家に帰ると弁当箱を台所に置いて、すぐに自分の部屋に上がった。
かばんを床に放り出して、制服のままベッドに寝転がった。
仰向けになって天井を見る。
上に楽しいものがある訳じゃない。
特に何もない空間を、じっと穴が開くほど見つめていた。
獄寺君は今頃何をしてるんだろう。
黒川の家に行って、それか黒川が獄寺君の家に行って、
黒川の手作りのチョコレートケーキなんかを一緒に食べてたりして。
心の中のもやもやは、そんなことを考えるうちにだんだんと大きくなっていく。
それに比例して、天井を見つめるオレの目も力を増していった。
じりじりと、視線に音があるとすれば、そんな音を立てていたと思う。
ものを焼きつくすような視線を天井に注いでいた。
ピンポーンと、軽い音が家中に響く。
時間をたとえるならオレの視線が天井を一枚焼きつくした頃、
チャイムの音に少し遅れて、いつもの「10代目〜」という声が聞こえた。
獄寺君だ。
そう思ったときには体はすでに起き上がっていた。
どこにそんな反射神経を備えていたのかと思うほどの素早い反応だ。
だけど当のオレはそんなことを考える余裕もなく、どたばたと大きな音を立てて階段を駆け下りる。
一番下の段を踏む頃には、獄寺君は階段の下まで上がってきていた。
何で獄寺君がここにいるんだろう。
黒川と一緒にいるんじゃないの。
聞きたいことはあるけれど、思いがけない訪問に、オレは何も言えずに獄寺君を見つめていた。
獄寺君よりも一段上にいるために、目の高さが同じになってる。
言葉はのど元まで出かかっていたけれど、
聞きたいことがありすぎてぐちゃぐちゃになって出てこない。
真正面にある獄寺君の目を見つめながら、何もしゃべることが出来ずに立ち尽くしていた。
「あの、10代目・・・」
控えめな獄寺君の声にはっとする。
「え、あ、な、何・・・?」
息を飲み込んでから、しどろもどろに声を出す。
獄寺君は何だかもじもじした様子で、オレを見ている。
うつむいた顔から上目遣いに見つめられて、ごくりとつばを飲み込んだ。
「あの、10代目に、これを・・・」
それまで後ろにあった手を前に差し出され、
目の前にひらひらとした薄い黄色のリボンが現れた。
獄寺君の両手にやわらかく包み込まれたそれは、
ここ数日のうちに何度も見る機会のあった、プレゼント包装というやつだ。
まさか、と思って見ていると、獄寺君は頭を下に向けたまま続けて言う。
「オレの気持ちです。受け取ってください」
ふわりとしたリボンに包まれているのは、上品な茶色い包装紙。
それを支えている手の指には、いくつもの傷があるようだった。
全ての指に絆創膏が貼られており、何となく、その中身が手作りであることがうかがえた。
そう思うと、カーッと頭に血が上ってくる。
頭の中が沸騰するみたいに熱くなって、まともな思考能力がなくなっていく。
深々と頭を下げている獄寺君、差し出されたもの、それを支える傷だらけの指。
それを見ていると、自分の都合のいいように解釈してしまう。
バレンタインに、手作りのものを、自分の気持ちだと言って渡す。
それってもしかして、俗に言う告白ってやつなんじゃないだろうか。
生まれてこの方告白というものをされたことがないから、戸惑ってしまう。
それに獄寺君は黒川と付き合っているんじゃなかったっけ?
ぐるぐると頭の中で考えていると、獄寺君が不安そうにちらりとオレの様子をうかがう。
もともと整った顔をしている獄寺君だから、そんなことをされると困ってしまう。
その辺の女子より、かわいく見えてしまうから。
「あの、さ」
「は、はいっ!」
獄寺君は手を前に差し出したまま、ぴんと背筋を伸ばした。
少し下がっていた頭は、またオレと同じ高さになる。
「それは、もしかして、チョコレート?」
「はい、チョコレートケーキです!」
「・・・手作り?」
「はい、オレが作りました!」
それを聞いて、もう一度大きくつばを飲み込んだ。
「今日ってバレンタインなんだけど」
「そ、そうですね」
そこまで言葉を交わしたところで、また沈黙が流れた。
バレンタインに手作りのチョコレートケーキ、そしてそれを渡すときの照れた様子。
ここまでくると、それはもう、告白しかありえないだろう。
内心嬉しくて心臓はありえないくらいどきどきしているけれど、
でもひとつ、気になることが残ってる。
それはもちろん黒川のことだ。
獄寺君は黒川とつきあってるんじゃないのか?
