの傍で顔を突き合わせていて、そこから二種類の声が聞こえてくる。
どうやらあのうなり声はイーピンのものらしい。
「ランボさん悪くないもんねっ、あいつが勝手に飛んでったんだかんなっ!」
『違う!ランボのせい!ランボのせいでイーピンのっ、……ウウウ〜〜!!!』
眉の間にしわを寄せ、ギン、と、ものが見えにくいときに見せるような不細工な顔をした。
アホ牛の行動をたしなめることはよくあるが、
あんな風にイーピンが自分の感情でアホ牛に怒りをぶつけているのは珍しい。
口にすると泣いてしまいそうで、うなることで泣くのを我慢しているんだろう。
ウウウウうなるイーピンに、アホ牛も少しひるんでいる。
口調こそ自分を正当化しているものの、イーピンが泣きそうになると困った顔をしていた。
ふらり、公園の中に足を向け、ガキの上から影を作る。
「おい、アホ牛。またテメー余計なことしてんのか」
「!ち、ちがーうもん!オレっち遊んでただけだもん!ランボさん悪くないもん!」
『ランボが悪い!』
イーピンの言葉にちらりと視線をアホ牛に戻す。
ぎくり、とアホ牛の体がこわばった。
「っう、うう……ツゥーナァー!」
「!?」
アホ牛が呼ぶ名前に一瞬10代目が近くにいらっしゃるのかと思って反応してしまった。
実際には10代目はおらず、公園の外へ走り去っていく後姿から弱い悪者の捨て台詞だと判断できる。
偉大なマフィアのボスに助けを求めるというのは弱者として正しい選択だが。
『ウウ、ウ゛……ゥ…』
一方、うなり声がやまないイーピンは、本格的に泣きが入ってきてしまっている。
丸い頭をひと撫でし、脇の下に手を添えて持ち上げる。
腕に尻を乗せて座らせてやると、ぎゅう、とジャケットを掴み、胸元に顔を埋めてきた。
ぐずぐずと鼻をすすり、ぐりぐり頭を擦りつけられる。
『ラン、ボが…イーピンの、ふうせ、ん、飛ばし…て、割れっ、ちゃった…ぁ』
顔を上げれば木の枝に割れた風船の破片と糸が二組引っかかって垂れている。
大方、アホ牛がイーピンの風船を奪って振り回し、誤って飛ばした挙句
木の荒れた肌で割れてしまったんだろう。
緑と赤の風船の破片に、小さく白い文字で駅前の薬局の名前が書かれている。
「またもらいに行くか?」
『イーピン、たち、が…もらっ…た、あと、お、姉さん、帰っ、ちゃっ、たもん!』
言い終わるとまたうなり始めたイーピンにひとつため息を吐く。
普段はこんなに頑なに物にこだわったりしないのに、
これまでに積もり積もったものが爆発してしまったのだろうか。
煙を吐き出してタバコをくわえ直し、
泣くのを我慢して体温の上がったほかほかの背中を軽くたたく。
「テメーも一応女なんだからもうちっとマシな顔しろよ」
コンビニで肉まんでも買って食わせたら機嫌直すかな。
土産にたくさん買い込んで、こいつを家に送るのを口実に10代目に会いに行こう。
短くなったタバコを地面に落とし、火を消して公園を出ようとした。
「ちょっと待ちなよ。ポイ捨てしてそのまま立ち去るつもり?」
「ああ?」
嫌な声に呼び止められて後ろを振り返れば、
日曜にも制服(じゃあないけど)を着ているウチの風紀委員長が立っていた。
「それにこの公園は禁煙だよ」
うるせー奴に見つかった。
今日はガキもいるし、厄介だな…。
「わーったよ、次から気をつける。今日は用事があるからもう行くぜ」
「まだ話は終わってないよ」
こちらが素直に引き下がってやろうってのにしつこい野郎だ。
だんだんとイライラしてきて今度こそ奴に向き直った。
「なんだっつーんだよ、オレがタバコ吸おうがテメーにゃ関係ねーだろ!」
「大いに関係あるよ。君がタバコを吸うことで有害な副流煙が周りの人間に毒を運んでくるんだ。
そもそも君、1日に何箱吸ってるの?君の存在がすでにケムリ臭いよ」
「っ、言わせておけば……!」
胸元からは鼻をすする音は聞こえなくなっている。
これなら手放してもうまく着地するだろう。
抱き上げていたイーピンを放り、新しいタバコに火をつけてダイナマイトを構える。
ヒバリはすでにトンファーを構え、にやりと嫌な笑みを浮かべている。
「君はここで咬み殺す」
「果てろ!」
点火したダイナマイトをヒバリに向かって投げつける。
いくつもの爆発をかいくぐって向かってくるヒバリにお見舞いすべく、再びダイナマイトに火をつけようとしたそのとき、
足元にぎゅう、としがみつくものがあった。
「っ…!?イーピン、危ねーからちょっと離れてろ!」
イーピンに気を取られている間にヒバリが間合いを詰めてきて、
ガツン、と嫌な衝撃が走り、体が後ろに仰け反った。
ぽろりと手から零れ落ちるダイナマイト、いくつか火をつけてしまっていて、離れないと爆発に巻き込まれる。
倒れながら身の危険を感じたとき、足にしがみつくイーピンの額に見慣れない模様が見えた。
それがまるでカウントダウンのように変化していき、3つ、2つ、となったところで思い至った。
「イッ、イーピン……はなれっ………!」
言い終わらないうちにまばゆい閃光、
オレの零したダイナマイトが次々に爆発をはじめ、その後特大の爆発に巻き込まれた。
目を開けると黒こげになって倒れたオレの腹に、鬢髪がひょろりと見えている。
爆発してすっきりしたのか、気持ちよさそうな顔をして眠っていた。
辺りにヒバリの姿はもう見えない。
一人でさっさと逃げやがって嫌な野郎だ。
せっかく10代目のお宅にお邪魔する口実ができたというのに、
こんなみっともない格好をお見せするわけにはいかない。
落胆を込めた息を吐いて、すすで汚れたイーピンの丸い頭を撫でてやった。
「獄寺君!?」
不意に愛しい声に名前を呼ばれてぴくりと体が反応する。
公園の入り口の方から、大好きな10代目の声!
「アホ寺とイーピンがあんなとこで昼寝してるー。起こしちゃおうぜ、ツナ!」
「あれって昼寝なの!?違うだろ、絶対!」
アホ牛は10代目を後ろ盾に調子のいいことを言っている。
ヒバリに打ちつけられた胸はまだ痛むし、手や顔は爆発の熱でヒリヒリする。
すすだらけのみっともない格好を10代目にお見せするのは本当に情けないと思う気持ちは変わらないものの、
10代目が心配そうに顔を覗き込んでくださるのは、とても幸せなことだなと思った。
End
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(2008.11.02)
(2008.12.02 加筆)
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