机の上に誘うように投げ出された細い指から手の甲、腕へと辿って10代目の体を眺めていくと、不意に声をかけられた。
差し出されたのはこの間いただいたものと同じ種類の飴玉で、色は緑色をしていた。
細い指が摘んだ袋の中の緑色の飴玉を眺めながら、今は無き橙色の飴玉に思いを馳せた。
10代目からいただいた大切な飴玉は、オレの一生の宝物にしようと思っていたのに、10代目はすぐに食べろと仰った。
『できれば今日中に、できなければ今週中に』
執行猶予として4日間が認められていたが、『できなければ今週中』という言葉から、
できる右腕のオレとしては、その日のうちに大切な飴玉を食べてしまわなければならなかった。
10代目のお宅でカレーと10代目の買った卵を使ったサラダをご馳走になって部屋に帰ったあと、
リビングのテーブルの上に10代目からいただいた飴玉を置いて、その前に正座をしてじっくりと長い間見つめ合った。
透明の袋から覗く飴玉の少しの凹凸や、透明の袋が蛍光灯の明かりをきらきらと反射する様子をじっくりと眺めた。
今でもその色や形をはっきりと思い出せるくらいには、長い間見つめ合っていた。
カチコチと部屋に響く時計の音に気を取られながら、オレはついにその飴玉へと手を伸ばした。
10代目に倣って袋の端を摘んで持ち上げる。
きらりと蛍光灯の光を反射させながら自分の方へ引き寄せて、両手の中にすっぽりと収める。
テーブルの上とはまた違った反射の仕方、かさついた袋の感触をしばらく感じ取ってから、
ようやく腹をくくって袋の切り口に手をかける。
ぴり、と力を入れれば簡単に破けてしまった袋の中から、橙色の飴玉が手の中に転がり落ちた。
またしばらく飴玉の感触を手に受けて、その日を残すところあと1時間になったところでその飴玉を口の中に放り込んだ。
橙色の飴玉は見たとおりやわらかいオレンジの味をしていて、
10代目を明るく照らしていた夕日のことや、ごはんに誘ってくださったときのことを思い出した。
じっくりと眺めていたときに見つけたわずかな凹凸に舌を引っ掛けて、飴玉を弄ぶ。
飴玉が歯に当たってカラリと小さな音がした。
せっかく10代目からいただいたものなのに、もったいないな。
飴玉は甘くておいしかったけれど、だんだんと小さくなっていくのを舌先で感じて寂しく思う。
食べなければ、大切にして、ずっと手元に置いておけたのに。
その飴玉を取り出して眺めては、あのときの10代目の笑顔や声を思い出すことができたのに。
10代目が与えてくださった言葉や声や表情を忘れることはないけれど、
形のあるものが無くなってしまうのはとても心細く思えてしまう。
「獄寺君、またなんか変なこと考えてる?」
「・・・え?」
不意にかけられた言葉に思考を中断する。
いつの間にか広がっていた自分の部屋が瞬時に消えて、10代目の部屋が目に映る。
リボーンさんのハンモック、10代目のお得意なゲーム、お母様の手作りのオレとおそろいのマフラー。
テーブルの上には10代目の体が半分ほど乗りかかっていて、
きれいな指先に摘まれた飴玉の袋が夕日を反射してオレの前できらきらと揺れている。
「眉間にシワ寄ってるよ」
この間の公園でのように飴玉の下で両手で受け皿を作ると、
10代目はオレの手の上に飴玉の入った袋を置いて、そう言った。
「変なこと、は考えてませんけど・・・」
考え事をしていたのは事実だ。
10代目の前にいながら、他のことを考えているなんて、失礼なことだ。
申し訳なく思いながら飴玉の乗った手をそのまま引いて足の上に置く。
これはこのまま持って帰ってもいいだろうか。
透明の袋の中に透けて見える緑色の飴玉を眺めていると、視線を感じた。
顔を上げると10代目はもう一度テーブルの上に体を預けて、オレの顔を下から覗き込むようにして見ていた。
「食べないの?」
そう言う10代目はハッカ味の飴玉を食べていて、
しゃべるときに歯の外側へ避難した飴玉が10代目のやわらかな頬の形を変えていた。
口を動かすたびに歯と飴玉が当たり、カラリときれいな音を立てた。
「なんだかもったいない気がするんです。せっかく10代目にいただいたのに」
オレを見上げる大きな瞳が一瞬まぶたの裏に隠れ、すぐにまたオレを映す。
左頬から右頬へ移動した飴が、動いた拍子にカラリと音を立てた。
「ずっと置いてて食べない方がもったいないよ」
口を開くと白い飴玉がちらりと覗く。
砂糖を固めた飴玉よりも、赤い舌の方が甘そうに見える。
脳の片隅でちりちりと焼け焦げる何かを感じながら、10代目の言葉に頷いた。
確かにそれは正論なのだけれど。
「10代目からいただいたものはずっと大切に持っていたくて。
食べて無くなってしまうと、なんだか寂しくなってしまうんですよね」
手のひらの中で飴玉の入った袋を転がしながら、ぽつぽつとしゃべる。
10代目はやはり口の中の飴玉を転がしながら、カラカラと軽快な音をさせていた。
「じゃあさ、手元にずっとオレがあげた飴があればいいの?」
特に飴が欲しいわけではなかったし、10代目から何かを得るためにお役に立とうと思っているわけではない。
ただ10代目のお気持ちからオレに与えられたものが、なくなってしまうのが寂しいのだ。
