きれいな花束、おいしそうなお菓子、いかにもな果物、
甘ったるいそれらを両手にかかえて獄寺君の家へと向かう。
なんだったかの法律でクラス名簿が作られなくなってしまい、
獄寺君本人からも住所を聞き出すことができず、
やっぱりというか予想どおりというか案の定、
獄寺君へのお見舞いの品々は、オレの机へとなだれ込んできた。
獄寺君はここ数日、おたふくかぜで学校を休んでいる。


10:住所不定


たくさんの贈り物を落とさないように気をつけて、
オレはごそごそと合鍵を取り出した。
通い慣れたマンション、見慣れた扉。
いつもは獄寺君が開けてくれる鍵を、自分で開ける。
はじめのうちこそ合鍵を使う行為にものすごく照れを感じていたけれど、今になってみれば慣れたものだ。
もちろん、なんにも感じないわけではなくて、やっぱり、少しくらいは恥ずかしかったり、くすぐったかったりする。
通路を吹き抜ける風は冷たく、花束の包みをがさがさと鳴らし、吐き出した白い息を持ち去った。
かちゃり、小さな音を立ててドアを開ける。
部屋の中はしんと静まり返っていた。

「お邪魔しまーす」

玄関に入りドアを閉めれば、中は外よりも暖かい。
靴を脱いで廊下に上がり、突き当りまで進んで中を覗く。
リビングのソファにも台所にも獄寺君の姿はない。
やっぱりまだ寝てるんだろうか。
くるりと体の向きを変えて寝室に向かう。
寝室のドアを、また腕に抱えた贈り物を落とさないように気を付けてそっと開ける。
小さく開いたドアの隙間から中を伺えば、ベッドの上に獄寺君の姿が見えた。
玄関のドアが開く音が聞こえていたんだろう、起き上がってこちらの様子を伺っている。
さらにドアを開けて目が合うと、獄寺君はたちまち嬉しそうに微笑んだ。
人ってこんなにも表情で気持ちを表せるんだなぁ、っていうくらい、嬉しさが伝わってくる笑顔。
卑屈な考え方が大得意のオレがどう悪く考えようとしても、悪いようには考えられない満面の笑み。
もし獄寺君に耳とかしっぽがあれば、ぴんと上を向いて立てられていたり、ぶんぶんと振り回されているところだろう。

「お邪魔します、獄寺君、具合はどう?」

話しかけると、獄寺君はいそいそと枕元に置いていたスケッチブックを取り出した。
表紙をめくり、さらさらとペンを走らせる。
その間にベッドに近付けば、書き終えた文字をこちらに向けて見せてくれた。

―熱も下がってきて、大分よくなってます。
「本当?よかったねぇ」

スケッチブックをひっくり返してまた獄寺君が文字を書き始めたので、
オレは抱えていたたくさんの贈り物をベッドの隣の小さな机の上に置いた。

―10代目が毎日看病に来てくださったおかげです。
「なにそれ。オレなんもしてないよ」

書き終えた文字を読んで笑いながら言葉を返すと、また獄寺君は何やら書き始めた。
うつむいた拍子に髪の毛が落ちて顔に影を作る。
さらりとした銀色は確かに汗に濡れている様子はない。
左手を持ち上げて獄寺君に近付ける。

「冷たかったらごめんね」
「っ・・・!」

血色のいいほっぺたにぴたりと手のひらを当てる。
手が触れた瞬間、びくりと体が震え、ペンが変な方向に動いた。
ほっぺたにも汗をかいている様子がなく安心する。
触れさせた手を上に移動させて、おでこにくっつける。
外の空気で冷たくなっていた手のひらに、じわりと獄寺君の熱が伝わってきた。
あったかい、だけど何日か前のように熱くはない。
獄寺君の言うように回復に向かっている様子に嬉しくなって、
手のひらをどけて獄寺君に微笑みかければ、さっきよりも赤みの増した顔。

「獄寺君?」

呼びかけるとちらりと不自然に目が伏せられて、手が動く。
獄寺君の手元を見ると、ところどころ、不恰好な文字。

―10代目、
「なに?」

動揺の浮かぶ文字に呼びかけられて返事を返せば、困ったような瞳にぶつかった。



数日前の日曜日、遊ぶ約束をしていた獄寺君が家にやってきた。
いつもならベルを鳴らして「10代目ー!」って叫ぶのに、
ベルしか鳴らなかったから、誰か他の人かと思って部屋から出なかった。
少しして下から母さんが玄関を開ける音、それから驚いたような声が聞こえてきた。
なんだか普通と違う雰囲気と、聞こえてきた「獄寺君」という名前に
慌てて部屋を出て玄関を覗き込めば、靴箱にもたれかかった獄寺君と、それを支える母さんが見えた。
部屋のドアを開け放したままで階段を駆け下りる。
ふらつく獄寺君は見るからに熱を出していて、支えるために触れた体はとても熱かった。
リビングに寝かせるか迷ったけど、がんばって歩いてもらってオレのベッドに寝かせて、
獄寺君が寝ている間にビアンキに頼まれてしぶしぶ診てくれたシャマルが言うには、
ただの熱や風邪じゃなくて、「おたふくかぜ」らしい。
うちにはチビたちがいるからうつっちゃいけない、
シャマルはぶつくさ言いながら、獄寺君をおぶって部屋に送り届けてくれた。
チビの中にイーピンがいたのが効いたのかもしれない。
チビの頃におたふくかぜをやったオレは、獄寺君の顔の腫れがひいてから、お見舞いに来ることができるようになった。
うつる心配はないけれど、みっともないから見せられないという獄寺君の希望を聞いてのことだ。
オレはだめなのに母さんは買い物の途中に獄寺君の世話をしに部屋に寄っていて、なんだか不満を感じてしまうけれど、
病人が嫌だと言っているのに無理強いをすることはできない。
やっと面会を許されて部屋に来れば、オレを迎えてくれたのは、高熱にやられて声が出なくなってしまった獄寺君だった。


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