私はあなたと違いお父様と正妻の間に生まれた娘ですもの

ハヤト坊ちゃまが妾の子っていう噂 どうやら本当みたいよ

なんでも坊ちゃまに会いにくる途中で旦那様の部下に殺されちゃったとか

てめーをやとうファミリーなんてイタリア中探してもありゃしねーよ

東洋人との混血にボスの命をあずけられっか 他をあたるんだな

ツナにしか心を開かねーのは ツナへの押しつけにしかなってねーぜ




今のおまえに右腕の資格はねーよ





意識が戻って目を開ければ、目の前にはやけに近い天井・・・いや、上のベッドの底の部分だ。
枕元に置いた時計で時間を確認する。
朝になっても真っ暗なままなのは、ここが地下にある部屋だからだ。
掛け布団を引き剥がして体を起こせば、後頭部に痺れるような痛みがあった。
ここのところ睡眠をとっても疲れが取れない。
それは厳しい修行のためなのか、それとも別のことが原因なのか、分からないし、分かりたくもない。
認めたくない何かを封じ込めていることを、認めたくなかった。

頭に感じる痛みに目を瞑り、深く息を吐いてベッドから降りる。
ベッドの上から聞こえてくる衣擦れの音や穏やかな寝息に安心するのと同時に頭の痛みが増した。
10代目を起こす前に身支度を整えようと音を立てないように気をつけながら部屋を出た。










もちろんここでもボンゴレ狩りは進行中だ

おまえ達も見たはずだぞ ボンゴレマークのついた棺桶を

奴が射殺されるところは多くの同志が目撃してるしな




暗い闇。
光もない、音もない。
自分が今目を開けているのか閉じているのかすら分からない深い闇。
体中が重く、指先すら動かせないまとわりつくような息苦しい空間。
目の前に映し出されているのか、それとも頭の中に直接響いてくるのか、
どこまでも真っ暗な中にフラッシュバックするのは目を逸らしたい現実ばかりだ。

息苦しい。酸素が足りない。
まるで密室に閉じ込められたような感覚で忙しなく息を吸い込めば、
途端にむせ返るような甘い花のようなにおいがした。
それは空気を吸い込むたびに体の中に入り込み、じくじくと脳を刺激する。
自己を主張するような独りよがりな強いにおいは、余計に頭痛を酷くした。
呼吸のたびに酸素が減って、苦しさにもがく。
めちゃくちゃに動かした腕が何かに当たり、ガタンと大きく音がする。
その音を合図に暗闇の中に一筋の光が差し込んだ。
暗闇に慣れた目には眩しい光、その光の中に10代目の姿があった。
心配そうな顔をして、オレのことを覗き込んでいる。
伸ばされた腕が額に添えられる間際、怯えるように目を閉じてしまった。
額に触れた手のひらはひやりとして気持ちよく、その反面、とてもあたたかい気がした。

「獄寺君、大丈夫・・・?」

そっと優しく鼓膜を震わせるその声に恐る恐る目を開いた。
細い腕の向こうの優しい瞳と目が合えば、ゆっくりと手のひらが離れていった。
そのあたたかい手のひらが離れた途端、ぶるりと肌寒さを感じる。
自分が汗をかいているのに気づいて、そんな汚い体に触られることに抵抗を感じた。

「じゅう、だいめ・・・」

寝起きのせいか、それとも別の原因か、掠れきった酷い声だ。
それでもその声に応えるようにやわらかく微笑まれて、
額から離れた手のひらは、少し移動しただけでオレから離れたわけではなかった。
そろそろと、優しい手つきで頭を撫でられる。
触れてほしくないと思うのに、そのあたたかさを自分から手放すこともできない。
もう少しだけ、そう思いながら浅ましく10代目の手のひらを感じて
開いた口から次の言葉を出すこともできずにいれば、10代目が先に声を出した。

「いやな夢でも見た?」

闇に慣れた目に映る、暗闇にも沈まない紅茶色のきれいな瞳。
その瞳に促されるように声が出た。

「・・・分かりません。見たのかもしれませんが、起きると何も覚えてないんです。
ただ、頭痛と、もやもやとしたものが胸ん中にくすぶってて」

気分が最悪だ。
ここに来てからずっと、気分が悪い。
たぶん夢を見ていたとしても、10代目の言うように全部ロクでもないものだろう。
これまで誰にも言わずに溜め込んでいたものを少しずつ吐き出していく。
吐き出してもよいのだと、頭を撫でる手のひらに促されるようにして。

