獄寺君の作ったものはもちろんのこと、
オレの作ったのも手で持って食べるのは大変なので、フォークで切って食べることにした。
クレープのようなものがどっしりと乗っかった皿を持ってリビングに移動すると、
付けっぱなしにしていたテレビには中継で並盛町の公園が映っていた。
この辺りの桜も少しずつ咲いていたはずだけど、
テレビに映っているところは全部散ってしまっていて、番組にならないと司会者がうめいている。
確かこの公園ってうちから歩いていける距離だったんじゃないだろうか、なんてことを考えながら
でっぷりと丸まったクレープにフォークを突き刺した。
フォークが黄色い生地をちぎるたび、開いたところから生クリームがむにゅりと押し出される。
皿についたクリームを生地で拭いながら絡め取って口に運ぶ。
うん、味は、変わらない。

「おいしいね」

クレープを口に入れて噛み締めている獄寺君に話しかける。
すると獄寺君はふわふわと飛んでいた意識を取り戻し、嬉しそうに微笑んだ。

「10代目にそう言っていただけて嬉しいです!10代目の作ってくださったクレープも、めちゃくちゃおいしいですよ!」

にこにこと満面の笑みで答える獄寺君。
そりゃ同じものを使ってるんだからそっちのもおいしいだろうし、
母さんが作ったものを使ってるんだから、オレが作ったと言うのはちょっと大げさだ。
けれど本当においしそうに嬉しそうに食べる獄寺君を見ていると、そんないじわるな考えもどこかへ飛んでいってしまう。
常々獄寺君はオレに対して甘いと思っていたけれど、オレだって相当獄寺君に甘い気がする。
向かい合って獄寺君の嬉しそうな顔を眺めながら、クレープらしきものを口に運んだ。

「ツっ君、母さん今から町内会の集まりに行ってくるから、留守番お願いね」
「はーい」

大きな塊を3分の1ほど食べ進めたところで母さんが声をかけてきた。
家の中ではいつもつけているエプロンを外して薄めのカーディガンを羽織っている。

「獄寺君、ごゆっくり」
「ありがとうございます。道中お気をつけください」

振り向いて返事をすると、母さんはかばんを持って台所を出て行った。
母さんと獄寺君の声を聞きながら体の向きを元に戻す。
背中の後ろから玄関の扉の閉まる音が聞こえた。
ぱたん、と少し重みのある扉の音。
家の中は広々としているというのに、妙に閉ざされた不思議な感覚。
走り回って部屋の中を埋め尽くすチビたちはいない。
廊下も、台所も、二階も、リビングにも。
家の中にはオレと獄寺君の二人きり。

『こちらがあの有名なパティシエが経営する今月オープンしたばかりの―――』

しんと静まった家の中にテレビの声が流れていく。
聞いたことのあるような店の名前に、京子ちゃんたちが食べに行ったお店だということに気づく。
女の子に人気なのか、テレビに映った客はほとんどが若い女の子たちだった。
クレープを食べながらケーキを見る、というなんとも言えない感覚にテレビから目を離す。
外からは相変わらずやわらかな光が差し込んで、日の当たっている場所は温かそうだ。

庭の緑がきれいだと思えるようになったのはつい最近のことだ。
ひらひらと、どこからか淡い色をした桜の花びらが流れてくる。
少し前までは部屋に引きこもってばかりで外に目を向けたことなんてなかった。
そういった心の変化に大きく影響しているのが、前で黙々とクレープを食べている獄寺君なんだろうなと思う。
ケンカっ早くて危なっかしい、近くに居たら危険だ、なんて、初めて会った頃は思っていたけど。
それはやっぱり今でも変わらなくて、早とちりして、危ない目に遭わされることもある。
だけどそれは全部オレのことを大切に思ってくれる気持ちの上での失敗なわけで。
それが分かったら怒ることも、まして嫌がることなんてできるわけがない。
庭から獄寺君に目をやれば、ぱちりと目が合ってしまう。
目が合えば自然にほっぺたがゆるんでいって、
たぶん鏡を合わせたみたいに、オレの顔も獄寺君みたいににっこり笑っているんだろう。

