部屋着に着替えてリビングでテレビを見ていると、玄関のチャイムが鳴った。
「こんにちはー!」
ハルの声だ。
立ち上がってリビングから顔を出す。
「上がっていいよ!」
声をかけながら玄関に向かって廊下を歩いていると、
ガチャ、と音を立ててドアが開かれる。
そこに現れたのは、本を数冊抱えたハルだった。
「ツナさん、お邪魔します!」
「うん・・・今日は何持ってきたんだ?」
一緒に廊下を歩きながら、ハルの抱える本に視線を向ける。
ハルは相変わらず「やだ、ツナさんのえっち!」なんて意味の分からないことを言いながらも、
リビングに着くとテーブルに本を置いて、教えてくれた。
「もちろん、バレンタインの本ですよ!」
商店街の様子を見たときも、まだ2月に入ったばかりで早いんじゃないかと思ってたんだけど。
女子ってのはみんな、早めに用意するもんなんだなぁ。
感心してぼんやり突っ立っていると、先に腰を下ろしたハルに座るように言われる。
「ツナさん、見てください!どれが食べたいですか??」
チョコレート、クッキー、カップケーキ、スポンジケーキ・・・
お菓子と名のつくもののほとんどがそろえられている。
それらの本をひとつひとつ手に取りながら、これはどうですか、と聞いてくる。
その姿が、とてもまぶしく見えた。
何で女子ってこんなにきらきらしてるんだろう。
目の前で嬉しそうにはしゃいでいるハルを見てぼんやり思う。
そりゃ獄寺君だって、女子が好きに決まってるよね。
ここのところ、どうしても考えがそっちに向かう。
自分の考えに勝手にへこんで、目の前で元気に本を見てるハルをうらやましく思う。
「なぁ、ハル」
「はひ?」
「何でハルは、そんなに一生懸命なんだ?」
だからちょっと聞いてみたかった。
ハルに好きだって言われても曖昧にして答えないオレに、
何でそこまで一生懸命になれるのか。
「だってハルは、ツナさんが大好きですから!」
いつものように、満面の笑みで答えてくれる。
なんだかちくりと胸が痛んだ。
そんな風に言われても、オレは何も答えることができない。
ハルの言葉に黙ってしまうオレを見て、にっこり、少しだけ寂しそうに笑う。
「ツナさんが優しいから、ハルに何も言わないの、分かってますよ?
でも、ハルが何も言わなかったら、ツナさんにはなんにも伝わらないじゃないですか」
見ていた本をぱたん、と閉じる。
「何も言わないより、好きですって言った方が、ツナさんはハルのこと見てくれるでしょう?」
オレの方を向いて、にこりと笑う。
その表情は、かわいらしい女の子の仮面の下に、したたかさを浮かばせていた。
確かに、ハルの言う通りかもしれない。
何も言われなければ、その人のことをそれ以上にもそれ以下にも感じない。
「それにハルは、ツナさんへの気持ちを心の中に留めておくことができません」
ハルはまた、さっきとは別の本をぱらぱらとめくり出した。
「もしツナさんに、ハルがツナさんのことを好きだって言うのが嫌だって言われたら、
我慢するかもしれませんけど。でもツナさんはそれを許してくれるでしょう?」
視線を本に向けながら、口元はにっこりと弧を描いている。
「ハルはツナさんのことを好きだってことが嬉しいんです。
だからツナさんに、ハルのツナさんを好きな気持ち、嬉しい気持ちを伝えたいんです」
強いな、と思う。
女子ってやつはふわふわでやわらかくて弱いイメージがあるのに、内面はこんなにも強い。
そしてそのイメージ通りに、相手をやわらかく包んでくれる。
ハルの言うとおり、誰かに好きだと言われたら、
何て答えたらいいのか迷って困ったりもするけれど、
やっぱり心の中がほんわりとあたたかく、嬉しい気持ちになる。
でもそれは女子の強さがあってのもので、オレにはまねできない。
だってその相手を好きな気持ちを拒絶されたらどうなる?
