プルルルル
無機質な電話の音。
オレ以外に取る人間はいないので、仕方なく椅子から立ち上がる。
たいしておもしろくもない情報を流すテレビの前を通り、電話機の前に立つ。
ガチャ
受話器を持ち上げ、顔の横に近づけた。
試食
「はい」
「もしもし、沢田と申しますが、隼人君はいらっしゃいますか」
「・・・・・・!10代目!!!??オレです!獄寺です!」
機械越しに聞こえる10代目の声と、届く言葉を理解するのに少し時間がかかった。
10代目からの電話と、初めて呼ばれた自分の下の名前。
嬉しいことがいっぺんに来て、思考回路が止まりそうだ。
震える手を隠すように、ぎゅっと受話器を握り締めた。
「あ、獄寺君?おはよう」
「おはようございます!何かオレに御用ですか!?」
「えっと、今日のお昼頃、少し時間あるかな?」
「もちろんです!10代目のご用とあらば、いくらでも!」
「今日オレが昼ごはんを作ることになったんだけど、獄寺君、食べに来てくれないかな、と思って」
「!!!!!」
じ ゅ 、 1 0 代 目 の 手 料 理 ・・・ !?
「ちょっと本格的なのを習うことになってさ。誰か試食してくれないかなーって」
「オレでよろしければ喜んで!!!」
「本当?ありがとう。失敗しないようにがんばるけど、あんまり期待しないでね」
「いえ!失敗したってオレは残さず食べますよ!」
「はは。そう言ってくれると気が楽になるよ。でも、できればおいしいものを食べて欲しいから、がんばるね」
「10代目・・・!オレに何か手伝えることはありませんか!?」
「ありがとう。でも食べてもらえるだけで十分だから。じゃぁ、12時頃、家に来てもらえる?」
「分かりました!」
「それじゃ、また後で」
「はい!失礼します!」
プツッ、と電話の切れる音。
耳はそれを認識しているのに、受話器を置くことができない。
しばらくの間オレは電話機の前で立ち尽くしていた。
12時00分。沢田邸。
15分前にここに着いてから、チャイムを押せなくて突っ立っている、わけではない。
言われた時間に遅れることは言うまでもなく失礼だが、
言われた時間よりも早く訪れるのも迷惑だと思うので、
少し早めに来て、時間丁度にチャイムを押そうという寸法だ。
ピンポーン
「はーい」
家の奥から10代目の声が聞こえる。
ガチャ、という音をたててドアが開く。
そこにはエプロンをつけた10代目が立っていた。
「10代目・・・!」
「いらっしゃい、獄寺君。どうぞ上って」
「は・はい!おじゃまします!」
大きく返事をして一礼し、10代目の家に上った。
「ちょうど今できたところだよ。タイミングいいね、獄寺君」
お褒めのお言葉も、ひらひらとゆれるエプロンの前では耳の中を通過するだけだ。
深い海の色をしたシンプルなエプロンは10代目の男らしさを引き立てていた。
台所に通されて、席に着く。
10代目が次々と料理を運んでくるにしたがって、何だか妙な胸騒ぎがする。
目の前にはコース料理。
とてもおいしそうな匂いをしているし、形もいい。
ただ問題があるとすれば、色、だ。
すごく見覚えのある、でも思い出したくない色。
嫌な予感がして料理から顔を上げると、
台所の入り口に人影が見えた。
俺とよく似た色の、長い髪。
「う゛っ・・・!」
急に痛くなった腹を抱えて下を向く。
見てはいけない。見たら、駄目だ。
「獄寺君!大丈夫!?」
「心配、いりません」
はぁ、はぁ、と荒くなる息の合間に声を絞り出す。
「相変わらずね、隼人」
「その声、やっぱり、アネキだな・・・!」
アネキの声に体の震えがひどくなる。
しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
「アネキ、10代目に何しやがった」
「何もしていないわ。リボーンに頼まれて料理を教えていただけよ」
「・・・本当だろうな」
「嘘を言っても何にもならないもの」
睨みを利かせて相手をひるませることも、アネキが相手では絶対にできない。
無力な自分への怒りも加わって、体の震えがますます大きくなる。
「さて。お昼ごはんもできたし、私はお暇するわね」
「あ、うん。ありがとう、ビアンキ」
「構わないわ。・・・隼人」
「!」
さっさと帰りやがれ、と心の中で悪態を吐いたのがばれたのだろうかと肩を振るわせる。
「愛のためなら、人は死ねるものよ」
「?何だよ、急に」
「あなたの愛が本物だと言うならば、証明して見せなさい」
「・・・!」
「それじゃ、私はリボーンとの約束があるから」
「うん。じゃあね。ビアンキ」
10代目とアネキの足音が遠ざかるにつれて、体の震えが止まっていった。
愛のためなら人は死ねる、オレの愛を証明しろ。
つまりは、アネキ直伝の10代目の手料理を、全て平らげろってことだろう。
目の前に広がるおいしそうな匂いをさせた毒々しい色の料理を見て、オレはひとりごくりと喉を鳴らした。
「ごめんね、獄寺君」
「はい?」
