日刊考現学(1998.2.26)より
| ■何とかなるだろう ●自分の中に、「何とかなるだろう」という思いが、いつもあるように思う。 今日、学習園をそうじしていた子が、さくに手をつっこみ「ぬけへん」と叫んでいた。ちょうど、教室からは学習園が見える。 私は「何とかなるだろう」と思いながら、学習園へ向かった。 指輪が抜けなかったり、ロッカーにおしりが入って抜けなかったりして、消防車を呼んだという、話をどこかで聞いたこともある。 だが、そんなことを思いながら、あんまり私は心配してはいなかった。人ごとだからかもしれない。 確かに、柵から手がぬけないようだ。考えた。 まず、上着を腕から抜いた。次にワイシャツを引き寄せた。 「先生、頭、いいな。」と、窓から子どもが言ってる。いい気分だ。 そして、腕だけになると、すると柵から抜けた。簡単なものだ。 あとは、笑い話ですんだ。 この話はこれで終わりだが、「何とかなるだろう」が私の人生観みたいなものだ。 臨時講師という不安定な仕事をしながら、マンションを買うなども、この「何とかなるだろう」人生観によるものが、大きい。 しかし、「何とかなるだろう」が、私の実践の甘さとなってもしまうのである。 |