オレはいつものように10代目のお宅にお邪魔するため、
差し入れを買いに商店街に来ていた。
年の瀬が迫っていて、店は正月・年越しムード満載だった。
年越しそばやいろんな大きさの鏡餅にしめ縄、鯛の尾頭付きやらお年玉袋・・・
どんな店に行っても店の前にはそれらしいものが幅を利かせている。
それらを横目に見ながら八百屋の前を通ったとき、真っ赤なりんごが目に付いた。

「お兄ちゃん、これ食べてみる?」

八百屋のおばさんが差し出したのは一口大に切られたりんご。
蜜が多く、刺したつまようじが透き通って見えるほどだった。
口に入れて噛んでみると、ほどよい甘さがじわりと広がる。

「このりんご、一山」
「ありがとうございますー」

言いながらつまようじをおばさんに渡す。

「お兄ちゃんかっこいいから、1個おまけしとくねー」
「あ、どーも」

奥の箱からひとつりんごを取り出して、ザルに盛られたりんごと一緒に袋の中に入れてくれた。
代金を渡して袋を受け取る。

「これ、福引券。今日までだから帰りに引きなさいね」

おつりと一緒に、細長い紙を渡された。



******



「10代目ー」

チャイムを押しながら10代目に声をかけて玄関のドアを開ける。

「あ、獄寺君」

10代目はちょうどリビングにいらしたようで、すぐに顔を出してくれた。
そのままとことこと小走りでオレの方に向かってきてくれる。
何だかそれがこう・・・新婚さんっぽくていいな、
とか思ったりするけど顔に出さないように必死で口を引き結んだ。

「どうしたの、変な顔して」

が、聡明な10代目にはすぐにばれてしまう。
まだまだオレも修行が足りないなとがっくりしながらも気を取り直す。

「甘くておいしいりんごが手に入りましたので、一緒にどうかと思いまして」
「え、りんご!オレりんご大好きなんだー。ありがとう、獄寺君」
「どういたしまして」

手に持っていた袋を少し上げて言うと、10代目は嬉しそうに顔をほころばせた。
10代目の笑顔を見るためなら何だってしよう、そう思わせるほどに、10代目の笑顔は魅力的だ。
玄関で靴を脱ぎ、10代目と連れ立ってリビングに向かう。
途中のキッチンでお母様に挨拶をしてりんごを渡す。

「まあ獄寺君、ありがとう!早速みんなで食べましょうね」

お母様はにっこり笑ってりんごの入った袋を受け取った。
いつもにこにこ笑っていて、ふわふわとしていて、10代目のお母様はとてもお綺麗だ。
綺麗で優しくて料理が上手。女はやっぱりこうでないと。
お母様に袋を渡したあと、またリビングへ向かう。
その間、10代目がちらりとこっちを見上げた。
10代目はたまに、オレがお母様と楽しそうにやり取りをしてると、おもしろくなさそうな顔をする。
その顔を見ると、10代目に愛されてるんだなぁとうぬぼれてしまう。
10代目の顔がオレを見上げている間に、素早くキスをする。
顔を離した瞬間に10代目は口元を手で押さえて顔を真っ赤にした。
オレが一番好きなのは10代目ですよって伝えるようににっこり笑いかける。
それが伝わったのか、10代目はさらに顔を赤くしてうつむいてしまった。
かわいらしい顔が見えなくて残念だけど、伝わったのならいいか。
見えている頬にもう一度キスを落としてから、リビングまで歩いた。



リビングではリボーンさんがソファに座ってくつろいでいる。
恐る恐るリビングの中の様子をうかがう。
どうやらアネキはいないようだ。

「お邪魔してます、リボーンさん」
「ああ」

テレビに向いていた顔をちらりとこちらに向ける。
軽く会釈をしてからリビングに入り、先に座った10代目の隣に腰を下ろす。
しばらくすると、お母様がリビングに入ってきた。

「お待たせー」

お母様が綺麗にむいたりんごを乗せた皿をテーブルの上に置く。
店先で食べたものと同様に、実に蜜がしみこんでいてとてもおいしそうだ。
10代目とお母様とリボーンさんがりんごをかじったのを見てからオレもりんごに手を伸ばす。

