無意識に伸ばしかけた手のひらを握りしめる。
10代目は真剣にテレビを見ているというのに、
オレが隣でこんなことばかり考えていると知れたら気分を害されてしまうかもしれない。
けれどオレは10代目が好きだし、真剣な表情や怖がって眉間にしわを寄せる姿だって愛しく感じる。
触れたくなるのは自然なことだ。
そんな言い訳がましいことまで考えていると、くい、と強い意図を持ってシャツを引っ張られる感触がした。
真剣にテレビを見る努力をしてまっすぐ前にやっていた視線を10代目へと向けると、
背中を丸めて少し縮こまりながらこちらを見上げてくる10代目と目が合った。
「獄寺君・・・あの、さ・・・」
困ったような恥ずかしそうな、伺うような視線がくすぐったい。
許されるなら抱きしめて腕の中に囲ってしまいたい。
気を抜けばまた自分の欲ばかりが膨らんでしまうのを鋼の精神でこらえていると、
一度視線を逸らされて、また見上げられた。
「あの・・・手、にぎってもいい・・・?」
もじもじと言い難そうに告げる10代目に頬がゆるんでしまう。
この人はなんて愛しい人なんだろう。
我慢していたオレの望みを無意識に叶えてくれる。
「もちろん、いいですよ」
言いながら、今自分の顔は見事に崩壊しているんだろうなと思う。
握りしめたこぶしをほどいて、10代目へと差し出す。
10代目はオレのシャツから手を離し、おずおずと差し出した手を握った。
やわらかい手のひら、温かな感触。
顔の筋肉がますますゆるむ。
テレビから聞こえてくる女の悲鳴さえ幸せな音のように聞こえた。
「なんかさ、やっぱ、こういうのは怖いよね」
言われてテレビに意識を向けると、暗闇の中で女が幽霊に遭遇しているところだった。
逃げても逃げても気づけば目の前に血を流した幽霊が現れる。
「そうですね」
繋いだ手のひらを動かして指先を伸ばし、10代目の指へと絡ませていく。
いわゆる恋人つなぎと呼ばれるものに繋ぎ方を変えれば、10代目の指がぴくりと震えた。
実際にテレビのようなことになればあの女のように走って逃げるだろうが、
今は手の中のぬくもりが幸せで、怖いとか気味悪いなんていう気持ちは浮かばない。
人差し指と中指で挟んだやわらかい指を、両方の指の側部を使ってゆるゆると撫でる。
やわらかな感触。ぴくぴくと反応を返す指先がくすぐったい。
ソファの上で絡ませていた手を持ち上げて、一緒に持ち上がった10代目の手の甲にぴったりと唇をくっつけた。
薄い皮膚を吸って唇を離すと、先ほどまで前を見ていた10代目がまたこちらを振り返っていた。
「10代目?」
「獄寺君、このテレビ怖いとかうそだろ」
「えっ!?なんでですか10代目!?」
むっつり、と不機嫌というよりは拗ねているという色を濃く滲ませた表情でオレへの疑惑を口にする。
尖らせた唇は吸いつきたくなるほど魅力的だが10代目に疑われているという状況には肝が冷える。
テレビの再現ドラマのような状況は、実際に遭遇すれば絶対に恐ろしいに決まっている。
情けないけれどそれは事実だ。
なのに嘘だと言われてしまうのは、10代目の前で見栄を張りたいと思う気持ちを振ってでも避けたいことだ。
「だってさぁ、ふつー怖がってたら、こんなの見ながらキスなんてできないよ。それににやにや笑って怖がってるオレのことバカにしてるみたい」
「なっ・・・!そんなこと、あるわけないです!」
オレが10代目をバカにするなんてこと・・・!
