勝手知ったるなんとやら、獄寺君の部屋から出て台所へ向かう。
先に取り出しておいた鍋にタッパーからおかゆをうつし、火にかける。
弱火でコトコトとあっためながら、缶切りを使って缶詰を開ける。
半分に切られた桃を取り出してさらに四等分に切り、果物用の皿に盛る。
残りの半分は缶に入れたままラップをして冷蔵庫に仕舞う。また今度獄寺君が食べるだろう。
桃の用意ができたところでおかゆもすっかりあったまったようだ。
茶碗とレンゲを取り出して桃の乗った皿と一緒に盆に乗せる。
先にそれだけを部屋に持っていき、続いて敷物と鍋を持っていった。
「すみません、10代目。用意していただいてありがとうございます」
「いいよ、これくらい。気にしないで」
寝ていると思っていた獄寺君は起き上がって待っていて、
ふわふわした表情をひきしめたりゆるめたりと忙しそうにしていた。
そんな獄寺君を眺めながら鍋から茶碗におかゆをよそう。
少し遠くにあったイスをベッドの前まで引き寄せて座り、
盆に乗ったレンゲを取って、茶碗のおかゆをすくってふぅふぅと息をかける。
レンゲに乗ったおかゆを少し口に含んで熱が取れているのを確認してから、獄寺君の口元へと持っていった。
「はい、獄寺君」
レンゲを寄せた口は少しも開かず、むしろぎゅ、っと余計に閉じられてしまう。
朝から何も食べてないって言ってたから、おなか空いてると思ったけど。
一向に開かない口を不思議に思い、顔を見上げて固まってしまう。
獄寺君はといえば、顔を真っ赤にして眉を寄せて、ぎゅっと口を引き結んでいる。
体には力が入り、カチコチに固まって、見ればひざのあたりのパジャマをしわが寄るくらいに握り締めている。
なに、獄寺君、恥ずかしがってんの・・・?
熱が出て自分で食べるのは大変だろうから食べさせてあげようと思っただけなのに、
そんな顔をされてしまってはオレの方まで熱を出してしまいそうだ。
一度差し出してしまった手前、後にも引けない。
鈍る決心を引き止めて、もう一度口を開いた。
「・・・獄寺君、あーん、して?」
「ふわっ・・・」
獄寺君の口が開いたところを狙ってレンゲを寄せる。
近づいたレンゲに獄寺君は恐る恐る口を開き、その隙を逃さないようにさらに口元へ寄せる。
少しのためらいがあったあと、獄寺君は腹をくくったのかいただきますと言ってから大きく口を開けた。
ぱくり、とレンゲが口の中に入る。
唇に覆われる感触、歯が当たる振動、レンゲに乗ったおかゆをゆっくりと口の中に取り込んでいく。
それがレンゲを持つ指に伝わって、自分が触れられたわけでもないのにぞくぞくとしびれるような感じがした。
おかゆをすっかり取り込んだ口がゆっくりとレンゲを離す。
オレは慌てて手を引いて、レンゲを茶碗の中に突っ込んだ。
えろい!食べ方がえろい!
人に食べさせるのってこんなだったっけ?
家でランボに食べさせるときのことを思い出して、こうじゃなかったことを確認する。
恐る恐る獄寺君を見上げれば、今のはすでに飲み込んでしまったのか、次のおかゆを待っているようだ。
震えそうになる指を叱りながらもう一度おかゆをすくう。
息を吹きかけて少し冷ましたあと、また獄寺君の口に寄せた。
今度はさっきよりもためらいなく、レンゲが口の中に含まれる。
レンゲから伝わってくる獄寺君の感触に指を震わせながらレンゲを抜き取る。
(なんで、こんな、恥ずかしいこと)
もう大丈夫そうだから自分で食べてよ、なんて放り投げてしまいたいところだけど。
ほっぺたをほんのり赤く染めて嬉しそうにオレの手からおかゆを食べる獄寺君を見ていると、
なんだかもっと甘やかしてあげたくなってしまう。
ふわふわにやわらかそうな表情でまた次のおかゆを待っている姿を見ていると、投げ出したくなる気持ちもなくなってしまう。
恥ずかしさがなくなればあとは獄寺君に対する気持ちは愛しさだけで、結局最後まできちんと食べさせてあげてしまった。
「桃も食べれる?」
「はい!」
すっかりおかゆのなくなった茶碗を置きながら聞いてみると、元気な返事が返ってきた。
それだけ元気なら桃は自分で食べれるのでは、なんて思いながら、やっぱりオレが食べさせてあげることに。
四等分に切った桃をさらにフォークで一口大に切り、果肉に突き刺して口元へ運ぶ。
さっきまではレンゲだったからよかったけれど、今度はフォークの先で口の中を刺してしまいそうで怖い。
少し躊躇して口の前で手を止めると、ためらいのなくなった獄寺君は口を開けて桃の刺さったフォークを招き入れる。
ゆっくりとフォークを引き抜くと、さっきよりも余計に唇や舌の感触が伝わるようで恥ずかしい。
獄寺君を見ればひどくご機嫌で、さっきまでのかわいらしさはすっかりなくなってしまっている。
オレばっかりが恥ずかしがっててなんだか不公平だ。
それでもやっぱり素直に次の桃を待っている姿はかわいく思えてしまうので、そんな不満も長続きはしない。
一口一口桃を運び、ゆっくりと、けれど確実に桃の残りは少なくなっていった。
嬉しそうな獄寺君を見ていると、オレまで嬉しくなってくるんだけど。
でも、おかゆを用意してくれるように頼んだのはリボーンだし、
おかゆを作ってくれたのも、桃や薬を用意してくれたのも母さんで。
オレはというと二人の用意してくれたものを持ってくることくらいしかできてない。
(なんだか情けないや)
ザク、ザク、と桃を切ってフォークで突き刺す。
