あったかい日と寒い日が交互にやってきて、どっちに対応したらいいのか迷ってしまう。
冬の間は寂しげなたたずまいをしていた桜の木も、ちらほらと花をつけ始めた。
これからが春本番、という感じなのに、肝心の春休みがそろそろ終わりに近づいてきた。
こうやってのんびり家で獄寺君と昼ごはんを食べるというのも、
もう少しでできなくなってしまうと思うと少し残念だ。
学校で一緒に弁当を食べるのも楽しいけれど、
なにかとトラブルが降り注いできてあまり落ち着いてもいられないし。
窓から差し込む暖かい日の光を浴びながら、もぐもぐと口を動かした。


桜の季節


今日は居候のみんなが出かけているので、家の中はとても静かだ。
リボーンとビアンキは二人でデートに。
イーピンは京子ちゃんとハルと一緒にデザートバイキングに。
フゥ太は並盛の色々なランキングを作りに。
ランボはなにやら極秘任務だとか言ってたけど、たぶん公園でいじけてるんじゃないかな。
母さんと二人きりなんて、少し前までは普通のことだったのに、
今ではそれが物足りないなんて思ってしまう。
リビングにはテレビから聞こえるワイドショーの声が流れ、
台所からは母さんが生クリームを泡立てる音が聞こえてくる。
普段ならこんな音、チビたちの声や動き回る音でかき消されてしまうのに。
けれど久々に流れてゆく静かな時間もなかなか楽しいもので、穏やかな気持ちにしてくれる。
母さんの作ったオムライスを食べ終えて、スプーンを置いてテレビを眺める。
CMに向かう前にどこかのお城が映り、その敷地内の桜はこの辺りと違って満開に咲き乱れていた。

「きれいだねぇ」
「そうですねぇ」

みんなが出かけたあとに遊びに来た獄寺君は、無事ビアンキと顔を合わせることなく家に上がることができた。
向かい合って座り、二人でテレビを眺めていると、台所から母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。

「ツっくーん、ちょっとこっち来てー」
「んー」

テレビもCMが流れていてちょうどいいや。
食器を持って立ち上がろうとすると、獄寺君に呼び止められる。

「10代目、オレが持っていきますよ!」

呼ばれてるのはオレだから、ついでに持っていこうと思ったんだけど。
獄寺君は食器を運ぶ気満々だし、断っても食い下がられそうだ。
だからといって獄寺君に食器運びを任せたら、母さんに怒られるのは目に見えている。

「じゃあ獄寺君はコップ持ってきてくれる?」

オムライスの乗っていた皿を重ねてコップを獄寺君の方へ寄せる。
何か言いたそうにオレの手元の皿を見ていたけれど、何かを言う前に皿を持って立ち上がる。
そうすれば獄寺君は両手にコップを持って後ろから黙ってついてきた。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」

シンクの中に食器を置いて母さんの方を向く。
続いてやってきた獄寺君がその隣にコップを置いた。

「おやつにクレープを作ったの。冷蔵庫に入れておくからみんなが帰ってきたら出してあげてね」

ここに入れておくからね、と冷蔵庫を開けてクレープを入れていく。
ひとつひとつラップに包まれたクレープが7個、ピラミッドみたいに積まれていった。
台所のテーブルの真ん中にはクレープの丸い生地が置かれていて、
その周りには果物や生クリーム、アイスにキャラメルソースが並んでいた。

「ツナたちはどうする?自分で作る?」

面倒だったら母さんが勝手に作っちゃうけど、と言いながら、
母さんは使わなくなった道具を片付け始めた。
どうしようか、と隣に立った獄寺君を見上げると、なんとなく、作りたそうにうずうずしているのが分かった。

「二人で作ろうか?」
「はいっ!!」

声をかければ嬉しそうに元気よく返事を返してくる。
いつもこれくらい素直だったらケンカとか爆発とか起こらなくて済むのになぁ。
そんなことを考えながら手を洗っていると、後ろから母さんののんきな声が聞こえてきた。