そんな思いが残っているから、素直に喜べない自分がいる。
大きく息を吐き出して、一拍置いてから聞いてみた。
「獄寺君はさ、誰が好きなの・・・?」
このケーキの意味と、黒川の関係が一度に分かる、核心を突いた質問。
その言葉を聞いた瞬間、獄寺君はびくりと体を震わせた。
オレは息をするのにも気を使って、獄寺君の言葉を待った。
たぶん沈黙が流れたのはほんの少しの時間だろう。
それでも獄寺君の声が聞こえるまでの間は、オレにとってはものすごく長い時間だった。
「オレが好きな人は、」
そこでいったん言葉が途切れ、それからすぐに、
「オレは10代目が好きです」
確かにそう言われた。
まっすぐにオレを見つめながら、はっきりとした声で。
その言葉が耳に入って理解すると同時に、体の中を嬉しさがこみ上げてきた。
ぞわぞわと下から上に這い上がる感覚。
そして体中が発熱したみたいに熱くなる。
獄寺君が、オレを、好きだなんて。
獄寺君の言葉が、声が、ずっと頭の中を回ってる。
嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうだ。
しばらく喜びに浸って何も言えずにいると、獄寺君は不安そうな顔でオレを見てくる。
そうだ、ちゃんと何か言わないと。
そう思って口を開いても、何て言えばいいのか分からない。
何度かぱくぱくと口を開閉しては、空気だけが漏れていく。
不安げに眉毛をハの字にさせている獄寺君に手を伸ばし、
その手に収められているリボンのついたプレゼントを受け取った。
「オレも、獄寺君のことが好きだよ」
恥ずかしかったけど、獄寺君の目を見て言った。
そうすると獄寺君は目を見開いて、それからみるみるうちに顔を赤くさせた。
二人して顔を真っ赤にさせて階段で突っ立っていると、帰ってきたリボーンに怒られた。
「人目もはばからずにいやいちゃするとはいいご身分だな」
オレと獄寺君はびくりと体を揺らして、あわてて階段を駆け上がった。
部屋に入ると手にしていた箱を机の上に置いた。
獄寺君が所在無さげにドアの前に立っているので座るように促して、
向かい合って座ったところで、聞きたかったことを口にした。
オレのことを好きだと言ってくれるけど、黒川のことは確認しておきたい。
普段オレと山本以外のやつとはしゃべらないのに、急に黒川としゃべるようになったわけ。
「聞きたいことがあるんだけど」
「は、はい、何でしょう?」
そうやって切り出して、一拍置いてから質問する。
「黒川とは、付き合ってるんじゃないの?」
「・・・は?」
階段の下での獄寺君の言葉があったせいで、質問の内容はずいぶんと大胆になっている。
獄寺君の気持ちが分からないままだったら、もう少し歯に衣を着せた聞き方をするだろう。
獄寺君はぽかんと一瞬間抜けな顔をした後、あわてたように口を開く。
「そんなことありませんよ!何でそんなことになってるんですか!?」
その言葉を聞いてものすごく安心した。
獄寺君を疑うわけじゃないけど、心の中にもやもやが残ってたら嫌だから。
「最近黒川と仲良くしてただろ?」
「あれは・・・!」
何でそんなことを思ったのか、そのわけを言ってみると、獄寺君は動揺して口ごもる。
それからもぞもぞと挙動不審になった後、小さな声で付け加えた。
「チョコレートケーキの作り方を習ってたんですよ・・・」
ものすごく恥ずかしそうに、横を向いて言う。
「あいつが作り方の本を持ってきてたから、聞いてたんです」
「オレのいないときに?」
「それは・・・だって10代目の知らないところで準備しなくちゃだめじゃないですか」
そこまで聞いて、何だかこっちまで気恥ずかしくなってきた。
いや、それまでだって十分に恥ずかしかったんだけど。
「じゃあ、今日休んだのは?黒川も一緒じゃなかったの?」
「・・・黒川?あいつは知りませんけど、オレは家でこれを作ってました」
これ、というのはもちろん机の真ん中に置かれた箱の中身だろう。
中が手作りということは、このラッピングも獄寺君がやったに違いない。
獄寺君は家庭科の実習と美術がものすごく不得意だから、これを作るのに苦労したはずだ。
それは階段の下で見た絆創膏だらけの指を見ても明らかで。
それまでの獄寺君の答えにオレは安心やら満足やらをしてしまって、こっそり笑ってしまう。
いくらこっそり笑ったところで、正面に座った獄寺君にはばれてしまうんだけど。
ゆるんでくる顔を隠すように横に向けて、帰ってきて放り出したままのかばんを引き寄せた。
獄寺君がその様子をじっと見守っている。
かばんの中をあさり、ラッピングのされていないたばこの外見をしたチョコレートを取り出した。
それを見て獄寺君はびっくりしたような顔をする。
たぶんオレがたばこを持ってると思って驚いてるんだろう。
「獄寺君、これあげる」
たばこによく似たそれを獄寺君に差し出した。
「え?あ、ありがとうございます・・・」
獄寺君は礼を言って手を差し出す。
それがオレの手から獄寺君の手に渡った後で、口を開いた。
「それ、チョコレートなんだよ」
ぱちりと大きくまばたきをして、渡されたものを観察する。
チョコレートの箱を色々な角度から眺めて、側面に貼られたシールを見つけたようだ。
そこには確かに「チョコレート」と書かれていて、中身がたばこじゃないことを表している。
そして、バレンタインの今日に、チョコレートを渡すということの意味は。
「両思い、だね」
わたわたとあわてる獄寺君に、獄寺君にだけ聞こえるような小さな声でささやいた。
部屋には獄寺君とオレしかいなくて、誰に聞かれるわけでもないのに。
なんとなく、こっそりと言ってみたかったんだ。
獄寺君と黒川みたいなみんなから騒がれるようなものじゃなくて、
二人きりの秘密みたいにこっそりと。
「はい」
獄寺君もまた小さくオレにだけ聞こえるような声で返して、
二人で顔を赤らめながら、嬉しさをかみしめて微笑みあった。
End
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