「今日もね、たくさんお見舞いもらったよ。クラスの女子だけじゃなくて、3年の先輩からも」

机に置いたたくさんの品々。
連日学校を休む獄寺君へのお見舞いの品だ。
獄寺君は女子からの贈り物は受け取らないし、オレだって仲介を頼まれても断ってるけど、
「お見舞い」となると無碍に断ることもできない。
はじめにこういうのを持ってきたときは渋い顔をされたけれど、今はそんな顔はしない。
ただ、ペンも動かさず、ちらりと視線を向けられる。

(10代目は?)

・・・って、言ってるんだろうな。
目は口ほどにものを言う、とはこのことをいうんだろう。
そんな風に思えるほど、獄寺君の目はとてもよく獄寺君の考えを伝えてきた。
女子からの見舞いの品じゃなくて、オレからのは?って。
口には出せないから、スケッチブックにも書けないから、目で訴えてる。
熱を出しているせいか、一緒に学校に行けないせいか、いつもより甘えることが増えている。
面会を許されてからは毎日長い時間、部屋に居座っているつもりだけど、それでも足りないみたいに。
そのくせ、オレが甘やかそうとすれば、困ったように身を引いてしまう。
そんなところもたまらなく犬っぽかった。
口元に笑みを敷いて、鞄をあさる。
中からまっさらのスケッチブックを取り出した。

「オレからはこれね。そろそろスケッチブックなくなっちゃうだろ?」

取り出したものに、獄寺君は渋い顔をした。

「なに、もう明日には声が出るようになりますー!とか?」

こくり、その通りだと頷かれる。
その動きに今度は声を出して笑いそうになった。
くすくすと、小さな声は漏れてしまったけれど。
だって獄寺君、昨日も一昨日もそう言ってたけど、
オレだってちゃんとしゃべれる方が嬉しいけど、でも、やっぱり声出ないじゃないか。
そんな意地悪なことは口には出さず、けれど笑ってしまったせいで
少し機嫌を損ねてしまったかわいい彼に覗き込んで視線だけで謝った。

「声が出るようになったからって無理すると、またのど痛めちゃうよ。
 それにスケッチブックがなくなって獄寺君としゃべれなくなるのもオレ嫌だし。
 そなえあればうれいなし、だよ」

ね?と念を押せば、まだ少し不満そうな、それを装いながらも機嫌の直りつつある表情を見せてくれた。
それがかわいくて嬉しくて、にこにこと笑みが深まっていく。
はい、と新しいスケッチブックを手渡せば、ペンを置いて丁寧に両手で受け取られる。
そしてまだ紙の残っている方のスケッチブックを上に置いて、さらさらと文字を書き始めた。

―ありがとうございます、10代目。大切にします。
「うん、でも、いっぱい使って、いっぱいしゃべろうね」
―はい。

書かれた文字よりも正確に気持ちを伝えてくる笑顔。
嬉しそうな笑顔に微笑み返して、肩にかけたままだった鞄を床に下ろした。

「獄寺君、ごはんは食べた?お見舞いにもらった果物食べる?」
―10代目が来る前に昼メシ食いました。まだ果物はいりません。
「そう?じゃあ食べたくなったら遠慮しないで言ってね。用意するから」
―ありがとうございます。

はじめのうちはオレも果物を用意してきてたんだけど、
だんだん女子からのお見舞いが増えてきて、
オレまで食べ物を持ってくるととても獄寺君一人じゃ食べきれない量になってしまう。
とはいえ、いかにも「お見舞い」な果物はごく一部で、ほとんどは花束とか手作りお菓子とか、
普段受け取ってもらえないものをここぞとばかりに渡してきている気もする。
花は花瓶に生けるけど、きれいなラッピングが施された手作りお菓子を、獄寺君が食べているところを見たことはなかった。

「今日の体育は野球でね、山本がすっごいホームラン打ったんだよー」
―あいつはそれしか取り得がないですからね。10代目はどうでしたか?
「オレー?オレはねぇ、1回だけ、ヒット打てたよ」
―さすがです!素晴らしいです、10代目!オレも10代目がヒット打つとこ見たかったです!
「ありがとう。でも結局アウトになっちゃってね、点は入らなかったんだー」
―それは残念でしたね。もしオレがいれば、10代目の次にホームラン打って二人で点数入れられたのに。
「あはは、でもそうだね、獄寺君ならホームラン打てるよねー」
―もちろんです!まかせてください!