そっぽを向いてしまった10代目の、つないだままの手をぎゅうと握る。
10代目の腕にびくりと力が入り、痛くしていることに気づいたが、うまく力をゆるめることができない。
「オレがあなたにキスするのはあなたのことが好きだからだし、あなたを見て笑うのもあなたのことが好きだからです。決してバカにして笑ったわけじゃありません」
向こうを向いてしまっていた視線がこちらに戻り、
ちらりと伺うようにオレに向けられることに少しほっとした。
弁解の猶予は与えられている。
「オレはああいう幽霊の類は苦手ですけど、10代目と一緒なら敵じゃないって思ってます。あなたとなら、怖いものなんてなにもない。俺はあなたにだけは誠実でありたいと思ってます。嘘じゃありません。信じてください」
10代目の前では格好なんかつけていられない。
オレの言葉を信じて欲しくて恥も外見もなくありのままの気持ちをぶつけていれば
一度伏せられた瞳がまばたきをして見上げてくる。
オレを映した瞳が揺れた気がした。
つないだままの手を引かれ、引かれるままに体を傾ければ、肩口に顔を埋められた。
「ごめん、獄寺君」
10代目の言葉にびくりと震える。
なぜ謝られたのか、俺の気持ちは届かないのか。
思わずつないだ手を逃がさないとでもいうように力を込めれば
もう一方の手がオレのシャツの胸元を掴んでくる。
「獄寺君がオレのことバカにしてるなんて、本気で思ってないよ」
続いて告げられた言葉に耳を澄ました。
「ただ恥ずかしかっただけなんだ。キス、されるのとか、指触られただけで気持ちよくなっちゃうし・・・だから、恥ずかしくてわざと、あんなこと言ったんだ。・・・ごめんなさい」
ぽつりぽつりと小さな声で語られる言葉は10代目の真摯な気持ちだ。
オレの気持ちを汲み取って、真剣な気持ちを言葉に乗せて返してくれる。
嬉しくて愛おしくて、口元が自然と笑みを作ってしまうのを、やはり引き締めた方がいいのだろうかと少し迷う。
NASAレベルの問題が解けようと、人の気持ちを探るのは苦手だ。
特に10代目の気持ちはなおさら、勝手な判断をして、また失敗してしまうのが怖い。
口元をゆるめたり引き締めたり忙しなく動かしていると、ちらりと胸元から顔を覗かれる。
今の顔はちょうど引き締めたところだった。
「あとね、オレ、獄寺君の笑う顔、ほんとは大好きだよ」
小さくではあるがはっきりと告げられた言葉に心が満たされていく。
自然とほころぶ顔を、無理に抑えなくてもいい。
だらしないと思うこの顔も10代目が好きと言ってくれるのなら、少しくらい愛着が持てるだろう。
「ありがとうございます、10代目」
首を伸ばして届くところにいくつもキスを落としているうち、
10代目の表情もいつものやわらかいものに戻ってくる。
それが嬉しくてずっとキスを繰り返していれば、
ビデオの心霊番組はいつの間にか終わっていた。
最後の方はほとんど見た記憶がない。
次に録画されたバラエティ番組が始まっている画面を見て口を開いた。
「10代目、さっきの番組、巻き戻して見ますか?」
尋ねてみれば10代目は首を横に振る。
ふわふわの髪の毛が当たって少しくすぐったい。
「もういいや」
シャツを掴んでいた指が離れ、そのまま背中へと回ってくる。
さらに密着する体、胸に埋まった顔の少し色づいた頬を眺めながら10代目の気持ちを探る。
空いている腕を伸ばして10代目の腰へと回して抱き寄せる。
首を伸ばして丸い頬に口づけた。
「10代目、大好きです」
しがみつく腕が強くなり、頬の赤みが強くなる。
「オレも、好きだよ」
その言葉と反応で、10代目の気持ちがしっかりと伝わってきた。
そしてオレの気持ちも、ちゃんと10代目に届いているのだろう。
嬉しそうに微笑む10代目の表情でそれを感じ取りながら、
また自分の幸せを伝えるように、強く10代目を抱きしめた。
End
................
エンドリスト(2/10)
................
文章目次
戻る