また獄寺君の口に運ぼうとすると、じっと見つめられていた。
「・・・なに、」
「10代目、気分が優れないようですが」
オレってすぐに表情に出ちゃうのかな。
せっかくお見舞いに来たっていうのに、オレの心配させてどうすんだよ。
なんでもない、と笑ってもう一度桃を獄寺君の方へ寄せたけれど、獄寺君はそれを食べようとはしなかった。
「勉強して疲れてらっしゃるのにオレの見舞いになんか来てくださったからですよね」
すみません、と低い声で謝られる。
「あ、謝らないでよ。そんなんじゃないから」
オレが勝手に落ち込んでるのに獄寺君にまで謝られたら余計にへこんでしまう。
慌てて否定をすれば、真剣な表情で尋ねられた。
「じゃあ、なんでですか?」
目を逸らすことすら許さない強い瞳はその効力でもってオレの視線を縫いとめてしまう。
嘘やごまかしを許さない表情に、逃げられないという状況に甘えてしまう。
腕を下ろし、カチャリと音を立ててフォークを置く。
「リボーンも、母さんも、獄寺君のこと心配してて、君のためにおかゆとか、桃の缶詰とか、用意してくれたんだ」
ぽつぽつと話すオレの言葉を聞き逃さないように、獄寺君は口を挟まず聞いてくれる。
「オレだって獄寺君のこと心配だけど、二人みたいになにも用意できなかった。
獄寺君だってオレのためにプリントとか作ってくれてんのに、オレだけなんもしてあげれない」
フォークから手を離し、桃の乗った皿を両手で握る。
ほんの少し走るのが早くなったからって、苦手な問題ができるようになったからって、オレはダメツナのままなんだ。
好きな人のために何の役にも立ててない。
獄寺君の目を見てられなくて下を向く。
熱を出してる獄寺君に心配させて、やっぱりだめなやつだ。
「10代目はオレの見舞いに来てくださいました」
さっきよりもやわらかい獄寺君の声が響く。
「おかゆも桃もおいしかったです。10代目が持ってきてくださったからオレは腹を空かせなくて済みました。
10代目が食べさせてくださったのも嬉しかったです。何より10代目の姿を見られたことが一番嬉しいです」
カサリ、と乾いたシーツの音が耳に届く。
それから獄寺君が体を屈めて顔を覗き込んできた。
「オレだって昨日プリントいっぱい作ったのに結局熱出しちまって10代目の役に立てませんでした。
せっかく休みでも10代目と会う約束してたのに会えなくなってすげー残念でした。
でも10代目が来てくださったのですごく嬉しいです」
やわらかく微笑まれると胸の中があったかくなる。
さっきまでの真剣な表情とはがらりと変わってとても優しい表情。
「10代目が来てくださったことが、何よりも薬になります」
顔を上げると嬉しそうに笑われる。
お見舞いに来たのに励まされるって、それこそダメツナだ。
だけど獄寺君の笑顔を見ていると、なんだかこのままでもいいのかな、って思えてきてしまう。
「ありがと、獄寺君」
今日は熱を出した獄寺君を甘やかしてあげようと思ってたのに、
結局いつもどおりオレが甘やかされてしまったみたいだ。
さっきまで感じてたもやもやとしたいやな気分もどこかへ消えて、自然と笑みがこぼれてくる。
オレの顔を覗き込んで体勢の低くなった獄寺君に顔を寄せる。
缶詰のシロップで濡れた唇に自分の唇を触れ合わせた。
濡れた感触と、甘ったるいにおいに包まれる。
ゆるく開いた唇に、獄寺君の舌が入ってくる。
濡れた感触と、甘ったるい味が口の中に広がっていく。
触れ合った唇や舌は、いつもより熱を持っているかもしれない。
口付けがそれ以上深くなる前に舌はするりと出ていって、ちゅ、と小さく濡れた音が洩れた。
「熱、うつっちまったらすみません」
オレの方からしたっていうのに謝ってしまう獄寺君に笑いが漏れる。
「獄寺君のなら、いいよ」
獄寺くんに触れたらいつだって体が熱を持ってしまうんだから。
熱がうつるのなんて、いまさらだろう?
End
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恥 ず か し か っ た !
獄寺が熱を出してツナが缶詰の桃を食べさせてあげる、というのを書くために書きました。
ということで相変わらず前振りが長いなー!と。
(しかも桃食べさせるの、妄想ではもっとツナがどきどきしてたはずなのに!たまきのへたれ!)
コメントレス
【れい│05/11/16 16:28:24】
≫日頃ツナのことを気遣ってばかりの獄を、甘やかせてほしいです。
たまきさんの書く獄ツナが大好きです!これからも頑張って下さい。
リクエストとコメント、ありがとうございました!
そして随分お待たせしてしまってすみません。
病人獄寺に「あーん」で、めいっぱい甘やかしてみました!
でも気遣い方というか、その後がどうにもヘタレな気がします・・・。(笑)
もっとこうスマートに気遣ってツナがきゅーん!とくるようなのを書きたいなぁとは思いつつ、
やっぱりヘタレになってしまうのがうちの獄寺でありまして。
というか獄寺以前に書いてる人間がヘタレなので理想は理想でありまして。
私の書く獄ツナを大好きだと言っていただけてとても嬉しいです!
少しでもご希望に副えていて、楽しんでいただけたら幸いです。
これからものんびりペースですがよろしくお願いします!
(2007.05.05)
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