オレが話す学校の話に笑いながら、ときには怒りながら相槌を打つ。
英語の小テストはどうだったか、先生に叱られたりしなかったか、
なんだか母さんみたいだなぁ、なんて考えながら、頼まれるまま話を続けた。
楽しそうに話を聞きながらもどこか寂しそうな顔。
やっぱり家で一人きりでは楽しくないんだろう。
今こうして二人で話をしているのは楽しいけれど、やっぱりオレも学校に獄寺君がいないと寂しいと思う。

「熱が下がったら学校行けるのかな。またシャマルに診てもらわなきゃだね」
―いけ好かねーヤローですけど、一応、医者ですからね・・・。
 早く10代目と一緒に登校したいです。
「うん、オレも。早く獄寺君と一緒に学校行きたい」

また一緒に学校行こうね、と言えば、嬉しそうに、幸せそうに微笑まれた。
獄寺君がたまに見せるこの幸せそうな笑顔を見ると、くすぐったくなってしまう。
へらりと同じように微笑んで、幸せだなと思う。
さっきは寂しいと思ったばかりなのに、とても現金だ。
嬉しかったり楽しかったり寂しかったりするのは、
オレの感情を左右するのは獄寺君なんだと思うと恥ずかしくも思うけれど、
仕方ないことだなと諦めもついてしまう。
だってオレは獄寺君が好きだから、
獄寺君が一緒にいれば楽しいし、いなければ寂しいし、
獄寺君が幸せそうにしていれば、オレも幸せ。
それはやっぱり、仕方のないことなんだ。
照れくささを感じてうつむいていた視線を持ち上げて、ちらりと獄寺君の様子を伺う。
そうすれば待ち構えられていたみたいに目が合って余計に恥ずかしくなった。
ふわりと笑った獄寺君が、すぐに口に手を当てて咳をした。

「あ、ごめん、横になる?」

首を横に振って意思表示をするけれど、構わずベッドに寝かせることにした。
腰から下にはふとんをかぶっているとはいえ、パジャマ姿では冷えてくるだろう。
まだ本調子ではないのだから、暖かくしておかないといけない。
横になった獄寺君の体に肩までふとんをかけてあげる。
見上げてきた獄寺君の唇が「ありがとうございます」と動いた。

「オレ、しばらくここにいるから、眠っちゃってもいいよ」

何か言いたそうに見上げてくる獄寺君がこくりと頷き、目を閉じた。
きれいな色の瞳が隠れて、色数の減った顔は静かな印象を受ける。
形のよい鼻やまぶたを眺め、さらさらと触り心地のよい髪の毛を撫でているうちに、
それほど時間を経てず、穏やかな寝息が聞こえてきた。
まだ少し無理をしていたのかもしれない。
髪の毛からそっと指を離し、枕元に置いていたスケッチブックとペンを拾う。
お見舞いの乗った机の空いているところにそれらを置いて、
そのうちさっきまで会話に使っていた方のスケッチブックをひざに置いた。
熱を出して声が出なくなってしまった獄寺君とは、ずっとこのスケッチブックで会話をしていた。
開かれていたページは何もない真っ白なページ。
1ページずつ戻していけば、さっきの会話が再現された。

―早く10代目と一緒に登校したいです。
―もちろんです!まかせてください!

優しい文字を追っていると、そのときの獄寺君の表情も思い出された。
実際に獄寺君が話しかけてくるみたいでくすぐったい。
一枚、もう一枚とめくっていく。
今日の会話が終われば昨日の会話が始まるものだと思っていたけれど、
なんだかそれは違うみたいだった。
それまでのオレに読ませるために整列された文字とは違い、
まっすぐだったり、斜めを向いていたり、大きかったり、小さかったり、
色んな形の文字が紙のいたるところに散っている。

―10代目
―10代目
―10代目
―会いたい

一枚のページにたくさん詰め込まれたオレへの呼びかけ。
昨日オレが帰ったあと、それか、今日オレが来る前に書かれたものだろう。
10代目、会いたい。
文字を目で追っていると、頭の中に直接獄寺君の声が響いてくる。
急に恥ずかしくなってしまって慌てて視線を逸らしたら、
そのページの端っこに小さく書かれた文字が目に入った。

―綱吉さん

その文字を見た瞬間、ぶわ、と背筋を這い上がった熱。
寒気にも似た、鳥肌が立つような感覚。
頭の中で、獄寺君の声が響く。
実際には呼ばれたことのない名前を、その声で再生してしまう。

―綱吉さん

寒気が治まれば、次は体が発熱し始める。
体が、顔が、頬が、熱い。
それはまるっきり風邪と同じ症状で。

「・・・獄寺君、今度はオレが熱出しそうだ」

すやすやと気持ちよさそうに眠っている獄寺君に文句ともいえないような言葉を吐き出し、
変わらず名前を呼び続けるスケッチブックに顔をうずめた。






End





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なんでまたおたふくかぜ。
いや、最初は麻疹にする予定だったんですよ?それがなんか、手が勝手に・・・。
まぁ、発疹ができるよりはいいか・・・な。
んでちょっと「おたふくかぜでも高熱出たよな?」と調べてみたら、こんなことが書いてあった。

思春期の場合は睾丸炎・卵巣炎を起こすこともある。
―大辞泉―

ごめん、獄寺。そんなつもりじゃあ。
この話書いてるときに私熱出したんだけど、獄寺ののろいですか?
高熱で声が出なくなる(のどがやられる)ってのは、
「なんかそんなこと聞いたことあるな」レベルなので、信憑性は低いです。
でも獄寺タバコ吸ってるしなぁ、無きにしも非ず、だと思うんですが。どうだろう。

んでなんかツナ獄っぽいけど気のせいだと思います。

(2007.12.24)



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