女がわざとらしく濡れた声を上げるたびに冷めていく。
冷めた心には次には怒りがふつふつと込み上げてきた。
なにを考えてこんなものを渡してきたのか。
山本の能天気な笑い顔が浮かぶ。
中身を知っていて渡したのか、それとも確認もせずに渡してきたのか、
どちらとも判別がつかないが、その食えない性格に余計に苛立った。
こんなものを10代目と一緒のときに渡すなんてなに考えてんだ。
だからって10代目がお一人のときに渡すのも許さない。
これ以上見ている気にもなれず、ビデオを停止しようとした。
ビデオの中ではいつの間にか話が進み、教室に入ってきた男が女を抱いている。
恋人か、ただの友人か、顔見知りらしい男の名前を呼びながらその男に抱かれていた。

『はやと、あっ!あっ、はやと・・・』

女の呼ぶ声にぴくりと眉が引きつった。
どうやらそれはこの男の役目らしい、が、それが分かったところで苛立ちが収まるわけもない。
ビデオのリモコンはどこに置いたか。
さきほど再生したときはデッキのボタンを押したため、リモコンが手元になかった。
テーブルの上、フローリングの上、普段置いている場所に目をやるが見当たらない。
何度か視線を辺りへと往復させても見つけられず、デッキのボタンを直接押してこようと思い直す。
ビデオの中で女がやかましく名前を呼び続けるのにそろそろ耐えられなくなってきた。
思い立って腰を浮かせようとした瞬間、それまで一言も発しなかった10代目が声を出した。

「獄寺君、これ、消してもいい?」
「え?あ、はい。お願いします」

視線を横に移せば10代目の手の中に探していたビデオのリモコンがあった。
そういえばソファの上に置いていたか。
オレの返事を聞いてすぐに10代目はボタンを押した。
それまで部屋に響いていた女の嘘臭い喘ぎが消える。
10代目になんと声をかけたものか。
ビデオを消したということはやはりお気に召さなかったのだろう。
二人でいれば言葉を交わさずとも幸せでいられるのに、今は少しの沈黙も苦しかった。
静けさを破るように口を開く。

「ったく、山本もなに考えてんスかね。こんなつまんねービデオ寄越してきて。こんなもんに体力使うんならバカはバカらしく部活にうちこめって・・・」
「獄寺君」

山本、ひいては野球部の奴らに悪態をついていると、途中で10代目に遮られる。
また、山本の悪口を言うなと叱られてしまうだろうか。
それはオレの本心だし、10代目が山本をかばうようでいつもなら悔しく思うのだけど、
今は10代目が沈黙を破ってくれるのならそれでもいいと思えた。
しかしなにを言われるだろうかと漠然とした不安はあるので
恐る恐る10代目の方を振り返ると、10代目は下を向いている。
相当お怒りなのだろうか。

「・・・じゅう、だいめ?」

窺うように声をかけると、ちらりと視線が上がり、こちらの様子を窺い返すように見る。
口元は引き締まり、頬にほんのりと赤みが差して、
怒っているようだけれども、その中に照れているような色も見える複雑な表情。
ビデオの刺激が強かったのだろうか。
やはりこんなもの、10代目に見せるんじゃなかった。あの野球バカめ。
また意識が山本への怒りで染まっていきそうになったところで10代目が再び口を開いた。

「は、」
「は?」
「は・・・」
「・・・?」

は、と声を出す10代目を真似て、こちらもは、と言ってみる。
は、は、何度か繰り返してみたが10代目の考えは分からない。
何度目かのは、のあと、10代目はぎゅうと口を引き結び、こちらを見上げた。

「はやと」
「!?」

耳に届いたその言葉に、一瞬、思考が停止する。
はやと、オレの名前。10代目に呼んでいただけるなんて。

「じゅう・・・」
「だって!あの人ばっかり名前呼んでさ・・・!そりゃ、獄寺君のことじゃないのは分かってるけど、でも、なんか、ずるい」

拗ねたようにうつむいてしまった。
言われた言葉やそんなしぐさにまで愛しさがあふれてくる。
下を向く10代目のお顔を覗き込むようにして背を曲げると、
その顔を隠すためか、ふい、と背けられてしまった。
表情は隠せても、頬と耳が真っ赤なのがかわいらしい。
照れ隠しなのが分かってしまうから、口元がゆるんでしまうのを止められない。

「10代目に名前呼んでもらえて、すげー嬉しいです」

嬉しさが声ににじみ出ているのが自分でも分かる。
にやにやしていてだらしない、とは思うけれど、10代目と二人きり、初めて名前を呼んでいただけたのだ。
少々のだらしなさは見逃して欲しい。
ぷっくりと膨らまして怒った振りをしている10代目の頬に唇を触れさせる。
触れた頬がさらに熱くなった気がした。

「またいつでも、オレのこと名前で呼んでください」

唇を離してそう言えば、うんともううんともつかない声が10代目の唇から零れた。
胸いっぱいの照れくささに背を伸ばして顔を離すと、比較的しっかりとした声があとを追ってくる。

「恥ずかしいから、また今度・・・ね」

その言葉に嬉しくなって、元気よく返事をした。

「はい、綱吉さん!」

そう言った途端、二人して瞬時に顔を赤く染め上げた。
湯気でも出しそうなくらいに熱くなった頬からは、なかなか熱が引かなかった。


End


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