「オレもね、いやな夢ばっかり見るよ。殺される夢とか、そんなのばっか」

10代目の言葉にもう一度視線を10代目へと向ければ、
告げられた言葉とはかけ離れた、穏やかな表情をしていた。

「たぶんオレ一人だったら駄目になってたと思う。
敵のアジトに乗り込むなんて絶対できないし、修行だってしようと思わなかったよ。
獄寺君が一緒にいてくれたから、落ち着くことができたし、みんなを守るんだって思うことができた。
獄寺君がいてくれたからオレ、がんばれたんだよ。ありがとう」

ふわりとやわらかい微笑みと共に告げられて、
その言葉が体に染み込んでいくのと同時に冷えていた体があたたかくなる。
感覚のなくなっていた指先に、血が通っていく。

「あ、あのね、それだけ、言いたかったんだ。
ここんとこずっとバタバタしてて言えなかったから」

急に目を逸らして慌てて手を引こうとするのを、手首を掴んで引き止めた。
びくりと腕がこわばるのが伝わってくる。
10代目は自分の意見を大切に胸の内に留めておく方だから、
こんな風に包み隠さず語るのには抵抗があるんだろう。
緊張のためかほんのり赤く頬を染めてうつむいている。
捕まえた手首をそっと撫でて、捕まえたままで手のひらを滑らせる。
4本の指に指を添えてこちらに引き寄せ、なめらかな手の甲に唇を寄せる。

「ありがとうございます、10代目。オレの方こそ感謝しています。
たぶん、オレも、分かんねえうちに追い詰められてたんだと思います。
でもこうやって10代目に心配していただけて、頭撫でてもらって、すげー元気出ました。
それに、10代目にそんな風に思っていただけてたなんて光栄です。
修行も殴りこみも、10代目のためにがんばります」

10代目に優しく撫でていただけた。
それだけで体にまとわりついていた闇が溶けていった。
10代目の大切な心を教えていただけた。
そのおかげで胸に絡まっていたもやが消えていった。
10代目の心に応えるように、心を込めて言葉を返した。

これまでは10代目の姿を見ることすらできないほどに苦しかったけれど、
握りしめた10代目の指先から安堵感を感じる。
あたたかな体温に安心する。
そっと指先から力を抜いていけば、今度は逆に手を引かれた。
引かれるままに手を持ち上げれば、それとは逆に下りてくる体。
見開いた視線の先で手の甲に触れるのは、10代目のやわらかな唇。
その途端に腕を駆け上った甘美な痺れ。
ぴくりと指先が跳ねる。
まばたきもできずに見つめていれば、唇が離れ、手を引く指先も離れていった。

「オレも獄寺君のためにがんばる。一緒にオレたちの世界に帰ろうね」

そう言ってはにかんだあと、10代目はベッドに備え付けてあるはしごを上ってご自分のベッドに入っていった。
中途半端な位置で止まった腕をぱたりと下ろして引き寄せる。
目を閉じると自分の鼓動をうるさく感じる。
再び真っ暗になったところにふわりと甘い香りが届いた。
目を開けて辺りを見回せば、机の上に一輪の白い花があった。
そういえばアホ女が野菜の横で花を育てていると言っていたことを思い出す。
そして同時にこの世界に来て初めて見た花のことを思い出した。

もう一度目を閉じて、10代目に口づけられた手のひらを握りしめる。
オレたちの未来はオレたちで作るものだ。
これ以上大切なものを失わないために、
もがきながらでも、不恰好でも、必死になって生き抜いてやる。

オレは10代目と共に、自分の未来を歩いていく。





End





................

一応、書いておきたかった。

考えなきゃいけないけど考えたくなくて意識的に意識を逸らしたり
それでも無意識下でそれに追い詰められてしまってたり。
山本に当たったこともそうだし、
修行がうまくいってないのもそうだし、
色々。

ツナがパニックになってるのを助けるのは獄寺だし、
獄寺がパニックになってるのを助けるのはツナなんだなぁ、とかそういう。
やっぱり根本的にはまだまだ問題だらけっていうか
追い詰められた状況は変わらないんだけど、
それでも少しだけ、楽に息を吐き出せるように、
二人で支え合ってるんだろうなって思いました。

(2008.05.09)


文章目次
戻る