けれど10代目の言葉にはオレの考えと違うところもなかったので素直に頷く。
オレが頷く様子を見ると、10代目は口の中で飴玉を転がしながら、手を伸ばして袋の中からもうひとつ飴玉を取り出した。
「もう一個あげる」
「・・・10代目?」
「さっきあげたの、今食べなよ。んで、これを持って帰ったらいいよ」
差し出されたのは白い飴玉。
10代目の口の中のものと同じハッカ味だ。
「でね、明日もまた飴あげる。今日あげたのは明日食べて、明日あげるのは明後日まで取っとくんだ」
左手に先ほどいただいた緑色の飴玉の入った袋を持って、
差し出された白い飴玉の入った袋を空になった右手で受け取る。
「毎日それ続けたら、飴もどろどろにならないし、無くならないよ」
かさりと乾いた音を立てて手のひらに飴の入った袋が置かれる。
透明な袋の中で白い飴がきれいに座っている。
「・・・毎日、一緒にいてくださるってことですか」
視線を手のひらから10代目に向けると、
10代目はからりと笑って、飴玉がまたそれに似合った音を立てた。
「そうだね。毎日。土曜日も日曜日も来年もずーっと」
にっこりと微笑んだ10代目の頬は、小さくなった飴玉でほんの少し膨らんでいる。
その膨らみにさえ愛しさを感じながら、新たに渡された白い飴玉に視線をやった。
「10代目、今日はこっちのを食べてもいいですか」
「どうぞ、獄寺君の好きな順番で食べたらいいよ」
左手に持っていた緑色の飴玉を大切にポケットに仕舞いこんで、白い飴玉の入った袋を破いた。
いただきます、と声をかけて袋から白い飴玉を摘み上げて口の中に放り込む。
この間のオレンジ味の飴のようにフルーツの甘さはなかったが、
すっと透き通る味のあとに続いて、砂糖の甘さが広がった。
自分の部屋で一人で食べるよりも、10代目と二人で食べた方が甘く感じる。
「おいしいです」
声を出すと飴玉が歯に当たってカラリと音がする。
「おいしいね」
10代目の声にも飴玉の音が混じる。
太陽がゆっくりと沈み、部屋の中がオレンジ色に染まってゆく。
やわらかな色に染められる中、二人で音を鳴らしながら白い飴玉を頬張った。
End
............................
ご褒美は飴と見せかけてずっと一緒にいてくれることですね。
ほんとはランボだけじゃなくてイーピンも出したかったんですが、
飴で話を統一させるとなると、なかなか難しかったのでボツで・・・。
イーピンは大好きなのに扱いにくく、ランボさんはとても扱いやすくて出張ってます。
リクエストの内容が「がんばってる獄寺にご褒美をあげる」ってことなんで、
獄寺が色々人のためにがんばっているところを考えてたんですが、
(そしてそんなのばっかり書いてると長くてだれてくるので書かなかったんですが)
イーピンの場合は日本語を教える、ってことでした。
イーピンが「沢田さん」って言うのは、
獄寺がイーピンに日本語教えたからだ、って思うとすごい萌えてしまったので。
二人でさわださんさわださんって言ってるシーン書くのは楽しかったんですが、
それをするならもっとしっかり書いた方がいいよなぁ、ってことで却下。
ランボと同じ流れで飴をあげると、ツナがなんかもので子ども釣ってる感じがして、それもいやだったので。
ほんとならありがとうを言えたランボに飴あげるのもやだったけど話つながらないからそこは大目に見てください・・・。
珍しくというか、初めて?
ひとつの話の中で視点をころころ変えました。
この書き方に慣れると、すごくやりやすいですね。
話によっては効果的かも、と思いました。
この書き方は今私が大プッシュ中の森見登美彦さんの書き方をまねております。
文体ももしかしたら影響されてるかもしれません。
普段より漢字多いな、とは思います。(笑)
それにしても。
文章がえろく見えるのは気のせいかな。
(これは人のせいにしていいものかどうなのか)
コメントレス
【更紗│05/11/16 20:35:26】
≫頑張っている獄寺にご褒美をあげてください!!
リクエストありがとうございました!
そして大変お待たせしました・・・!
「ご褒美」という言葉がどうしても裏方向に行ってしまって、
それはありきたりすぎるというか、
がんばってる獄寺に対して失礼だわ!とか
そんな簡単に体を使うツナなんていやだわ!とか考えると
なかなかご褒美が考えつかなくて、書き始めるのが遅くなってしまいました。
(裏の話の流れでツナの体がご褒美、なら書いちゃうんですが、
ツナの体がご褒美な裏話書くぞー!となると、書けないんですよね・・・)
ある意味でツナの体なわけですが、その存在も含めたすべてがご褒美ということでいかがでしょう。
とはいえツナ自身ご褒美なんて風には考えてなくて、
一緒に過ごす時間が獄寺へのご褒美になりつつ、ツナにとっても必要なことだったりして。
二人が幸せならそれでいいや、という結論になりましたが、
ええと、少しでも楽しんでいただけたなら私としても幸せです・・・!
(2007.03.16)
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