ぺたぺたぺた、と軽い足音を立てて走ってくるランボは、どこかやり遂げた表情だった。

「ツナ!ランボさん、言ってきたぞ!」

目をきらきらと輝かせたランボは、
さきほどよりもさらに嬉しそうな表情でバズーカを抱えている。
足元に寄ってきたランボと目線を同じにするようにしゃがみこんで、もじゃもじゃを撫でる。

「えらいな、ランボ」

にこっと笑ってやるとまた嬉しそうに笑い返した。
普段はうざいと思っていても、やっぱり子どもは笑っているとかわいいもんだ。
ひとしきりランボのもじゃもじゃを撫でたあと、ふと思い出して母さんに頼まれた買い物の袋をがさごそと探る。
ランボがその様子を見ているのが分かったが、なるべく見えないように袋の中で手を動かした。
目当てのものの袋を破る。ぴりり、とビニールの引き攣れる音。
中から透明の袋に包まれた紫色の飴玉をひとつ取り出して、ランボの前に差し出した。

「はい。ほんとは家に帰ってからやろうと思ってたけど、先にあげる」

目の前に差し出された大好物のブドウ味の飴に、ランボは喜びでいっぱいの表情にさらに喜びを溢れさせた。

「でも外で食べるのはだめ。歩きながら食べたら喉に詰まらせたりして危ないからな。
ちゃんと家に着いてから食べること。・・・約束できるか?」

一言一言噛んで含めるように言うと、ランボはその一言一言に頷いた。
目を輝かせてバズーカをもじゃもじゃの中に仕舞い、それから両手を出して飴玉を恭しく受け取る。
受け取ったものを自分の顔の前に近づけてひとしきり眺めたあと、バズーカと同じようにもじゃもじゃの中に仕舞い込んだ。
けれど取り出しやすいところに仕舞ったのだろうか、飴玉の包装がもじゃもじゃの間から見え隠れしている。

「落とすなよ」
「うん!・・・ツナ、ありがと!」

苦笑して声をかけるオレに元気よく返事をし、それから照れたように礼を言う。
ランボはそのままオレの返事も聞かずに嬉しそうに走っていった。
オレが何も言わなくても、きちんとお礼を言えるようになっている。
もしかしたら今だけなのかもしれないけれど、それでもきちんとした進歩じゃないだろうか。
ランボがありがとうと言うと、オレも嬉しい。
さっきの言葉がこんな風に返ってくるとは思ってもいなくて、なんだか心の中がほかほかとするようだった。

「10代目!」

とてとてと走っていくランボの後姿を眺めていると、公園の方から声をかけられた。
オレのことをこんな風に呼ぶ人は一人しかいない。
振り返ると想像した通りの人が笑顔で駆け寄ってくる。
制服姿で堂々とタバコを吸い、ダイナマイトなんて非日常的なものを常に持ち歩く危ない人、
オレのことをありえないことにマフィアのボスとして慕っていて、その右腕になるために日夜努力している、獄寺隼人という人。
しゃがみこんだ体勢から立ち上がって、走ってくる獄寺君を迎える。

「お買い物ですか?」
「うん。卵切らしたみたいで。母さんに頼まれたんだ」

ベンチに座っていたときの冷たい印象は消えて、今は温かく微笑んでいる。
オレもつられるようにして笑いかけた。

「さっきはランボのバズーカ直してくれてありがとう」

そう言うと獄寺君は一瞬きょとんとした顔になり、
そのあと慌てたような、驚いたような、なんとも言い難い動きを始めた。

「10代目から感謝のお言葉をいただけるなんて恐縮です!」

ひとしきりくねくねとしたあと、獄寺君はそんな風に声を上げた。
道行く人が何事かとこちらの様子を伺っている。
獄寺君はそんな好奇の目をものともせず、なぜだかオレへの賛辞を並べ立てた。

「敵対ファミリーの、しかも洟垂れ小僧にも優しく手を差し伸べる心の広さ、それに加えて、ご自分の用事もある中で部下の行動を把握するそつのなさはさすがボスに相応しい怪腕振りで―――」

延々と続いていくあまりにもピンとこない言葉の数々に、聞いているのはある意味で楽しかったけれど、
そろそろ止めておかないと暗くなるまで続けてくれるんだろう。
母さんがごはんを作り終えるまでに帰らないとせっかく買いに行った卵が無駄になってしまうので、
賞賛の対象がオレの容姿に及んだのは話を切るいい機会だった。

