戻ってこない10代目、
座る人のいない10代目の席。
ちりちりと、襟足が焼け焦げる感覚。
予感というよりは本能で、オレは教室を飛び出した。

背中に投げつけられる教師の声、
授業の始まりを告げるチャイム。

それはどこか、警鐘にも似て。


14:『果てろ』


授業が始まって人気のない廊下を全力で駆ける。
校舎の端にあるトイレ、使われていない教室を慌ただしく確認する。
移動教室が並んでいる別館へ向かう途中、じゃり、と砂の音が聞こえた。
渡り廊下の真ん中で立ち止まり、息を整える。
別館のどこかで授業が行われているのだろう、
単調な教師の声と、チョークが黒板を打つ音が静まった校内に響く。
それに紛れて、いがみ合う声と、肉を殴る、音―――。

考えるよりも先に体が動いた。
そこにいるのが、オレの探している人でなければいい。
誰か、他の誰かなら、こんなにも胸を掻き毟られるような思いはすぐに消える。
校舎の角の向こう側を見れば、すぐにこの嫌な感覚はなくなるはずだ。そうであって欲しい。

考えている間にも足は地面を蹴り、砂利が飛ぶ。
一歩、二歩と、確かに進んでいるはずなのに、距離が縮まる気がしない。
ああオレはこんなに足が遅かっただろうか。
やっとの思いでそこに着き、それまでずっと睨みつけていた校舎の壁に手をかけた。
腕で壁を引き寄せるように、体を向こう側に持っていく。
目の前に広がった光景は、
壁に押さえつけられていた10代目と、10代目を囲むようにして並ぶ、3人の男。
10代目の頬が赤く腫れて口元に血がにじんでいるのを見つけて体中の血が沸騰する思いがした。

「ッ・・・くそっ・・・!!」

10代目の胸倉を掴んでいる男の腕をひねり上げ、10代目から手が離れたところであごを殴りつけた。
オレに腕を掴まれているせいでそいつの体がのけぞる。
歯を食いしばっていなかったのか、血が辺りに飛び散った。
一発で気を失ったそいつを投げ捨て、向かってくる奴らの顔面を続けて殴った。
それぞれ鼻と頬に拳を当てて、地面に倒れさせた。
オレの足元に転がった奴の体に馬乗りになり、
抵抗できないのかする気がないのか、動かないそいつを数度殴った。
ガッ、ガッ、と骨のぶつかる音が頭の中を響き渡る。
何かに支配されてしまったみたいに殴るという動作を続けた。
相手が動かなくなって、それでも振り上げた腕が、止まる。
それはもちろんオレの意思ではなく、誰かに腕を掴まれたせいだ。

「獄寺君!もうやめて!!」

振り返ると10代目が泣きながらオレの腕にしがみついていて。
10代目を泣かせるなんて、殴るだけでは済まされない。

「10代目、離してください」

自分から10代目の腕を振りほどくなんてことはできなくて、
タバコとダイナマイトを取り出すために10代目に手を離していただくように話しかけた。
だけどますます腕にしがみつかれて、身動きが取れなくなる。

「10代目に危害を加える奴を、これくらいで済ませるわけにはいかないです」

ゆっくりと、小さな子に言い聞かせるように言ってみても、10代目は首を横に振るばかり。
10代目、と小さく声をかけて少し腕に力を入れると、10代目の体が驚いたように跳ねる。

「10代目・・・?」

小さく呟いた声にさえも敏感に反応して、怯えた様子を見せる。
それでも腕は10代目の腕に縛られたままで、
10代目がこれほどまでにオレのことを縛り付けてくれたことがあっただろうかと心の中がざわざわした。

「ぅ、」

下で転がっていた奴のうめき声で我に返る。
何よりもまずは、こいつらを始末しなければならない。
もう一度10代目に囚われた右腕に力を入れると、10代目の声が空気を震わせた。