「おいしー」
「ほんとにおいしいりんごねぇ。ありがとう、獄寺君」
「いえ・・・あ、そうだ」

素直に感謝されることに慣れてないオレは、返事もそこそにポケットから封筒を取り出した。
テーブルの上に封筒を置くと、10代目が興味を示した。

「何それ?」
「『天然温泉で迎える富士山の初日の出 ペアで一泊二日の旅』だそうです」
「まぁ、天然温泉!?」
「一泊二日の旅!どうしたの、これ!?」
「商店街の福引で当たっちゃいました」
「へえー、すごいなぁ」

10代目は一言オレに断ってから、封筒を手にする。
封筒の表面には富士山が描かれており、
その上にはでかでかと「天然温泉一泊二日の旅」と書かれている。
封を開けていないので、10代目は中を見れずにしげしげと封筒を眺めている。

「10代目とお母様でご一緒にどうですか?」
「え?」
「いつもお世話になってるお礼です。もらい物で悪いですけど、よければお二人で行ってきてください」

10代目は封筒を蛍光灯にかざしたままの状態でこちらに目を向ける。

「あら、もらってもいいの?」
「ええ、どうぞ」
「か、母さん!」

慌てる10代目に、お母様はふふふと笑う。

「とは言っても、私、おちびちゃんたちと年越しそばを食べる約束をしちゃったのよねぇ・・・
 残念だけど、大晦日とお正月に家を空けられないわ」
「そうですか・・・すみません、オレも急にこんなこと言って」

ああオレはどうしてこう考えなしなんだろう。
ほんとは10代目とお母様に喜んでもらえたらと思ってのことだったのに、
相手の都合も聞かずに一方的に話を切り出してしまって。
頭の中を後悔の嵐がぐるぐると渦巻いている途中で、お母様の声が聞こえた。

「もしよかったら、獄寺君、私の代わりにツナと一緒に行ってくれない?」
「え・・・」

思ってもいなかった言葉に、思わずお母様を凝視する。

「あの、ペア、なんですけど」
「そうねぇ」
「オレと10代目、二人っきりなんですけど」
「ペアだものねぇ」
「・・・いいんですか?」
「獄寺君がよければ」

お母様はにっこりと、いつもの綺麗な笑顔を見せてくれる。
何度も念押し、確認をして、聞き間違いでもなければ考え違いでもないことを確認すると、
座り直して姿勢を正して手をひざの上に置いて深く深く、お辞儀をした。

「ああああありがとうございます!」
「嫌だわ、獄寺君が当てたんだから、こっちがお礼言わなきゃダメなのに。ねぇ、ツっくん?」

その言葉に10代目を見ると、顔を赤くしてオレを見ている。
恥ずかしそうな、怒っている風な、喜んでいるような、奥の深い表情だ。
神様、仏様、八百屋のおばさんありがとう。
チケットが当たったとき、真っ先に10代目とお母様に喜んでもらおうと思ったから、
まさか自分と10代目が行けるようになるとは思わなかった。
その分喜びもひとしおで、心に浮かぶ山本とランボとハル以外の全てのものにありがとうと連呼した。
それから旅の準備をするために、封筒を開いていそいそとチケットを取り出した。



出発は12月31日、帰って来るのは1月1日。
目的地は○×温泉、富士山が見える絶景のスポット。
ひとつの大浴場と、小さな浴場が6つあるらしい。
泊まる部屋はその旅館の中でも一番いい部屋で、部屋の中に露天風呂があるそうだ。
10代目はゆっくり終わらせる予定だった欠点の課題を出発の前日に全て終わらせて、
ゆったりとした気持ちで旅行に臨んだ。
それは10代目が自ら進んでやったのではなく、リボーンさんのしごきによるものではあったけど。
リボーンさんのスパルタ教育を受ける10代目を見ていると、
リボーンさんとアネキに行ってもらえばよかったかとも思ったけれど、
10代目も楽しみにしてくれてたことだし、
それにやっぱり10代目と一緒の温泉旅行なんてオレが手放せるはずもない。
留守番のみんなには、土産で我慢してもらおう。


................


文章目次
戻る