食べ続けて小さくなってきたクレープもどきを持ち上げる。
生地がたくさん重なりだして、フォークでちぎりにくくなってきた。
クリームがはみ出さないように気をつけて食べていると、ふと獄寺君の顔に白いものがついてるのが見える。

「獄寺君、口の端、クリームついてるよ」

ふふ、と控えめに笑いながら言う。
獄寺君ってものを作るのは苦手だけど、フォークやナイフを使って食べるのはとても上手だから、
こんな風に口元を汚しているのを見るとなんだか微笑ましく思えてしまう。
獄寺君は少しばつが悪そうな顔をして指で口を拭い、オレの方を見た。

「10代目も、クリームついてますよ」
「えっ!?」

慌てて口を拭おうと思って、もたついた。
両手に持ったクレープを置こうか、それとも片方の手を空けようか。
考えている時間はそんなに長くはなかったと思うけれど、
オレが考えをまとめて実行に移すよりも先に、獄寺君が手を伸ばした。
長い指が顔の前までやってきて、ほっぺたについたクリームを拭われる。
すぐに手を離すと思いきや、別の指が動き、そろりと唇を撫でた。

「っ・・・!」

びくり、と体を硬直させる。
その拍子にぐしゃりと手の中のものが潰れた。
オレの動揺なんて気づかない風に、獄寺君が自分の指についたクリームを舐める。

「ご・獄寺君!」

そんな、オレのほっぺたについてたやつなんか、そこら辺の布巾で拭いてくれればいいのに!
言葉にならない思いを詰め込んで叫んだ獄寺君の名前はひどく震えていた。
オレの呼びかけにちらりと視線を向けた獄寺君は、小さく「あ」と声を出した。

「10代目、手、すごいことになってます」
「えっ?」

その言葉に自分の手を見てみると、確かに、すごいことになっていた。
残り少なくなったとはいえぱんぱんに詰め込まれた生クリームが生地から溢れ出て左手を汚している。
キャラメルソースがとろりと手首を伝っていくのに、慌てて布巾を取ろうと身を乗り出した。
けれど、オレが布巾を掴むよりも早く、獄寺君の指がオレの腕を掴んだ。

「失礼します」
「へっ!?」

ぬるり、と感じた感触は、生クリームやキャラメルソースのぬめりとは明らかに違う。
温かくて、濡れていて、意志を持って動いている。
目の前にある銀色の髪、捕まれた腕、そして押しつけられる、舌。
腕から手首にかけて舐め上げられて、びくりと指先が震えてしまう。

「ご、ごくでらく・・・!」

情けない声を上げながら腕を引いてもぴくりとも動かない。
ぬるぬると這い回る舌は好きなように動いてオレの腕や手首、手のひらについたクリームを舐め取っていく。
指の間を舌がこじ開けるように動き、その付け根を舐められたときには背筋が震えた。
どくどくとうるさく響く心臓、つられて跳ねる手首の脈に舌を押しつけられると、脈動はさらに勢いを増す。
キャラメルソースの甘いにおいが鼻腔をくすぐる。
捕まれた腕、押しつけられた舌、触れた場所が熱を持つ。
頭の中まで沸騰しそうな状態に、はぁ、と熱い息を洩らした。
触れる舌が、熱い。
ぴちゃ、と濡れた音が響き始めていよいよ恥ずかしさに耐えられなくなったとき、
家の中に大きな声が響き渡った。


