2月14日、バレンタイン当日。
いつもと変わらないはずなのに、なんだかいつもと違う感じ。
学校に向かう途中すれ違う女子たちは、少し浮き足立ってるようにも見えるし、
男子だって負けず劣らず浮き足立ってる。
まだまだ冬の寒さのせいで息が白いけれど、それがなんだかみんなの熱い気持ちのようにも見える。
ほかほかと浮かぶ白い息は、ふわふわと辺りの温度を上昇させていた。
オレはといえば、浮き足立っているというか、ものすごくどきどきしている。
それというのも、この前ハルと一緒に買いに行ったチョコレートのせいだ。
単に獄寺君に渡すか渡さないかのどきどきだけじゃなくて、
そのチョコレートの形に一番の問題がある。
勢いで買ってしまったそのチョコレートは、実はたばこの形をしていた。
側面に「名称 準チョコレート」と書かれている以外は、本物のたばこと同じ外見をしている。
パッケージの文字は英語で書かれていて、一瞬見ただけでは本物のたばこと変わりない。
たばこに精通してる人ならこんなたばこがないことはすぐに分かるかもしれないけれど、
普通の人、少なくともオレは、これがたばこだと言われても何の疑問も持たないだろう。
そしてそれを何の包装もせずに持ってきてしまったということが、このどきどきの最大の原因だ。
まさかこの時代に「抜き打ち持ち物チェック」なんてことしないとは思うけど、
ふとした拍子にかばんの中からこれが見えたりしたら、反省文だけじゃ済まないかもしれない。
どきどきびくびく、かばんを持つ手に必要以上に力を入れて、ぎこちなく歩いていく。
「おはよ、ツナ!」
不意に肩をたたかれてびくりと過剰に反応する。
次の瞬間には山本が後ろから顔を覗かせた。
「おおお、おはよう、山本!」
あまりに驚いたので、挨拶がどもってしまう。
どうしたんだよ、変なヤツ、とか笑われても仕方がない。
未だにどくどくと大きな音を立てる心臓を押さえながら、山本をちらりと見る。
山本はすでに大きな紙袋を持っていて、中は半分ほどチョコレートで埋まっている。
「相変わらずすごい量だね」
「あぁ、これな」
紙袋を少し上げて、困ったような顔をする。
歩いてたらうちの制服着た女子に色々渡されて、ついでに知らないお姉さんにも渡されて、
さらには知らないおばさんに紙袋を渡されたそうだ。
「「そんなにあったら大変でしょ」とか言われて」
ちなみに紙袋をもらう前はかばんに入れてて、
入りきらなくなってからは両手に抱えて歩いていたそうだ。
言われて見てみると、かばんはいびつな形に歪んでいる。
登校中でこれなんだから、帰る頃にはどうなってるんだろう。
両手にたくさんの紙袋を持っている山本を思い浮かべて複雑な気持ちになる。
いや、オレがひとつももらえないってのはこの際はいいんだ。
ただ山本と同じように女子に人気のある獄寺君も、
山本と同じくらいの女子からチョコレートを渡されているんだと思うと憂鬱になった。
獄寺君の場合は受け取ることはないだろうけど、でも、だからこそ、
男のオレなんかからチョコを渡されたところで
受け取ってはくれないんだろうなと思うとさらに気分が重たくなった。
「どうしたんだ、ツナ?」
はぁ、と深くため息をついたところで、山本に心配される。
なんでもない、と言って笑って見せてから、もう一度心の中でため息をついた。
教室に着いてみると、思っていた混雑は起こっていなかった。
山本は相変わらず女子の群れの中に埋もれているけれど、
同じような状況になるだろう獄寺君の姿はどこにも見当たらない。
チャイムが鳴って朝のSHRが始まったけれど獄寺君はまだ来なくて、
担任も「獄寺は休みか?」なんて言ってるから、遅刻か無断欠席なんだろう。
まぁ、獄寺君が休むのに学校に連絡を入れるなんてことは今までなかったことだけど。
もし休むのならオレの家に電話がかかってくるから、今日は遅れて来るのかもしれない。
オレはそのことに少し安心しつつ、獄寺君が来るまでに腹をくくろうと思った。
昼休みが終わり、放課後になっても獄寺君は来ない。
獄寺君にチョコレートを渡そうとしてた女子は、見るからに落ち込んでいる。
元気のあるやつはオレに獄寺君のことを聞いてきたけど、
オレだって知らないんだから答えようがなかった。
中には獄寺君の家とか携帯の番号を聞いてくるやつもいて、
さすがにそれは知ってても答えられないと突っぱねた。
昔は断るなんてことできなかったのに、リボーンに鍛えられてから、強くなったものだ。
早々にあきらめて帰るやつ、まだあきらめられずに教室に残ってるやつ、
何らかの連絡がくるんじゃないかとオレを見張ってるやつ・・・。
放課後の女子の過ごし方はさまざまだ。
獄寺君がいないことで、かばんを持つ手も軽くなった。
ただひとつだけ、今日一日持ち主の座ることがなかった二つの席を見て気分が重くなる。
ひとつは獄寺君の席。
もうひとつは、黒川の席だ。
最近仲の良かった二人。
その二人がバレンタインにそろって休みとなると、
獄寺君に想いを寄せている女子は、そろって二人のことを噂した。
そしてオレも、自分の席から一緒に見える二つの席を視界に納めては、ちくりと胸を痛めた。
獄寺君のいない、一人ぼっちの帰り道。
それがこんなにも寂しいなんて、思わなかった。
獄寺君が黒川と仲良くし始めてからは、一人で帰りたいと思ったこともあったけど、
あの時のオレの勝手な気まずさだって、今の寂しさに比べたらいくらかいいものだ。
獄寺君がいるのといないのとでは、こんなにも違うものかと、
オレがどれだけ獄寺君のことを想っているのか、いまさらながらに気づかされた。
ぺたぺたと元気のない足音を鳴らす。
獄寺君としゃべりながらだったら、自分の足音だって気にならない。
一人分の足音が、寂しい心を余計に寂しく思わせた。
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