「じゃあ、すみません10代目。少しお傍を離れますね」
そう言って獄寺君がオレの傍を離れた時、
何だか教室の空気が変わったような気がした。
08:忠犬
獄寺君が教室を出てドアを閉めた後、
離れていく足音と対照的に、複数の足音が迫ってきた。
「なぁなぁツナ、ツナと獄寺ってホントのとこどういう関係?」
唐突にそう聞いてきたのはいつもオレをダメツナと言っていた友達。
あっという間に机の四方を固められてびっくりする。
なになになに
オレと獄寺君がどういう関係?
そんなのこっちが聞きたいぐらい。
リボーンに呼ばれてイタリアからやってきた、
向こうではスモーキンボムなんて呼ばれてるらしい人間爆撃機で
オレとは未来のマフィアのボスと部下の関係の獄寺君?
いやいやいや、そんなこと冗談でも言えっこない。
「えっと・・・友達・・・かな?」
今現在、獄寺君はオレのことを悪い風には見ていない。
むしろ好意的でさえあるから、ボスと部下の関係を抜きにしてみれば、友達って言っても語弊はないはず。
少しやりすぎだよと思うことは多々あるけど、オレも獄寺君が嫌いな訳じゃないし。
だとすればこの関係は、友達で正解なはず。
そう思っているところを、今度は机の右に陣取った友達に遮られる。
「友達ぃ?何か、ちょっと違うくないか?」
「うん、対等っていうより、明らかにツナのこと守ってる感じ」
「何かアイツ恐いもんな。番犬みたいで」
「あ、それ分かる!でもよく見ると、番犬っていうよりは・・・忠犬に見えないか?」
「そうそう!ツナに褒めて欲しそうにしてる姿がそのものだよな!」
話の対象を完璧に置いてきぼりにしてクラスメイトの話は進む。
最初はオレが獄寺君の舎弟になったんじゃないかって言われてたのに。
獄寺君の態度があからさま過ぎるんだろうな・・・。
それにしても何でみんなこんな話で盛り上がってるんだろう・・・。
他にも女の子の話とか次の授業の宿題のこととか、盛り上がることはあるだろうに。
それほど獄寺君が人の注目を良い意味でも悪い意味でも集める存在なんだろうっていうのは、
いつも近くにいるオレが良く知ってる。
この数週間の間に思い知ったことだ。
どこを歩いていても誰かの視線が獄寺君に向けられている。
その獄寺君の視線の先にいるオレにも視線が向けられる訳で。
好奇の目にさらされるのはあんまり気分の良いものではないけれど、
羨ましそうな目で見られるのは気分が良い。
もしかしたらオレは、何だかんだ言って獄寺君のことを気に入っているのかもしれない。
みんなが注目する彼が、オレを見ているという事実を、喜んでいるのかもしれない。
たとえば毛並みの良い猫を自慢する飼い主のような、
たとえば出来の良い部下を自慢するボスのような。
彼にしてみれば迷惑と思うようなことを、無意識のうちに感じているのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン
授業開始の合図とともに、次の授業の先生が入ってきた。
席に着いてないと遅刻にされるってことで、みんな慌てて席に着く。
ちらりと後ろを振り返ると、空席がひとつ。
獄寺君はまだ戻って来ていなかった。
「10代目!一緒に帰りましょう!」
午後の授業が終わると獄寺君が声をかけてきた。
結局さっきの授業を10分ほど遅刻して教室に入って来た彼は
ぎろりと教室内を一瞥してから自分の席に着き、目が合ったオレに対してアクのない笑顔を向けた。
やっぱり、ああいう態度が、みんなに変なことを言われる原因なんだろうな。
そんなことを考えながら帰る用意を終えて席を立つ。
「お待たせ。帰ろっか」
「はい!」
掃除をしている生徒やクラブへ行く準備をしている生徒の視線が集まってる。
その中にはもちろんさっきオレの机を囲んでいたヤツらもいる訳で。
さっきのオレに向けた笑顔が忠犬で、こっちを見ているヤツらに対して睨みを利かせてる今の顔が番犬、なんだろうな。
なるほど、うまいこと言うなと妙に納得した。
校門を出てしばらくして、ふとオレは獄寺君に話し掛けた。
「獄寺君」
「はい、何でしょう。10代目」
やっぱり、屈託のない笑顔。
何の気なしに、今日彼がいなかった時に出た話題を口にした。
「何か、獄寺君、忠犬って思われてるみたいだよ」
「オレが、ですか?」
「そう。君が」
獄寺君は何か考えているようで。
