快眠なんて言葉はオレの辞書にないって断言できるくらいの寝つきの悪さ。
それはもちろん、10代目のおかげや。
写真しか情報がない状態で想像したんやから、その想像が外れることは仕方ないことや。普通にあることや。
いくらオレやってそれが理解できへんほどバカやない。
そやけどあれは何（なん）や？
運動が苦手、とかいう類のもんやない。
極度の運動音痴。
それはファミリーのボスになるには致命的や。
それに、負けると分かったら一人で逃げてまう心の弱さ。
オレは運動音痴よりもこっちのほうがショックやった。
ボスが殺しや護身術が苦手やったとしても、それを守るために部下がいるんやから、
少し心もとないけど、問題はない。
だけど部下がボスを守る一方で、ボスも部下を守るもんや。
ボスの命は何よりも大切やけど、ボスが臆病な負け犬やったらあかん。
もちろんそんな簡単にボスが命を落としたらあかんけど、
球技大会でそんな簡単に命がなくなる訳がない。
そこで逃げ帰るっていうんは、それだけ意気地がないってことや。
胃がムカムカするみたいな感覚に、眉間にぎゅっとしわがよる。
一度あのふやけた根性を叩き直してやらんと気が済まへん。
いつもより多くのダイナマイトとタバコを制服の中に仕込んで、部屋を出た。
職員室で担任と合流して、教室に向かう。
担任が教室に入ってもざわざわと話をやめへん生徒たちは、
担任の後に続いて入ったオレを見てぴたっと口を閉じた。
オレに教壇の中央に立つように言う担任に従って教壇に上がる。
生徒たちはカツカツ音を立てて黒板に書かれるオレの名前と
オレの顔を見比べながら周りの奴らと何（なん）かしゃべってる。
「イタリアに留学しとった、転入生の獄寺隼人君や」
帰国子女っていう言葉に敏感に反応する生徒。
自分と違うもんに反応しつつも、本人には何（なん）も言わんとこそこそするのは、日本人の性質や。
そやけど、他の生徒の反応なんかどうでもいい。
オレはすぐに10代目に視線を戻した。
教室に入った時からすぐに10代目の姿を確認して観察しとった。
10代目といえばはじめはオレの方を見とったくせに、すぐに女の方に顔を向けた。
あれが10代目の好きな女なんやろう。
オレの方を見てるその女を見て、思いっ切り顔をしかめてる。
それから怒りの矛先をオレに変えて、睨みつけてきた。
対する俺は10代目を見てしかめとった顔にさらに力を入れて睨みつけた。
まさかオレにそんな反応を返されると思ってへんかったんやろう、
一目合っただけで怯んどる10代目を見てイライラが募る。
仮にも10代目候補が、部下になるやろうオレに睨み合いで負けてどうすんねん。
腹立たしくて、苛ついて。
担任がオレの席を知らせるのを待たんと10代目に向かった。
近づくオレの意思が分からんのやろう。
ビクビクと上目遣いでオレの様子を伺う10代目の前に着くと、勢いよく机を蹴り上げた。
その衝撃に10代目も椅子ごとバランスを崩す。
これだけ敵意を持って向かってったのに、
相手の本意が分からんで無様に攻撃を受ける10代目に心底げんなりした。
こんな奴のためにオレははるばる日本まで来たんか。
途端に冷めた気分になって、担任の示した席に荒々しく座り込んだ。
席に座った流れで朝一番の授業を受けたけど、その後の授業を受ける気にならんくて教室を出る。
細かく区切られた空間が息苦しくて、とにかくコンクリートの外に出たかった。
1階まで下りて開けた場所に出ると、澄んだ空気を吸い込んだ。
しばらくそうしてると、バタバタと人が走る音が聞こえた。
そっちに目を向けると、10代目が贔屓目に見ても頭の良さそうに見えん3人組から逃げてるところやった。
ちょこまかと走って3人をまく姿は、ある意味では大したもんや。
そやけど・・・
「目に余るやわさやわ」
ボンゴレファミリーの10代目になろうゆー人やったら、あんな小物、倒せんかったらあかん。
「！あ・・・あんたは転入生の・・・！」
タバコを1本銜えて火をつけた。
ちょうどええわ。今ここで、10代目の甘さを思い知らせてやる。
「そ、それじゃこれで」
教室の一件で、オレといるんが気まずいんやろう。
そそくさと逃げようとする10代目をこの場に留まらせるために、声を出す。
「おまえみたいなカスを10代目にしてしもたらボンゴレファミリーも終わりやな」
「え！？なんでファミリーのこと？」
思った通り、ファミリーのことを話に出したら10代目は足を止めた。
10代目の言葉に部下の顔も知らんのかとまた怒りがこみ上げてきたけど、
ぐっとこらえて言葉を続ける。
「オレはおまえを認めへん。10代目にふさわしいのはこのオレや！！」
リボーンの手紙に書かれとったことをふと思い出して、口に出した。
“日本に10代目を試しにこーへんか
もしお前が10代目沢田綱吉を殺すことができたら、お前を10代目にしてやるわ”