つらくて悲しくて、沈み込んでしまいそうだ。
そうハルに言ってみると、やっぱりハルはにっこり笑う。
「ツナさんの好きな人はどうですか?」
手を本に添えたまま、ハルはオレの目を見てくる。
「ハルの好きなツナさんは、ハルの気持ちを無視したり嫌がったりしません。
そのツナさんの好きな人なんですから、相手の気持ちを大切にしてくれる人だと思いますよ」
ハルは一拍置いてから、「・・・ツナさんにだけですけど」と付け加えた。
「ははは・・・」
思わず乾いた笑いを漏らすオレ。
たぶんハルには分かってるんだろうな、オレが誰を好きなのかってこと。
ハルの言うように、オレに対して優しくて、他の人にはあんまり優しくないってのが
ありありと見て取れるのは、獄寺君しかいない。
本当は優しいし、誰かにきついことを言って後で後悔したりしてるんだけど、
それを見せずにわざと嫌な役を買ってる。
いつも意地悪をされているハルにとっては、嫌な風にしか見えないんだろうけど。
だけど、今は違う。
獄寺君は最近黒川とも話すようになった。
普段学校ではオレが言い聞かさない限りはオレから離れたりもしなかったし、
特に女子と話すなんてこと、よっぽどの用事がない限りはしなかった。
黒川と話しているところを見るようになって、最近は他の女子も獄寺君に話しかけてるみたいだ。
でも他の女子の場合は、獄寺君はいつもみたいにめんどくさそうに適当に相手をしているらしい。
てことは、獄寺君は女子と話をするようになったんじゃなくて、
黒川と話をするようになったってことだ。
「でも、何かオレもうだめっぽい」
そこまで考えて、はぁと大きなため息をついた。
こんなこと、ハルに愚痴る話じゃないのに。
「はひ?何でですか?」
でも、誰かに聞いてほしい。
吐き出して、少しでも楽になりたい。
黙って聞いてくれるハルに甘えてしまう。
「獄寺君、最近クラスの女子としゃべってるんだ」
ちくりと胸が痛んだ。
声に出してみると、よけいにつらい。
獄寺君が自分のいないときを見計らって黒川としゃべってること、
一応オレには隠そうとしてるんだけど、それが余計に二人の親密さをうかがわせてる。
そしてこんなことをハルに愚痴ってる自分がとても嫌だった。
それ以上は何も言えなくて、オレはうつむいて机の縁を見ていた。
ハルはしばらく黙ったままで、部屋の中に沈黙が落ちる。
少ししてハルが口を開いた。
「ツナさんの気持ちがかわいそうです。ちゃんと伝えましょうよ」
ハルは顔を上げたオレににこりと優しく微笑んだと思うと、急に立ち上がった。
「膳は急げです!今から買い物に行きましょう!!」
「は?何でだよ??」
「チョコレートを買いに行くんですよ!」
「だから、何でっ!?」
オレの質問に返ってくる答えはなく、ハルに引きずられるようにして家を出た。
******
学校の帰りにも通った商店街で、オレは少し居心地の悪い思いをしていた。
というのもハルに連れてこられたのは、さっき宣言された通りにチョコレートを売っている店で、
それはもちろんピンク色一色でバレンタインの気配を漂わせた店だったからだ。
ハルは違和感なくそこに溶け込んでいるが、オレはものすごく浮いていた。
「外国ではバレンタインは男の人から女の人にプレゼントを贈る日ですよ!」
とは言うものの、それは外国であって、日本じゃない。
日本では女子から好きな男子にチョコレートを送る日が「バレンタイン」なのだ。
店内はピンクと女子で溢れていて、男のオレが入る隙間はこれっぽっちもない。
店の外で中を覗いているだけで、女子の白い目がオレを突き刺すくらいなんだから。
「ツナさんも早くチョコレート選んでください!」
店の奥からハルが言う。
その言葉にまた女子の目がオレを向く。
イヤーな空気をまといながら、とりあえず店の中に入ってみた。
ハルはといえば、先に奥の方に行ってしまって、
手作りチョコの材料や包装紙なんかを選んでるみたいだ。
一緒について行こうとしたら、ものすごい勢いで追い返された。
仕方なくオレは店の入り口付近に置いてある既製品のチョコレートを見る。
かわいらしくラッピングされていて、一番上にその中身が分かるように見本が置かれている。
ハート型のチョコレートや、ミツキーやズヌーピーなんかのキャラクター系もたくさんあった。
でもその辺は手に取るのもはばかられるくらいに女子の雰囲気が漂っていて、見るだけにしておく。
うろうろしていると大人っぽい生チョコとか酒の入ったチョコレートも見つけたけど、
確か獄寺君は酒に弱かったっていうのを思い出して、それもダメだなと元の場所に戻した。
とてもオレには合わないような居心地の悪い雰囲気の中をそれでも進んで行くと、
少し変わった感じの商品が置いてあるところに行き着いた。
「ジョークチョコ」と大きく書かれたポップの下に、
確かにジョークが盛り込まれたチョコレートが並んでいた。
カレーのパッケージだとか、薬の箱や酒のびんをまねしたものがたくさんあった。
一瞬見ただけではカレーや薬、酒に見えるんだけど、
よく見てみると本当にある商品と一文字だけ違う、とかいう微妙な笑いを誘っている。
その中身はもちろんチョコレートで、友達や家族に渡すようなものらしい。
オレは目的を忘れて、いや、忘れるようにして、ひとつひとつをじっくりと見ていった。
そのコーナーを端から端まで見終わった頃、自分の買い物を済ませたハルが戻ってくる。
手には何を買ったのか分からないけれど、大きな買い物袋がひとつ、
中にはごちゃごちゃと色々なものが入っているようだ。
「ツナさん、決まりましたか?」
どうやら買わないと店を出られないらしい。
きれいに包装された本命に渡すようなチョコレートを買うのはさすがに恥ずかしいけれど、
こういったものなら冗談で渡せるかもしれない。
ハルにせっつかれるまま、目にとまったチョコレートをひとつつかんで、レジに持っていった。
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