「柔らかな髪の毛が風に吹かれる様子などはまさに天使が動かした羽のようで―――」
「ところで獄寺君、飴だったら何味が好き?」
「10代目の瞳に映るオレは琥珀に紛れ込んだ虫のように――は、あめ?」
「うん、飴。何味がいい?」
「飴ですか…?」

それまでのトリップ状態はすっかりと鳴りを潜め、オレの言葉をしっかりと受け止めてくれた。
よかった。さすがに天使はないよ。琥珀もないよ。
そうですね…と言葉を零しながら真剣に考える獄寺君の様子はとても好ましく思えた。
自分が話していたこととまったく別の話を振られたというのに、腹を立てることもなく受け止めてくれる。
そんな姿を見ていると、行き過ぎな賛辞に恥ずかしがって強引に話を逸らせたことを申し訳なく思ってしまう。
話し込んでいる間にすっかり日が傾いてしまった。
夕日の中でも存在感のある銀色の髪の毛を眺めながら、
どちらかというと天使っていう単語が似合うのは獄寺君の髪の毛の方だし、
宝石みたいに綺麗な瞳は緑色の獄寺君の方だ、なんて
思わず伝染してしまった夢見がちな気分を振り切るように獄寺君の返事を待った。

「そうですね…オレンジ味が好きです」
「オレンジだね」

告げられた果物をイメージして色を浮かべる。
手に提げた袋の中から透明の袋に包まれた橙色の飴玉を見つけると、袋の端を摘んで持ち上げた。

「はい、獄寺君。オレンジ味の飴」

摘んだ飴玉をさっきのランボにやったように獄寺君の目の前に差し出す。
突然現れた橙色の飴玉に、獄寺君は狐につままれたような顔をした。

「あげる」

状況が飲み込めないらしい獄寺君にじれて、摘んだ飴玉の袋をさらに獄寺君の方に寄せた。
しばらくぽけっと飴玉を眺めていた獄寺君は、オレの言葉を聞いてじっくり考え込んだあと、
はっとした表情になって両手で皿のような形を作って飴玉の下に差し出した。
この上に置け、ということらしい。
右手と左手のどちらの上に置こうかと一瞬迷ったけれど、
手と手の間、ちょうど真ん中のところにそっと置いた。
袋の端から指を離すと、手のひらで作った皿は飴玉を包み込むように一回り小さくなった。
手の中の小さな飴玉を眺める獄寺君の表情はほんわりと蕩けてしまいそうだ。
たかが飴玉ひとつでこんな嬉しそうな顔をするなんて。
手の中の飴玉を宝物のように大切に扱う様子は、小さな子どものようにも見える。
その様子や嬉しそうな顔を見ていると、いくつでもあげたくなってしまいそうになる。
普段は物騒なものを扱う危険な手や口が、こんなにもやわらかくなるのだから、獄寺君っていう人はとても不思議な人だ。
怖いけど、優しくて、やわらかくて、温かい人。

「ありがとうございます、10代目!オレ、一生の宝物にします!」
「・・・獄寺君、飴はずっと置いてたら夏にはどろどろになっちゃうよ」
「お気使いありがとうございます。どろどろにならないように温度も湿度もきちんと管理しますね!」
「管理しなくていいよすぐ食べて」
「そんなもったいない!」
「すぐ食べて。できれば今日中に。できなければ今週中に」
「じゅうだいめぇええ」

まったく台無しだ。
やわらかな仕草も表情も、すべて台無しの情けない顔。
だけどそれも獄寺君らしくて好きだと思えるくらいには、オレは獄寺君のことを好ましく思っている。

「獄寺君、今日オレんちカレーなんだけど、よかったら食べにくる?」
「え?」
「もしまだごはんの準備してなかったら」
「・・・はい!まだ全然準備してません!お邪魔させていただきます!」

ふにゃふにゃになっていた顔に元気が戻ってくる。
しおれた花が水を吸って力を取り戻す様を思わせる獄寺君の姿は、なかなか興味深かった。
きらきらと輝くような笑顔はオレンジ色の太陽の光を受けて温かい色に染まっている。
オレンジ味の飴玉をポケットに仕舞った獄寺君の手のひらが荷物を持っていない方の手のひらに絡む。
たぶんオレの顔もオレンジ色に染まってるんだろうな、なんて考えながら獄寺君と並んで家に向かって歩き始めた。


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