母さんに買い物を頼まれた帰り道、公園の前を通り過ぎようとすると、
ちょうど入り口からランボが10年バズーカを頭に抱えて走り出てきた。
鼻水を垂らしながら鼻歌を歌っているその表情は、とても明るい。
「ランボ!家に帰るのか?」
歩いているオレになんて目もくれずに走っていこうとするランボの後姿に声をかけると
ランボは頭上にバズーカを抱えた状態でくるりと振り向いた。
「ツナ!見ろ見ろ〜!」
そのままの状態でこちらに走り寄ってくると、頭の上に掲げたバズーカを、
さらに持ち上げてオレに見るようにと迫ってくる。
何の変哲もない・・・と言うと自分が非日常に慣らされている気がしてとてもいやだけれど、
やっぱりいつもと同じバズーカだった。
「ランボのバズーカだろ?どうしたんだ?」
「さっき遊んでたら壊れちゃったんだけど、アホ寺が直したんだ!」
「アホ寺・・・?」
その言葉の響きから、なんとなく、ある人物を想像する。
顔を横に向けて公園の中を覗いてみると、敷地の隅にあるベンチに人影があった。
オレと同じ制服で、タバコを吸っているという反社会的な構図。
すらりと伸びた手足に、銀色の髪の毛となると、やはり予想通り獄寺君だ。
「獄寺君が直してくれたのか?」
「あいつが勝手に直したんだ。別にオレっち、自分でも直せたのに!」
嬉しそうに減らず口を叩くのは、この年頃の子どもによくあることだ。
「それで、ランボはちゃんと獄寺君にお礼言ったのか?」
オレの言葉を聞くと、ぎくりと体を強張らせた。
それまでの楽しそうな表情は一変してきょろきょろと落ち着きなくあたりを見回している。
「い、言わないよ!ランボさんが頼んだんじゃないもん」
もじもじしながらも逃げ出さないところを見ると、少しは感謝しているんだろう。
これはもう一押しかな、と思ってさらに言葉を重ねる。
「でもランボは獄寺君が直してくれて助かったんだろ?」
「ぅう、うん・・・」
「だったらお礼言おうよ。ありがとう、って」
「ぅうう、うぅ・・・」
「ランボがお礼言うと、獄寺君も嬉しいし、オレも嬉しい」
「ふぇ・・・?ツナも?」
「うん。オレも。ランボがありがとうって言える子だと、オレは嬉しいよ」
「ぅうううう・・・」
頭に抱えていたバズーカを地面に下ろし、それを抱えながら唸っている。
しばらくうんうんと唸ったあと、ランボはバズーカを持ち上げてまた頭の上に掲げる。
「いってくる!」
オレに対してそう宣言したランボは、公園から出てきたときの勢いで、また公園に入っていった。
*
ぺたぺたぺた、と砂利道にふさわしくない足音が聞こえる。
地面から顔を上げると、目の前にはバズーカを頭に抱えたアホ牛がいた。
こいつさっき帰ったのになんでまたこんなところにいるんだ?
こいつがここにいることが不思議で、そしてオレとこいつの間に顔を付き合わせる用事もないから、
ベンチに背中を凭れさせたままの体勢でつっけんどんに声をかけた。
「なんだよ」
「直してくれて、」
「ん?」
「ありがとう!」
アホ牛の言葉をうまく飲み込めなくてきょとんとそのアホ面を眺めていると、
それだけが用事だったのか、言い終わるとすぐに出口に向かって走っていった。
唐突な出来事に驚きつつも、言われたことを反芻する。
「直してくれてありがとう」、たぶんさっき遊んで壊していたバズーカのことだろう。
10年バズーカなんてシロモノ、時間を歪めるような装置の仕組みはさすがに分からないが、
部品が外れてしまったくらいならオレにも簡単に直せる。
いつもの日課でここに座ってタバコを吹かしているところに、
部品の外れたバズーカを引きずって大泣きしてるアホ牛がたまたま通りかかった。
あまりにもうるさいので仕方なく直してやっただけだし、礼を言われるほど大層な破損でもなかった。
それにあいつが礼を言うことなんてハナから期待もしていなかったから、何を今更、という感じだ。
・・・けれど、なんとなくくすぐったい気持ちになるのはなんでだろうな。
ありがとう、という言葉は不思議な力がある。
昔からあまり言われるようなこともなかったけれど、最近はよく耳にするようになった。
ふわふわとしたやわらかい声で、温かく包み込まれるような優しい言葉。
あのアホ牛でさえ憎いと感じなくなる不思議な気分に、
その後ろにある大きな存在を思い浮かべた。
ボンゴレファミリーの10代目ボス候補、沢田綱吉さん。
強くて大きな器を持ったその人は、部下にも温かい手を差し伸べてくれる。
その人のことを思い浮かべると、穏やかな気持ちが胸に広がった。
携帯用の灰皿を取り出して吹かしていたタバコを揉み消す。
火が消えたのを確認してからズボンに戻し、ベンチから腰を上げた。
そろそろ日も落ちて来たし帰ろうか、と思ったところで公園の出口に人影が見えた。
「・・・!」
私服を着ていようが見間違えるはずがない。
内に秘めた力からは想像できないほどに華奢な体、
フードのついたパーカーにジーパン、最近のお気に入りの新しい鞄、
それからお母様に頼まれたのだろうお買い物の荷物、
夕日の中にあっても決して同化したりしない、やわらかい栗色の髪の毛。
10代目の姿を目にした途端、それまでののろのろとした動きとは打って変わって、公園の出口へ向かって走り出した。
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