荒れた学級にしないための三日間・一年間


「ていねいさ」と「持続性」を育てる〜荒れた学級にしないための三日間・一年間〜

                        『落ち研の広場U−bV』(機関誌)より

荒れた学級にしないための三日間
 最初の三日間、子ども達は先生がどんな先生か、どんなやり方をするのか、様子をうかがっている。
 また、新しい学年になった、ということで、希望ももっている。
 この三日間をいかにすごすかで、今後の学級づくりに与える影響は大きいのである。

 学級の生活のルールを決める。(朝来てから帰るまで) 

 必ず、全員に伝える。
 個別への対応がルールの食い違いとなり、教師不信・荒れの原因へとなりやすいからである。

 どんなことが教師として許せないか語る。 

「命に関わる危険な行為・差別・同じ過ちをくり返すこと」 など明確に語る。
 上記のような行為は、教師だけでなく、クラス全員・学校中の先生・親を敵に回す行為であることを告げる。

 楽しい授業や楽しい活動をする。 

「今度の先生は楽しいことをしてくれるぞ」と思わせる。(ブタンガスの実験・五色百人一首・王様ドッジボール等)

《教師・裏の努力》

 子どもの名前を三日間で覚える。 

 覚えるのが苦手な私は、次のようにしている。
@まず子どもに出会う前に名前だけを暗唱できるようにする。
A始業式に一人一人の写真をとる。

 その学年に合った楽しい授業や楽しい活動のための用意をする。 

 いろんな教育書や教育雑誌からコピーしてノートに貼っておく。
 荒れた学級にしないためには、まず教師が学び続けること。これは前提である。 

荒れの前兆を見つけ、その問題を解決する。
 学級が荒れる前には、前兆がある。まず、小さな火種がポッとあがる。小さな問題ならコップ一杯の水でも消せる。
しかし、その火種があちこちに飛び移ると、一つを消してる内に、他の火種が炎となり、やがて、一気に大火事となってしまう。
 だからこそ、小さな火種の内に、たたきつぶすのである。
 例えば、クラスのルールを破って非を認めない子がいたとしよう。この時、教師は学級全員にそのことについて、意見を言わせる。「○○くんが悪いと思います」という意見が大半になるだろう。

 学級全体の正義を味方にして、問題行動を起こす子に冷静に対処する。 


「ていねいさ」と「持続力」を育てる。
 荒れた学級の子どもは、教師の言うことを「素直」に受け止めることができない。
 例えば、算数で、「問題と問題の間は一行か二行あけなさい。」「ノートはゆったり使う方が算数はできるようになります。」と指示し、語ったとする。
 すると、「そんなんノートもったいないわ。」と言いながら、かえって、ごちょごちゃに書いてきたりする。
 逆を言えば、「素直」な子に育てることができれば、学級は荒れないのではないかとも、考えられる。
(もちろん、教師の言うことがいいかげんなら、「素直」でいる方 がおかしいというものだ。)
 では、「素直」な子に育てるために、何をしたらいいか。
 向山洋一氏は、次のようなことを書いている。

 いかなる学習にとっても、大切なことは二点であると私は思っている。第一は、『ていねいさ』である。第二は、『持続性』である。(中略:荒井)
 強いていえば、他人(例えば教師)の忠告を受け入れる『素直さ』があった方がいいが、上記の二条件を満たす子は、ほとんど『素直』であるからそれを入れることもない。
                  『飛翔期 向山洋一実物資料集 第16巻』(明示図書)より

 もしかしたら、「ていねいさ」と「持続性」を育てることができれば、「素直」な子となるのではないだろうか。
 その点で言えば、落ち研実践というのは、「ていねいさ」と「持続性」を育てるのに、ぴったりだと思う。

 毎日、宿題(学年×10分)を出す。 

 「読み・書き・計算」が中心。始業式(最初の三日間)に、毎日宿題を出すことを宣言しておくのがよい。(そうすると、子どもも覚悟が決まる。)

 ノートには必ず日付を書かせる。 

 例えば、算数の問題をノートにさせた場合なら、日付・ページ数・問題番号をしっかり書くように言う。問題を解いてノートを教師に持ってきても、それらが書いてなければ突き返すのである。(こういう小さなことを妥協せず徹底すべきなのだ。)

 筆算の線や枠囲みの線は、定規を使わせる。 

 上記のようなことを一年間通して指導し続けることが、子どもに確かな学力をつけ、すばらしい学級を作るのである。