ざわざわと遠くの方で話し声が聞こえる。
何人もの人たちの、大きな、ざらついた声。
それとは別に、すぐ近くに感じる人の気配。
あたたかくて、優しいぬくもり。
幾分意識がはっきりしてきたところに耳に届いたのは、
ざらついた声たちとは種類が違う、やわらかい寝息。
すうすうと規則的に聞こえてくるそれに誘われるようにそろりとまぶたを持ち上げる。
ぼんやりとした視界、ゆっくりと光を取り込んで、目の前にあるものを確認する。
黒い布に銀色で描かれた髑髏の模様、その上に水色のチェックの模様がついた白い布が重なっている。
左の半身が下になった格好で寝転がっている。
体の下には薄い黄色のタオルケット、その下は確か茶色いフローリング。
ざわざわと聞こえてくる話し声は昼寝をする前に見ていたテレビの音だ。
どれくらい寝ていたのか、番組が変わっている。
右の半身には腕が乗っていて、抱きかかえられた形で眠っていたことに気付く。
ゆっくりと息をすれば、うっすらとタバコのにおい。それから香水のにおい。
それらがオレを抱きしめながら眠っているその人本人のにおいと混ざり合って、オレの好きなにおいになっている。
やさしいにおいに包まれながら、すう、と大きく息を吸い込む。
そのにおいを胸に吸い込めば、やわらかい感覚の中で胸がどくりとざわついた。
獄寺君がオレの中に入ってきたような感覚に、それ以上なにも刺激しないように、そっとため息をついた。
正面を向いていた視線をそろりと上に持ち上げる。
ゆっくりと上下する胸、薄く開いた唇、すっきりと通った鼻筋、
きれいな弧を描いたまぶた、いつもはきつくしわの寄った眉の間も今は穏やかにゆるんでいる。
きれいな顔の人は、寝ていてもきれいなんだなぁ、と獄寺君の寝顔を見るたびに繰り返し思う。
オレの前ではいつも気を張っているから、寝顔なんてあまり見る機会はないのだけれど。
今だってオレの方が先に眠ってしまったから、
獄寺君の方が先に目を覚ましていれば寝顔を見ることはできなかったわけで。
ぼんやりとしながらも少しずつ思考できるようになった頭は、
けれどやっぱりぼんやりとしながら獄寺君の寝顔を眺めて考えていた。
優しく微笑む目は閉じられたままだし、甘くささやく唇は浅く息を繰り返すだけ。
それなのに獄寺君の寝顔を見ているだけで、嬉しくて、楽しくて、甘ったるい気持ちになるのはなぜだろう。
体に力を入れて頭の方向に移動する。
もぞもぞと不器用な動きになりながら、
それでもなるべく周りのものを動かさないように気を付けたけれど、上へと体が動くたびにタオルケットがずれてしまう。
気が付けば体の上にもタオルケットがかけられてあり、
オレが眠ったあとに体が冷えないようにもう一枚持ってきてくれたことが分かる。
やわらかい黄色のタオルケットはオレだけじゃなくて獄寺君の体にもきちんとかけられている。
そのことに嬉しくなって小さく微笑めば、間近になった銀色の髪の毛がさらりと揺れる。
重力に従って垂れた前髪は無造作に乱れて、その無防備さがかわいくもあり、かっこよくもあった。
オレの頭の下に置かれていた腕を踏んでしまわないように気を付けて、
相変わらず気持ちよさそうに眠っている獄寺君の顔に唇を寄せる。
ゆるく開いた唇に、ゆっくり触れるだけのキスをする。
唇を触れ合わせたままやわらかい感触を味わっている間にも、規則正しい呼吸は繰り返される。
獄寺君が吐き出した息が唇に触れ、開いた隙間から中に入り、濡れた舌に当たる感覚にぴくりと舌が跳ねた。
しばらく唇を触れ合わせたあと、ゆっくりと唇を離す。
「……ん、……じゅう、だい…め……?」
舌足らずな獄寺君の声が聞こえる。
ぼんやりと開かれた目は焦点が合うまでの間、少し辺りをさまよった。
それまで隠れていた灰緑の瞳が薄く開いたまぶたの下から顔を出して、ゆっくりとオレの姿を認める。
そのきれいな色にとらわれたように視線を合わせて微笑んだ。
「おはよう、獄寺君」
「おはよう、ございます…じゅうだいめ……、オレ…寝て……」
少し起こしていた体をもう一度タオルケットの上に横たえて、目が覚めたときよりももっと、獄寺君に近付いた。
あたたかい体温、やわらかいにおい、オレの好きなものに包まれて目をつむる。
「獄寺君、もっかい、寝よう…」
擦り寄った胸からはとくとくと優しい音が聞こえてくる。
オレの声に答えるように、オレを包み込む腕にやわらかく力がこもった。
「はい…」
長い腕が体に回る。
隙間がなくなるようにぴたりと体を寄せ合って、覚醒し始めた思考がまたまどろんでいく。
すうすうと聞こえ始める規則正しい獄寺君の寝息、遠くの方で聞こえるざわざわとした騒がしい声。
その音がだんだん遠くなって、最後にオレが覚えているのは、
やわらかいにおいと、あたたかい体温と、そして優しい腕の感触。
End
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標的157の獄寺のかっこよさというか美しさにやられましたという話。
とりあえず寝ぼけた話。
寝ぼけた感を出すためにペーパーではほぼ改行なしだったんですが、
さすがにサイト上ではあの量を改行なしでは視覚的暴力だったので改行しました。
するとなんか、どうなんだろうこれ。どうなの。
…これはペーパーで読む話だなぁ…。
(2008.11.09)
(2007.09.09発行 『おまたせしました10代目!参加記念ペーパー』より再録)
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