「やめて、獄寺君!」

びくり、と体がすくんだ。
それは切り裂くようにオレの耳に突き刺さり、瞬間、脳を支配する。
オレが誰よりも守らなければならない人の声、その声でやめろと言う。
オレを支配する声で、やめろと言う。
10代目のためにしていることを否定される痛さ。
普段ならば何をおいてもまず10代目の命令に従うけれど、今回ばかりは頷くわけにはいかない。
10代目の命令よりも、10代目を傷つける敵を葬る方が、オレの中では優先されるからだ。
身が裂かれるような痛みを胸に感じながらも、腕にしがみつく10代目を引き剥がした。

「獄寺君!!」

きしり、と胸が痛む。
鼓膜を震わせ体中を侵食する10代目の声を振り切り、
もう一度転がった奴の胸倉を掴んで体を引き上げた。
ぐ、とうめく声を聞いて10代目の声を相殺する。
今のオレを支配するのは、10代目への忠誠ではなく、10代目を傷つける奴への憎悪だけでいい。
引き上げた相手の顔をめがけて拳を振り下ろそうとしたところで、腰に重みが加わった。
10代目がしがみついてきたのだ。

「離してください、10代目!」
「やだ!絶対離さない!!」

そのままでも、無理やりに相手を殴りつけることはできた。
しかし、振り上げた腕が、動かした肘が、10代目に当たってしまうという可能性が頭をかすめて動けなくなった。

「何でこいつをかばうんですか!」

それでも体の中で煮えたぎる怒りは冷めることがなく、思わず声を荒げてしまう。

「それ以上やったら死んじゃうよ!」
「死んだって、」

ぎゅ、と腰にまわされた腕に力がこもる。
死んだって、構わない。
それどころか、こいつの命じゃ足りないくらいだ。
こんな、10代目を傷つける奴がいなくなったって、誰に迷惑がかかるだろう。
10代目を傷つける奴が減るし、オレの怒りだって少しは治まるはずだ。

「俺の前で人殺しなんてしないで」

なのに、あなたは、

「絶対に、止めてやるから」

そんなことを言う。
じゃあこの怒りはどこにぶつければいいんです。
左手の力を抜いて掴んでいた相手を地面に落とす。
どさりと音を立てて倒れこんだそいつを、その仲間が慌てて拾い上げる。
そのままそいつを担いで逃げていった。
握り締めていた拳に力を入れる。
てのひらに爪が食い込んだが、気にならなかった。
それよりも何よりも、あいつらを自分の手で仕留めることができなかったことが悔しかった。
逃げた奴らを確認して力を抜く10代目。
振り返ってその小さな体を左手で抱き寄せた。

「獄寺君・・・」

握り締めたままの右手で校舎の壁を殴りつける。
10代目の肩がびくりと震え、それからますますオレにしがみついてきた。
あなたはやさしいから、自分を傷つけた奴を逃がしてしまって。
だけど俺はあなたが思うほどできた奴じゃない。
あなたが無事でさえいればいいなんて、思わない。
あなたを傷つけた奴を殺して、初めて安心できるんです。

「ごめん・・・ごめんね・・・」

その声が涙に濡れているようにも聞こえて。
何に変えても10代目をお守りしたいのに、10代目を悲しませることなんてしたくないのに。
握り締めた拳を開いて、両手で10代目を抱きしめた。

10代目を傷つける奴も、オレの中の黒く染まった感情も、
10代目が悲しむようなものは全て消え果ててしまえばいいと思いながら。





End





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Topページの投票で4位になりました、「報われない獄寺」でした。

個人的には暴力シーン苦手なので、獄寺にもあんまり暴力ふるって欲しくないんですけど。
マフィアな彼と一般人のツナとの温度差って、こういうのかなぁ、と思って。
獄寺がいないところでツナはまだいじめられてたり。
むしろ獄寺への嫌がらせをツナが受けてたり。
でもツナは獄寺君に知られたくない、とかいうよりも、
純粋に暴力が嫌いなんだと思います。
獄寺に暴力をふるわせたくないんだと思います。
だから10年後の妄想ができません、私・・・。

(2005.03.10)


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