ずっとリビングにいたから分からなかったけど、
廊下へ出ると、辺りが随分と暗くなっているのに気付いた。
リビングから漏れる明かりを頼りに階段の電気を付けて登っていく。
階段を上りきるとすぐに自分の部屋に着く。
先に部屋に入り電気を付ける。
時計を見ると10時を過ぎていた。
どうりで暗いはずだ。
6時過ぎから始めたパーティは、
みんなでゲームをしたり、おいしい料理に話が弾んだりして、
気づかないうちに4時間経っていたようだ。
かちゃり、と皿が音を立てる。
獄寺君がお盆から皿を取り、それぞれの場所に置いてくれる。
机を挟んで向かい合うように座り、どちらからともなく視線を合わせた。
さっきまでのにぎやかさが嘘のようにしんと静まり返る空気に、
獄寺君から向けられる静かな視線に、落ち着かなくなる。
「あ、えと・・・食べよっか?」
何も言わない獄寺君に伺うように話しかけてみる。
獄寺君は静かな声ではいと一言返事をした。
その返事を聞いてから、
手をつけていなかったケーキに切れ目を入れて、フォークを刺して口に運ぶ。
オレの動きに促されるように、獄寺君もケーキを口に運んだ。
「おいしいですね、ケーキ」
自分の前に置かれたケーキから獄寺君に視線を戻し、
そうだね、と言葉を返す。
その後に一瞬、沈黙が流れた後、ぽつりと獄寺君が呟いた。
「オレ、すごく幸せです」
声が震えているように聞こえたのは気のせいだろうか。
オレのことを見ていた目は、今はうつむいてしまっていて、見えない。
「こんな風に、みんなから祝ってもらえて」
いつもの元気な声じゃなくて、静かな、静かな声。
「10代目だけじゃなくて、オレまで、祝ってもらえるなんて」
獄寺君の腕に力が入るのを見て、机の下で拳を握り締めたのが分かる。
それは獄寺君が何かを我慢するときの癖だ。
オレは獄寺君を呼ぼうとしたけれど、
獄寺君が顔を上げたのでその名前を飲み込んだ。
「本当に、幸せです」
幸せだと言いながら、顔がくしゃりと歪んでいる。
それにすごく不安になって声をかけようともう一度口を開きかけたけど、
そんな獄寺君に何て言葉をかけたらいいのか分からなくて、
オレは黙ったまま獄寺君を見つめていた。
「イタリアに居たころはマフィアに相手にされなくて。
ずっと一人で色んなとこをさまよってました」
獄寺君がイタリアに居たころの話はあまり聞いたことがない。
イタリアの街並みや景色については
とてもまぶしそうに、嬉しそうに話してくれていたから気付かなかったけれど、
そういえば獄寺君自身のことについてはあまり楽しそうに話してくれたことがなかった。
オレが知っていることといえば、
ビアンキのポイズンクッキングに苦しめられてたこと、
お城で窮屈な暮らしをしていたことくらい。
今の獄寺君の言葉からすると、お城を抜け出してからもつらい思いをして暮らしていたのかもしれない。
「でもリボーンさんに呼ばれて日本に来て、
10代目に助けられて、10代目のために命をかけられる喜びを得て。
10代目と出会えたこと、10代目や他の奴らと仲間になれたこと、本当に、嬉しく思っています」
痛みをこらえるように顔を歪ませる獄寺君を見ていると、胸が締め付けられる。
だけど、つらいんじゃない。悲しいんじゃない。
嬉しくて、我慢してるんだ。
今まで一人で涙なんて流さないようにがんばってきたから、
だから今も、嬉しくて出てきそうになってる涙を、一生懸命こらえてるんだ。
涙を流すことで、自分が弱くなるって思ってるんだ。
「獄寺君」
オレはゆっくりと獄寺君の隣に移動した。
顔を上げてオレを見た獄寺君の目は水に濡れてゆらゆらと揺れている。
「我慢しなくていいんだよ」
ひざの上で固く握られた手にそっと自分の手を重ねる。
獄寺君の手はとても冷たくて、触れたところから熱を奪われる。
だけどオレの熱は他に逃げることなく獄寺君の手に伝わっているだろうから、それでいい。
「悲しいときも、嬉しいときも、泣いていいんだよ」
10代目、という言葉と共に、ぽろりと獄寺君の目から水が零れた。
獄寺君はそのまま顔を隠すようにうつむいてしまった。
ぽろり、ぽろり、と涙は音も立てずに零れ続ける。
瞳から落ちた涙はそのまま下へと落ち続け、
重ねていたオレの手の上にぽたりと落ちてきた。
空いている右手で獄寺君の肩を引き寄せる。
うつむいた顔はオレの胸にくっつけた。
手の上に落ちていた涙は、今度はオレのシャツに吸い込まれる。
獄寺君は少しだけ抵抗したけれど、すぐにおとなしくなった。
「いつもオレのためにがんばってくれてるけど、たまにはこういうとこ見せてくれてもいいんだよ」
オレの言葉に獄寺君はゆるゆると首を横に振る。
獄寺君は強くありたいと思っているから、
ボスにふさわしい右腕になりたいと思ってるから、
弱い部分をかたくなに押し隠そうとする。
でもオレの右腕なら、少しくらい弱いところがあってもいいのに。