「ランボさんのお帰りだもんねー!!!」


びくりとそれまで以上に体を震わせて、獄寺君の指と舌から逃げ出した。

「手、洗ってくる・・・!」

獄寺君をその場に残し、台所に向かって走っていく。
シンクに手を突っ込んで、慌てて水道の蛇口をひねる。
それまでの熱とは正反対の冷たい水を腕に受けて、廊下の様子を窺った。
そこには声のしたとおりランボの姿があり、
続いてイーピン、フゥ太、リボーン、ビアンキと、居候が全員一緒に帰ってきた。
その後ろに京子ちゃんとハルの姿もある。

「〜〜〜〜〜!」
「あーいっぱいランキングできた!」
「綺麗だったわね、リボーン」
「「お邪魔しまーす!」」

口々に外出の感想を述べながら台所に入ってくる。
ビアンキが帰ってきた、獄寺君に上に行ってもらわないと、
頭の隅っこでは確かにそう考えているのに、体が動きそうにない。
冷たい水を受け続けても熱の引かない腕を持て余しながら、次々に入ってくる居候から顔を背ける。
生クリームと、キャラメルソースと、それ以外のぬめりを拭いながら、熱を持った自分の腕が震えていることに気づく。

「ツナったらどうしたの?頬が桜色よ」

腕はきれいになったというのに、そこに残った熱が引かない。





End





................

獄寺はビアンキの声を聞いて一瞬おなかが痛くなりながらも、
食べかけのツナお手製のクレープとツナの握り潰したクレープの乗ったお皿を持って
ダッシュで階段駆け上がったと思われます。
あれ、結局獄寺がヘタレですか?

自分で書いててなんだけど、これ全部深読みできてやだなぁ。
生クリームが口の端につくとか、食べるのが上手だとか。
そう考え出すとどうにも恥ずかしくて
「バナナと生クリームの相性がいい」という記述はさっぱり消しました。
おいしいんだよ、生クリームとバナナのクレープって。でもね、獄ツナでやるとね・・・!
自分で書いてていやになりました。
これがゴッドの描かれた獄ツナなら存分に深読みさせていただきますけども、ああ・・・!

ツナたちの見てたテレビ、お城の画面でリボーンとビアンキがデートしてたのは内緒の話です。
(獄寺が腹痛起こしますから・・・)
フゥ太がランキングして花びら散らす怪奇現象をリポート!は、
思いっきり話が逸れていってしまいそうになるのをさらりと回避。
イーピンたちの食べに行ったお店も取材されてて、
ほんとにランボさん無視の形で進めてみました。
ほんのりリボーンDSに触発されています。
(あのランボを徹底的にいじめ抜く姿勢はすごいです)

珍しくほのぼのできた気が個人的にはしておりますが、
後半やっぱりこうなるんだな、という気分です。
ええまぁこうするために書いたんですけど。
(だから図らずしも前半がほのぼのしたのは結果オーライ!)
(いや、「ほのぼのを書く!」というのはなかなかどうして難しい)

コメントレス

【すずき│05/11/16 16:24:06】
≫なんでも獄ツナならガッツリ読みます!
でもやっぱり両思いでほのぼのラブラブが読んでみたいですねv
では更新とお仕事の方頑張ってくださいv応援していますvv

リクエストとコメント、ありがとうございます!
両思い、ほのぼの、ラブラブ!
こういう「雰囲気」のリクエストは実はなかなか難しいもので、
早い段階からリクエストいただいていたのになかなか書き出せずにおりました。
ラブラブするにはいちゃいちゃすればいいのかな?と後半部分をラブラブに宛て、
その状況を作るには獄ツナ二人っきりか?ということで前半部分を書きました。
(ママンがおりましたが、それでもほのぼのしていたんじゃないかなぁと思います)
両思いは大前提として下敷きにしまして、
なんだか言われてないのに甘々にもなりました。いろんな意味で。

ほのぼのとラブラブを分けるのではなく両方混ぜて!だったら力不足すみません・・・!
大変遅くなってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。
仕事の方にも励ましのお言葉ありがとうございます。
またちょっと大変になりそうですが、暇を見つけてお話書けたらなと思います。
ありがとうございました!

(2008.04.04)



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