分かりきったことを延々と説明し続ける教師の声を聞きながらあくびをする。
学校の授業というやつはなんでこんなにつまらないんだろうか。
今説明していることだって教科書を見れば載ってあるし、この問題を解かせる時間も無駄に思う。
数秒あればできる問題を、何分も使う必要ないだろう。
黒板を必死に写している前の奴の頭を眺めながら、これもいけないと思う。
ただでさえ暇ですることがないというのに、10代目の席がオレよりも後ろなのだ。
別に教師に何を言われたところで痛くもかゆくもないが、
10代目から「ちゃんと前向いてないとだめだよ」と叱られてからは後ろを振り向くことができない。
ああ10代目は今頃どうしていらっしゃるだろうか。
退屈な授業に付き合うのに疲れて眠っていらっしゃるかもしれない。
「・・・この場合、不等号の向きが変わるので・・・」
単調なリズムで吐き出される言葉は、多くの生徒の眠りを誘う。
もう一度あくびをしたあと、ふとここは10代目がつまずきそうなところだな、と思った。
計算式で次の段階に移るときに、同時にいくつもの計算を行う場合など10代目はひっかかってしまうことが多い。
こういった不等号の向きの変化は、物事をひとつずつじっくりこなしていく10代目には苦手なことかもしれない。
最後に算出された数字は合っているのに、不等号の向きのせいで答えが間違っていたりして、
10代目の前に座りながら間違いを指摘するときの自分を想像して武者震いをする。
計算は合ってます、不等号の向きさえ直し忘れていなければ正解でしたよ、なんて
自分の中で一番甘ったるい声で言うのを想像する。
10代目はオレの言葉に頷いて間違いを正し、正解を手に入れるのだ。
ああなんて素晴らしい共同作業。身震いしてしまう。
しかし10代目が間違えることを前提に話を進めてしまうのは失礼だな。
オレが見ている前ですらすらとプリントを埋めていく10代目の姿も渋くて素敵だ。
そんな空想していると、いつの間にやら授業は終わっていた。
立ち上がり、終業の礼もそこそこに振り返って10代目の席に向かった。
*
今日はついてない。
数学の先生はいつも宿題を出すから今日も出るんだろうなって予想できてたけど、
英語も新しいところに入ったから単語調べなんて面倒なものが出てしまった。
まぁ英語の単語調べは面倒だけど辞書を引いたら答えは出てくる。
問題なのはいつもの数学の方だった。
今日習ったところの復習になるんだけど、授業の途中から半分くらい意識がなくて、解き方が分からない。
起きてたときに説明してた問題だって分からないから、寝てたことが原因でもなさそうだけどそこは考えないようにしている。
いつもなら居眠りをしそうになるとどこからともなくリボーンの手下が突っつきにきて起こしてくれるんだけど、
今日来た手下はなんかのさなぎだったので、動くことなく木にぶらさがってオレのことを監視するだけにとどまっていた。
起こしてくれなかったくせにリボーンには報告したらしく、放課後に一発ぶたれてしまった。まだほっぺたが痛い。
「獄寺君、いつもごめんね」
テーブルを挟んで前に座った獄寺君に話しかける。
それまでにらんでいた教科書から顔を上げると、獄寺君はなぜだかとてもだらしのない顔をしていた。
「いいえ、お役に立てて光栄です」
一問一問こりもせずつまずくオレに、愛想をつかすことなく付き合ってくれている。
オレの家庭教師という名目でうちに居座っている小さなヒットマンは、とっくの昔に愛想をつかして出て行ってしまった。
自分で家庭教師って言うなら生徒が宿題を終わらせるまで手伝ったらどうなんだ。
いや、あいつの教え方は痛みを伴うからな。本当はいない方がいいんだ。
獄寺君に教えてもらった方が痛くないし優しい嬉しいし楽しいし・・・
でもダメなとこばっかり見られるのも恥ずかしいし、分かんないことばっかりで迷惑かけちゃってるよなぁ。
取り掛かっている問題よりも他の事に気をとられていると、また獄寺君の声がかかった。
「10代目、マイナスで両辺を割ったら、不等号の向きはどうなりましたっけ?」
「ん?あっ、そうだ、向き変えなきゃ・・・」
「そうですね」
ほら優しい。
リボーンだったら絶対ここで爆発が起きてるよ。
左に口を開いたままの不等号を消して、右に口を開かせる。
最後に答えを書いて獄寺君を見上げると、にこにこと笑顔で正解です、と言ってくれた。
そのあとも例外なくつまずきながら、それでも順調に宿題を終わらせていった。
前は宿題が終わるころには夜になっていたというのに、最近では夕方のうちに終われている。
夕日が当たってオレンジ色に染まったノートの上にだらりと顔を乗せて腕を伸ばす。
凝り固まった体がボキボキと音を立てる。
お疲れ様です、と声をかけられたのでそのままの体勢で獄寺君を見上げると、
オレとは対照的にやわらかい表情でこちらを見ていた。
獄寺君の顔にも夕日が当たって、いつだったかの公園で見たようにオレンジ色に染まっている。
そんな顔を見ていると、なんとなくオレの体もふにゃふにゃになっていくようで、
伸ばしていた腕を引き寄せてノートから顔を上げた。
「獄寺君、食べる?」
机の隅に置かれている飴の袋に手を入れる。
チビたちがそれぞれ好きなものを食べ終えたあとの袋の中身は、
白と緑の飴玉が混ざり合って落ち着いた色合いをしていた。
そのうちのハッカ味の飴玉が入った袋を取り出して、袋を破いて中身を口に運び、
緑色の飴玉が入った袋の端を摘んで獄寺君の方へと差し出した。
飴玉から獄寺君へと視線を向ければ、濡れたような緑色がじっとこちらを見つめていた。
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