ガラガラ・・・と、立て付けの悪いドアを開いて教室の中に入る。
教室はざわざわと休み時間特有の騒がしさに包まれていた。
今朝は寝坊して朝ごはんも食べてないしトイレにも行けなかった。
もちろん遅刻寸前で学校に着いたから、
どこかで食べ物を買ってくる余裕もなかったし、
学校に着いてからトイレへ行く時間もなかった。

「ううう・・・おなかすいた・・・」

トイレから戻ってきて、ぐううと自己主張するおなかをさする。
購買が開くのは3時間目が終わってからだし、
さすがに1時間目が終わったところで弁当を開ける度胸はない。
女子たちが食べているおかしをちらりと気にしながらも、もらいに行けるわけもない。
はぁ、とため息をついたところでふと違和感に気づく。
トイレに行く前はついて行くと聞かなかった獄寺君が、オレが戻ってきても近寄ってこない。
どこか他のとこに行ったのかな、と教室の中を見回してみると、すぐに獄寺君の姿が見つかった。
前の方の席で、黒川と話をしている。

(獄寺君と黒川・・・何か珍しい組み合わせだな)

自分の席に座ってその様子を眺めていると、視線に気づいたように獄寺君が顔を上げる。
すぐに、にこ、と綺麗な笑顔を浮かべて、黒川と二三言話してからオレの方に駆け寄ってくる。

「10代目!お戻りになられたのに、気づかなくてすみません!」

背筋をぴしっと伸ばしていつものようにお辞儀をされる。
その姿にオレは笑顔になって、さっき気になった違和感なんて忘れてしまった。



******



その光景は、最近よく見られるようになった。
たとえば担任に呼び出されて、それから補習の課題を出しに行ったりした後、
教室に戻ってみると、獄寺君は黒川と何かを話している。
獄寺君がオレや山本以外の人と毎日話をしてるってのが今まであんまりなかったから、
はじめのうちは珍しいな、って思うだけだったのが、
それが何日も続くと、心の中に霧がかかったようにもやもやしてきた。



『あの二人、つきあってるのかな』
『えーやだー!獄寺君は誰とも付き合わないから、我慢できたのに!』
『でも花って美人だから、並んでると絵になるよねー』

クラスの女子がひそひそと話してるのが聞こえてくる。
やっぱり、他の人から見てもそんな風に見えるんだ。
自分でも心の隅っこで考えてたそのことを、
他の人の口から聞いてしまうと、よけいに現実味を帯びてくる。

二人が、付き合ってるんじゃないかって。

そんなことない。
黒川は年上の人がいいって言ってたし。
獄寺君だって女子のことうっとうしがってたし。
二人が付き合ってるなんてこと、ないはずだ。
いくら自分で反論してみても、その事実の前にどれも力なく倒れていく。

(そりゃ獄寺君だって、きれいな女子と一緒に居る方が楽しいに決まってるよね)

もう何度目になるか分からないその様子を見ながら、ぼんやり考えた。



帰り道に商店街を通っていると、どの店も異様な雰囲気に包まれている。
いたるところで赤やピンクが氾濫しているのだ。
お菓子屋さん、ケーキ屋さん、パン屋さん、和菓子屋さん・・・
特に食べ物を売っている店が多いけれど、
いつもはこっそりとしている下着屋さんまで自己主張が激しい。
その異様な雰囲気も、店の前に張られたピンクのポスターを見て納得する。

『St. Valentine's Day 2.14』

バレンタインか・・・オレには全く縁がないなぁ。
そんなことを思いながらも、そのものものしい雰囲気にまじまじと店を眺める。
いつもは気恥ずかしくて目を逸らしている下着屋だって、普通に見れてしまう。
真っ赤なレースのついた下着がものすごい。
特にチョコやケーキを売ってるお店はそれが顕著で、
赤やピンクのリボンや包装紙が店中をデコレーションしている。
ふと隣を見ると、獄寺君もそれらが気になるのか、立ち並ぶ店をじっと見ている。