オレの力を買ってくれてんのは嬉しいけど、そんなことには興味ない。
オレが10代目になるんやなくて、オレが10代目の最も信頼できる部下になるんや。
ガキの頃からマフィアの中で育ったオレは、それが夢やった。
俺が一番に尊敬し、信頼するボスに仕え、そのボスに一番に信頼してもらう。
そんで二人で力を合わせてたくさんの仕事をこなしていくんや。
そやからオレは自分がボスになるんやなくて、信頼できるボスを探すんや。
それやのにオレの前に現れたボスは、こんな信頼も尊敬もできへんようなカスで。
10代目争いってゆう名目で、10代目と対等に戦う場を設けたかった。
こっちはあんたを殺す気で行くんやから、
もし、万が一にでも今まで力を隠してたんやったら、本気で向かってきて欲しいっていう気持ちを込めた。
「な！？なんやねん急に？そ・・・そんなん言われたって・・・」
そやけどそんなオレの思いは全く通じんと、10代目はうろたえる。
「球技大会から観察しとったけど、貴様みたいな軟弱な奴をこれ以上見とっても時間のムダや」
「バレー見とったん！？」
あれがバレー言えるんやったら、バレーを見とったと言える。
そやけどあれはバレーっていう球技じゃなくて、ボールに遊ばれてるようにしか見えんかった。
あの姿を思い出すだけで、胃がムカムカする。
「目障りや。ここで果てろ」
「んなぁ！？バ！爆弾！？」
「じゃあな」
ダイナマイトに火をつけて、10代目に向かって軽く投げる。
こんな奴、2本で十分や。
「え！？」
オレが今まで投げたどのダイナマイトよりもゆっくり投げたのに、
10代目は逃げることもせんとうろたえてる。
この程度やったらよけるまでもないってことか？
ダイナマイトが10代目の眼前に迫り、10代目の悲鳴が上がる。
「うわ！ ひっ うぎゃああ」
ズキュウウウ
その時、一発の銃声が響いて、ダイナマイトの導火線が弾丸に貫かれた。
「ち」
「ちゃおっス」
「リボーン！！」
弾が飛んできた方を見ると、校舎の窓にちょこんと座る赤ん坊の影。
動いてる細い線をひとつの弾で2本同時に切ることができる奴なんか、オレはコイツしか知らん。
10代目がその場から動かんかったんは、リボーンの弾道の邪魔にならんためやろう。
オレでさえ銃声が聞こえるまでリボーンの存在に気づかんかったのに、
意外とできる奴なんかもしれん。
「思ったより早かってんな獄寺隼人」
ニヤリ、とひとつ笑ってみせるその表情は、とてもやないけど赤ん坊には見えへん。
オレとリボーンが名前を呼び合うんを不思議に思ったんか、10代目が口を開く。
「ええ？知り合いなん？」
「ああ。オレがイタリアから呼んだファミリーの一員や」
「じゃあ、こいつマフィアなんか？」
「オレも会うのは初めてやけどな」
「あんたが9代目が最も信頼する殺し屋、リボーンか。
沢田を殺ればオレが10代目内定やゆーんは本当やろうな」
だらだら続く会話を終わらせるために、話に割って入る。
そんな話はこれが終わってからしたらいい。
10代目が生きてれば、の話やけど。
「はぁ？何言って・・・」
「ああほんまやで。んじゃ殺し再開な」
リボーンの言葉に、ぎゅっとダイナマイトを握る手に力が入る。
この言葉で、10代目候補の暗殺じゃなく、10代目の座を賭けた正当な争いになるんや。
そやけど相変わらず10代目はおろおろしとって腹くくる気配がない。
「おい！まてや！！オレを殺るって・・・何言ってんねん冗談やろ？」
「本気やで」
「じょっ、冗談ちゃうわ！マフィアと戦うんなんか！！」
「まちー」
オレとリボーンが本気なんを理解して、途端に逃げようとする10代目。
その進行方向に先回りして、逃げられへんように道をふさいだ。
「うわぁ！！」
取り出した箱の中に残ってるタバコを全部銜えて、火をつける。
手加減するのはもうやめや。
ダイナマイトも普段投げる量を取り出した。
そのダイナマイトにひとつ残らず火をつけて、オレの力を見せ付ける。
「獄寺隼人は体のいたるところにダイナマイトを隠し持った人間爆撃機やって話やぞ。
またの名を スモーキン・ボム隼人」
「そ！そんなんなおさら冗談ちゃうわ！！」
オレの二つ名とその由来を聞いて逃げる10代目に向かってダイナマイトを投げる。
「果てろ！！」
うわぁ、と情けない悲鳴を上げながら10代目はするするとオレのダイナマイトをよけていく。
逃げ足だけはほんま大したもんや。
投げたダイナマイトが全部爆発したけど、10代目にダメージを与えられてへん。
そやけどその代わりに校舎際に追い詰めた。
そこを狙って両手に持ったダイナマイトを一気に投げつける。
「終わりや」
「ぎゃあぁぁっ！」
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