ぽつりとこぼれた言葉に、料理を凝視していた目を10代目に移した。
アネキを見送って来た10代目は今はオレの向かい側に座っている。
上を向いたオレとは反対に、今度は10代目が下を向いた。
「料理、ビアンキに教えてもらった通りに作ったら、何か変な色になっちゃって」
「はぁ」
それはやっぱりアネキのせいだろうから、10代目が気に病むことはないのに。
とは思うけれども、10代目がまだ何か話すようだから、口を噤んだ。
「でもね、ビアンキは指示してくれただけで、手は出してないんだよ」
「はぁ」
「獄寺君は、他の人が作ったものでも、ビアンキのレシピの料理って食べたくないだろうとは思うんだけど、」
まぁ、そうだ。
アネキは材料以外に生物も作為的に入れてそうだから嫌なんだ。
もしそれを忠実に再現されでもしたら、誰が作ろうと毒物になるだろう。
「だけどオレ、初めて作った料理、獄寺君に食べて欲しかったんだ」
「!!!」
それって、どういう意味なんでしょう。
聞いてみたいけど、呼吸をするので精一杯で、声が出せない。
どくどくと、やけに心臓の音が大きく聞こえる。
まるで耳に心臓があるみたいだ。
隼人、人は愛のために死ねるものよ。
急にアネキの言葉が響く。
ここでこの料理を食べなければ、10代目を悲しませてしまう。
10代目が何を思ってそう言ってくれたのかは分からないけれど、
これはオレのために調理してくれたものだ。
それに応えることが、10代目をお慕いするオレの役目だろう。
「いただきます!」
用意されたフォークとナイフを手に持ち、一口大に切られたビーフストロガノフを勢いよく口に運ぶ。
もぐもぐと肉をかむ。
急に食べだしたオレをびっくりした顔で見ていた10代目の表情は、
次第にじっとこちらの様子をうかがうようなものになった。
たぶん、料理の感想を求めているんだろう。
オレは偽りなく、思ったことを口にした。
「おいしいです、10代目」
「ほ、ほんとに!?」
「はい、すごく、おいしいですよ」
10代目には申し訳ないが、正直オレも意外だった。
付け合せのライスもパセリの風味があっておいしかったし、
生野菜の盛り合わせも新鮮だった。
おいしい料理と10代目の気持ちで食が進み、デザートのオレンジケーキもぺろりと平らげてしまった。
そして日本風に最後のあいさつをして、食事は終わりだ。
「ごちそうさまでした。本当においしかったです、10代・・・」
ぐらり、と視界がゆがむ。
そう思ったとたん、がたん、という音。
それに続いて右半身に衝撃。
何が起こったんだろう。
遠くの方で10代目の声が聞こえる。
そう思うと10代目がオレの目の前に来てくれて。
何でそんな心配そうな、泣きそうな顔をしているんだろう。
10代目の頭をなでてあげたいのに、腕が動かない。
あれ、と思う間に目の前が真っ暗になった。
「ふふ・・・あなたの愛は見せてもらったわ、隼人」
台所が見える庭の隅に、帰ったと思われたビアンキが座っていた。
ツナに引きずられるようにしてリビングのソファへ移動させられた獄寺を見て微笑む。
そしてその様子に満足すると今度こそ沢田家を後にした。
「ん・・・」
目を開けると、薄暗い闇。
闇に慣れた目に見えたのは、見覚えのない天井。
体を起こすと自分を肩まで包んでいた毛布がぱさりと落ちた。
「?オレ、どうしたんだ・・・?」
記憶を辿ってはっとする。
確かオレは10代目の作ってくれた料理を食べて、倒れたんだ。
味やにおい、形、材料も普通のものだったのに、
アネキのレシピというだけで食中毒の作用があるらしい。
幸いとは思えないが、オレは小さいころからその料理を食べ続けているから、
免疫ができて死ぬまではいかないんだろう。
「・・・10代目?」
状況の把握に忙しくて今まで気が付かなかったが、
オレが寝ていたソファに伏せて、10代目が眠っていた。
その手はオレにかけられた毛布が握られており、
頬には涙の跡があった。
「10代目・・・」
それを見た途端、体が勝手に動いた。
今はもう枯れてしまった涙をぬぐうように、唇を当てる。
そして彼を壊さないようにそっと腕の中に包み込んだ。
「ご心配をおかけしてしまって、すみません」
寝てしまった彼を起こさないようにそっと呟き、
無礼をした自分を隠す闇と、気づいていながら目を瞑ってくれているヒットマンに感謝した。
End
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何がなんだか・・・。
最初はギャグ書くつもりだったんですよ。。。
でも何故かギャグ落ちできず、ずるずると書いてたらこんなことに。
最初はもっと短い予定だったんですよ。。。どうなってんだ。
カウンタ44番を踏んでくださったぱぅさまへv
どうにも私は最後のような獄ツナが好きなようだ。
(2004.08.15)
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