(珍しいな、獄寺君はあんまりこういうイベント好きじゃなさそうなのに)

そんな獄寺君をじっと見ていると、獄寺君が気づいたようにオレを見る。
目が合った途端、獄寺君は視線を色んな方向にさまよわせて落ち着きがなくなる。
明らかに挙動不審だ。

「獄寺君、今年もいっぱいもらえるだろうね」

何となく、棘があるように思えた。
オレってこんな声でしゃべってたっけ?
少しばつが悪くなって視線を逸らすと、獄寺君の視線がオレの顔に定まる。

「あんな奴らからは受け取らねーっスよ」

心なしか嬉しそうな声に視線を戻してみると、にこにこと笑う獄寺君と目が合った。

「それより10代目、今年は10代目、すげーのがもらえますよ!」
「・・・・・オレが?」
「はい、10代目が!」
「・・・誰から?」
「それはその日のお楽しみっス!」

それ以上は答えてくれず、家に着いたのでその話はそこで終わりになった。
オレにすげーのをくれる人・・・ビアンキしか思い浮かばないんだけど。



******



今日もやっぱり獄寺君は黒川と話をしていた。
こっそりと気づかれないようにその様子を見ていると、
獄寺君が雑誌を指差して何かを言い、それに対して黒川がおかしそうに笑っている。
黒川がクラスの男子としゃべりながら笑ってるところをあまり見たことがなかったから、少し驚いた。
何の話をしているんだろう。
どんな雑誌を見てるのか、目を細めて見てみても、その内容まではうかがえない。
コソコソうかがっているのが余計に目立つのか、獄寺君がオレに気づいてしまった。
獄寺君は黒川との会話を切り上げると、ぱたぱたと足音を立てて、オレのところまでやってくる。

「お帰りなさい、10代目!」
「う、うん・・・」

いつものようににこにこと笑う獄寺君の顔を、うまく見れない。
さっきの光景が頭の中に浮かぶからだ。
獄寺君が、オレ以外のやつとしゃべってる場面。
そしてその相手が笑ってるところ。
近づいた獄寺君のカーディガンを見つめながら、手を握り締めて気合を入れる。

「あの、さ」

顔を上げて獄寺君を見る。
獄寺君は優しく微笑んで、オレの言葉を待っている。

「獄寺君、黒川と何しゃべってたの」

言った。
言ってしまった。
心の準備なんて、出来てなかった。
言い終わってから、どくどくと心臓が大きく音を立てる。
獄寺君の答えを待つ間、こっそり、ゆっくり、息を吐き出した。
どくどくと響く心臓の音を聞きながら、沸騰しそうな頭の中で考える。
獄寺君は何て答えるだろう?
さっきの授業のことです、とか?
それとも雑誌を見てたから、テレビの話です、とか?
あたりさわりのないことを浮かべながら待つオレの耳に入ってきたのは、

「ふふ、秘密です!」

嬉しそうな、獄寺君の声。
それに違わず嬉しそうな笑顔。
その後で獄寺君が何か言ってたけど、オレの耳には入ってこない。
心の準備なんて、出来てなかった。



帰りはいつも通り、獄寺君と二人で帰った。
オレばっかりが気にしてるだけで、獄寺君に変わったところはない。
ほんとは黒川と一緒に帰りたいんじゃないの。
オレが10代目だからって無理してんじゃないの。
そんなこと、思ってても言えないのに、そればっかり考えてる。
いつもは楽しかった帰り道も、今はなんとなく気が重い。

「それじゃ、10代目。失礼します」
「うん、送ってくれてありがとう」

がんばって笑顔を作ってみたけど、うまく笑えたかどうかは自信がない。
獄寺君のことをまっすぐに見れなくなってるから、それを確認することもできない。
オレの心の中はもやもやとしたまま、獄寺君と別れて家の中に入る。
オレと獄寺君を隔てるドアが、ぱたんと大きな音を立てて閉じた。


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