それでもどちらも足を止めずに歩いてゆく。
少しして獄寺君が、また声を出した。
「すみません、10代目」
「何?」
「チュウケン、って、何でしょう?」
それまで止めることのなかった足をぴたりと止める。
同じように足を止めてオレを振り返る獄寺君の顔を自分でも丸くなっているだろうと自覚のある目で見つめる。
「・・・10代目?」
「っ、あはははははははっ!!」
突然笑い出したオレを見て、獄寺君がびっくりしている。
その姿がまたおかしくて、彼には申し訳ないと思いながらもしばらく笑い続けた。
「大丈夫ですか?10代目・・・」
「ご、ごめん。大丈夫だよ」
オレの笑いが収まるまでじっと待っていた彼は、やっぱり忠犬かもしれない。
彼が忠犬の意味を知らないと分かってオレが笑ったことに対してしゅんとしてる姿も、
それをオレに悟られないようにがんばって隠そうとしてる姿も、まさしくそれだ。
別に彼が知らなかったことを馬鹿にしたのではなくて、
頭の良い彼もやはり外国育ちなのだなと妙に関心したり、
たぶんクラスのヤツらはからかい混じりに言っただろうに、
自分がそうだと言われてその意味が分からずに真剣に聞き返した表情なんかが妙にミスマッチでおかしかっただけなのだ。
後で何で笑ったのか教えてあげないとしばらく引きずるな、と思いながら話を戻した。
「えっと、忠犬の意味、だよね」
「はい。すみません、オレが無知なばかりに」
「いや、もしかしたらこれは日本独特の言葉かもしれないから、知らなくても仕方ないよ」
「そうなんですか?」
「うん。たぶんね。忠犬っていうのは『主人に忠義な犬、主人のためによくつくす犬』っていう意味」
「犬、ですか?」
「そう」
「・・・主人につくす、っていうのは分かるんですが・・・何で犬なんですか・・・?」
自分が忠誠心丸出しなのとか、縦の関係はすっきり認めちゃってるみたいな獄寺君に少し頭が痛くなりつつ、さらに説明する。
「昔ハチっていう名前の犬がいてね、東京の大学の教授に飼われてたんだって。
ハチは毎日駅まで主人を送り迎えしていたんだけど、ある日突然、主人が出かけた先で急に亡くなったらしくて。
でもハチはそのことが理解できずに毎日駅前で主人の帰りを待ち続けたらしい。
その主人を慕う一途な姿から、ハチは忠犬と呼ばれるようになったそうだよ。
それからなんじゃないかな、忠犬っていう言葉を使うようになったのは。
あんまり詳しくは知らないから、ちょっと曖昧だけど。」
「・・・そうなんですか・・・」
何か考え込んでいる風な彼。
やはり自分が犬にたとえられたのが嫌だったのだろうか。
・・・黙っておけばよかったかも。
そんなことを考えていると、不意に彼の声が聞こえた。
「でもオレは」
「え?」
先程とは逆に、先に足を止めた獄寺君を振り返るようにしてオレも立ち止まった。
「オレはそんな、鎖に繋がれた犬じゃないですよ。
あなた一人を行かせて死なせるなんてこと、絶対にしません。」
視線が痛い。
「自分の足で、あなたについて行って、守ってみせます。
自分の意志で、あなたから離れたりなんかしません」
頬が熱い。熱を持ったみたいだ。
不意に見せる表情。
彼がこんな風に真剣な意思を持っていることは知っていた。
それが今、全部オレに向かっている。
たとえば毎日自分の帰りを待つ犬を自慢する飼い主のような、
たとえば出来の良い部下を自慢するボスのような。
それよりもやっぱり、
自分だけを見つめるこの真剣なまなざしを自慢する一人の男として。
彼の視線を受けることを喜んでいる。
オレの考えを聡い彼なら見抜いているはずなのに、
否定もせずにそんなことを言うから、
またオレは自惚れてしまうんだ。
End
................
書きたいことを無理やり詰め込んだらよく分からんくなった・・・。
電車を待ってるときに「鎖に繋がれた犬じゃない」のくだりが浮かんで、
パソで始業ベルの前の文章書いてたら
「そんなことを言うから、またオレは自惚れてしまうんだ」が浮かび。
どうにかくっつけた。(無茶)
ツナが獄寺を「獄寺君」と呼んだり「彼」と呼んだり落ち着きがない。(私だ)
精進せねばなりませぬー。
(2004.08.05)
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