オレはダメツナなんて呼ばれるくらいにダメなところがいっぱいあるんだから、
獄寺君だってそんなに背伸びしなくていいんだよ。
獄寺君はそのままの獄寺君で十分にオレの支えになってるんだから。
「いつも君がしてくれてるみたいに、オレだって君を甘やかしたいんだから」
やっぱり獄寺君は首を横に振った。
その弾みで涙がぽとりと手に落ちる。
ぽとりぽとりと涙が落ちる間隔は、さっきよりも間が開いてきた。
「嬉しいんです」
ぽつりと零れた言葉に耳を傾ける。
「こんなにあたたかい居場所があって、こんな風に祝ってもらえて」
本当に嬉しいんです、と言って顔を上げた獄寺君から、大きな涙が一粒零れた。
その顔にはさっきまでの辛そうな表情はなく、いつもの晴れ渡った笑顔だった。
「10代目の側にいられて、本当に嬉しいんです」
「オレだって同じだよ」
一呼吸置いて、そう伝えた。
獄寺君と一緒に過ごせて、本当に嬉しいんだ。
それまでずっと重ねていた左手を離して、
今度は両手を獄寺君の首に回した。
そのまま獄寺君の体を引き寄せて、
お互いの顔をお互いの肩の上に乗せる。
「獄寺君に出会えて、本当によかったと思ってるんだ」
獄寺君の顔は見えない。
オレの声も少しくぐもってしまったけど、ちゃんと聞こえたはずだ。
その証拠に獄寺君の腕がオレの体に回されて、引き寄せられる。
隙間がないくらいにぴったりとくっついて、しばらくお互いの体温を感じていた。
どれくらい、そうして二人でくっついていただろうか。
下のみんなも帰ったみたいで、辺りはしんと静まっている。
カチ、カチ、と時計の進む音と、たまに通る車の音以外は聞こえない。
もぞもぞと腕の中で獄寺君が動き出した。
首に回していた手を外して顔を上げると、獄寺君も顔を上げる。
「すみません」
小さく謝ってから、時計を見た。
つられてオレもそっちを向く。
時計の針はもう少しで12時を指そうとしていた。
「オレ、昨日からずっと考えてたんです」
そう言いながら、獄寺君はオレに向き直った。
オレも時計から獄寺君へと視線を戻す。
「26日と27日がオレと10代目の誕生日の真ん中なんですよね」
獄寺君の言葉にこくりと頷く。
「その中でも本当の真ん中っていうのは、26日の終わりと27日の始まりの瞬間ですよね」
その言葉に少し考えて、また頷いた。
まぁ、真ん中を問い詰めていくと、そうなるだろうな。
カチ、と音がして再び時計に目をやると、あと1分足らずでその時間になるところだった。
「この運命の時間に誓います」
そう言って獄寺君はオレの手を取った。
(う、運命・・・)
そういえば獄寺君は昨日の電話先で運命がどうのと言っていた。
手を取られて見つめられて、そういうこと言われるとすごく恥ずかしい。
逸らしたい視線を何とか押し留めて、獄寺君を見る。
さっきまでの泣き顔でも、いつもの笑顔でもなくて、
たまに見せる真剣な顔つきだった。
その表情にどきりとして、目を逸らそうとしていたことも忘れて。
「生涯をかけて、あなたについていくことを」
獄寺君の瞳に吸い込まれるような感覚。
「何があっても、あなたから離れません」
獄寺君の声しか聞こえない。
目を閉じて、その響きに酔った。
「お側に置いていただけますか?」
反応を返さないオレに不安になったのか、伺うような声色。
目を開けると不安そうに覗き込んでくる目線。
それがとてもかわいく感じて、小さく笑ってしまった。
「獄寺君はオレの右腕になるんだろう?
だったらついてくるんじゃなくて、並んで歩いてくれなきゃ。ね?」
少し高い位置にある獄寺君の顔を覗き込んで言う。
獄寺君は一瞬あっけに取られたような顔をして、
その次の瞬間にはいつもの笑顔を向けてくれた。
二人で笑い合って、そしてどちらからともなく近づいた。
獄寺君から、そしてオレから。
ゆっくりと目を閉じて、誓いのキスをした。
End
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これをちゃんと5927の日にアップできればよかったのになぁ。
もしくはクリスマスとかだと雰囲気出たと思うんだけど。
どちらにも中途半端な時期にアップする挑戦者です。
26日のお話は初めもっと短かったんですが、
それだとほんと書きたいとこ(27日)とのギャップが激しすぎるので
がんばっていっぱい付け足していったんですが、付け足しすぎました。(笑)
長くてあんまり意味がない感じ・・・。
おまけというか、27日の夜中パートも書きたいのですが、
それの伏線を張ってあることだけが、26日の存在意義です。
早く夜中パート仕上げないと意味なしの存在です。
また遅くはなると思いますが、忘れた頃にでもアップしたいなと思います・・・。
(2005.12.13)
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