「ほんとに二人は仲良しねぇ」
「はいっ!!」

なにやら獄寺君の嬉しそうな返事まで聞こえてくる。
そんな力いっぱい答えられても恥ずかしいんだけど・・・。
続けてべらべらとしゃべり出しそうな獄寺君にストップの意味をこめて声をかける。

「ほら、獄寺君も手洗って」
「はい、10代目!」

見えないハートでも飛ばしてそうな獄寺君に、母さんがくすくすと笑っている。
テーブルの前に立ってクレープの生地を1枚手元に引き寄せて、何を入れようかと材料を見回した。

「10代目、オレ、10代目のために作ります!」
「!ちょ、ちょっと獄寺君・・・!」

シンクとテーブルのわずかな間を急いでやってきて元気良く宣言する。
母さんがいるのになんてこと言うんだよ!
慌てるオレのことなんてどこ吹く風、といった風に、最後に残っていたクレープの生地をつまんで手元に引き寄せた。

「10代目は甘いのお好きですよね」

言いながらにこりと笑って首をかしげる。
オレの好きな甘い顔で覗きこまれたら、恥ずかしくて頷くしかなくなってしまう。

「う・・・うん、」

獄寺君は鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、次々とクレープの中身を盛り込んでいく。
アイスにいちごに生クリームにキャラメルソース。
料理は苦手な獄寺君だけど、乗せるだけなら大丈夫なんだろうか。
材料を変なところに飛ばすことなく、きれいに生地の中に収めていく。
嬉しそうに、それでも真剣な表情で黙々とクレープに向かう姿はとても微笑ましい。

「じゃあオレは獄寺君の作るから、できたら交換ね」
「はい!」

獄寺君を見ていたらオレまで楽しくなってきて、母さんの前だというのに問題はないように思えた。
顔を上げてにっこり笑う獄寺君に笑い返し、オレの方もクレープを作り始めた。
獄寺君はそんなに甘いの好きじゃないから、果物メインの方がいいだろうか。
生クリームを乗せた上に小さく切りそろえられたいちごをたくさん乗せて、
アイスクリームを小さくすくって真ん中に置く。
チビたちの好きそうなトッピングのチョコレートが少し残っていたからそれも上の方にぱらぱらと散らす。
少し寂しい気がしたので空いてるところに輪切りにしたバナナを置いた。
クレープの生地を折りたたんでいくと、思ったより中身が多かったらしい。
三角形の形に完成したクレープは、さっき見た母さんが作ったものと比べるまでもなく、大きく膨らんでいた。

「あーごめん、なんか詰め込みすぎたみたい、・・・っ!」

折りたたむから中身少なめにしなきゃだめだったんだね、と続けることができなかった。
獄寺君の手元には、オレの作った大きなクレープさえ比べ物にもならないような膨らみ方をしたクレープがあった。
無理やり折りたたんで生地で包まれてはいるけれど、
持ち上げただけではみ出しそうなほど、生クリームやいちごやその他もろもろが詰め込まれている。
いや、もうすでにはみ出ている。

「10代目への溢れんばかりの愛を詰め込みました!」
「溢れんばかりっていうか、もう溢れちゃってるよ!!!」

思わず大声でツッコミを入れたところではっとする。
食器や道具を洗い終えた母さんが、オレの後ろから空になった容器を取るために手を伸ばしていた。

「ずいぶんたくさん詰め込んだのね。でも全部使ってくれて助かったわ」

母さんは変なことは何も聞こえなかったかのような対応をする。
それとも母さんから聞いていて変なことは何もなかったのだろうか?
それ以上考えていてはどつぼにはまると思い、
いたって冷静に二人から視線を逸らしてテーブルの上を見やる。
空になった果物やアイスやチョコレートの容器、搾り取られて干からびた生クリームの袋。
オレたちが作り始める前にはまだたくさん残っていたというのに、すっかり全部なくなってしまっている。
あれのほとんどが、あの、獄寺君の作ったクレープの中に詰め込まれているんだろうか・・・?

「10代目、残さず食べてくださいね!」

ぱんぱんに膨らんだ、クレープと形容しがたい食べ物。
その材料は、限りなくクレープと同じもののはずなんだけど。

「うん・・・ありがとう、獄寺君・・・」

好意だけは受け取っておこうと、力なく返事をした。


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