帰省ラッシュがほんの少し治まった新幹線の中、
10代目と隣り合わせに取った指定席。
一泊分の小さな荷物を座席の上の棚に置いてシートに深く座り込む。
手元には10代目のお母様が作ってくれた昼ごはんと、駅の売店で買ったお茶とジュース。
「はい、獄寺君」
「ありがとうございます」
10代目は手にしていた袋の中をごそごそと漁り、ペットボトルをひとつ渡してくれた。
それから自分の分も取り出して、座席に付けられている簡易テーブルに置く。
オレもそれに倣ってテーブルを出してペットボトルを置くと、
ひざの上に置いていた袋から昼ごはんの入った容器を取り出した。
おかずの入った容器を10代目に渡し、もうひとつを自分のテーブルの上に置く。
一番下に入っていた容器にはぎっしりとおにぎりが詰め込まれている。
自分のテーブルの上のものを寄せて何とかスペースを作ると、
それを10代目からも取りやすいように左側に置いた。
「母さんも張り切って作りすぎなんだよね」
「でもお母様の作る料理はおいしいですから、全部食べられそうですよ」
二人で一緒に手を合わせ、いただきますと挨拶してから食べ始める。
持たされた袋には大きめのプラスチックの容器が3つ入っていて、
ひとつはおにぎりが、ふたつにはおかずがたくさん詰め込まれていた。
確かに量は多めかもしれないけれど、食べられなくはない量だ。
雑談をしながらおかずやおにぎりを口に運ぶ。
トンネルを抜けて景色が変わるたびに窓の外を眺めた。
どこまでも続く畑の周りには、高い建物がなく、綺麗な青空が広がっていた。
すごいねぇ、と窓の外を見て呟く10代目の後ろから、頬に軽く口付けて、
恥ずかしそうな顔をして振り返る10代目にそうですね、と笑いかける。
リボーンさんの監視もなく、ちびどもの邪魔もない。
ああ、こんな嬉しいことがあってもいいのだろうか。
にまにまとだらしないにやけ顔のまま、姿勢を戻して座席に背中をつける。
冬休み万歳、温泉旅行万歳だ。
トンネルを2・3個抜けた頃には昼ごはんも食べ終わり、
空になったプラスチックの弁当箱をビニール袋にまとめて入れる。
途中でゴミ箱に捨てられるように使い捨ての弁当箱を持たせてくれる、
お母様の細やかな配慮に感動する。
目的地にはまだしばらく着かないみたいだから、
テーブルをたたんで袋をフックに引っ掛けた。
ガタゴト、ガタゴト
規則正しくゆれる車両、ふかふかの座席。
ことり、と肩に軽く重みがかかる。
「10代目?」
左側に座る10代目を見ると、すうすうと安らかな寝息を立てて眠っている。
昨夜遅くまでリボーンさんにしごかれて課題をやっていたからだろう。
10代目の眠りを邪魔しないように、ゆっくりと肩の力を抜いた。
ガタゴト、ガタゴト
隣には暖かなぬくもり。
ゴオオ・・・とトンネルを抜ける時に大きな音がしたけれど、10代目が起きる気配はない。
10代目が自分の隣で安心して眠ってくれている姿を見るととても嬉しい。
10代目が目を覚ますまで、そのやわらかい寝顔を見つめていた。
「10代目、やっと見えてきましたよ、あの旅館です」
「結構大きいねー」
新幹線からバスに乗り換えて山道を走る。
どんどんと山奥に入っていっても中々目的地が見えなかったが、
ここにきてようやく目的の旅館が見えてきた。
山のふもとにはいくつか露店があったけど、さすがにこの山道では店はないようだ。
ここは観光というよりも休養のために利用されている宿なのかもしれない。
「旅館にお土産売り場あるかなぁ」
「そうですね、いいのがあればいいんですが」
左右を林に囲まれた道から抜けてバスが旅館の入り口前で止まる。
今まで人を見かけなかったのが嘘みたいに、
入り口の前にはたくさんの人間がじゅうたんを挟んで左右にずらりと並んでいる。
「いらっしゃませ、沢田様」
バスを降りたオレ達に一斉に礼をする従業員達。
10代目はその様子にびっくりして一歩後ろに下がった。
「な、なんか、ものすごいとこ当てたんだね、獄寺君・・・」
「10代目はボンゴレのボスになるお方ですから、これくらいのことには慣れませんと」
「いやいやいや、こんなの慣れないよ・・・!」
微妙に腰の引けている10代目の背中を押して、
従業員に見守られながらふかふかとしたじゅうたんを踏みしめて旅館の中に入る。
フロントに向かいチェックインを済ませた後は、どこからともなく出てきた従業員に荷物を持たれ、
部屋までの道を歩きつつ旅館内の施設の説明を受ける。
部屋の鍵はオートロックではなく、普通の鍵で、
ドアこそ洋式だけど、部屋の中に一歩入ればそこは立派な和室だった。
十畳はあるだろう畳の部屋の真ん中にはちゃぶ台が置かれていて、
その上にはお茶とお菓子が置いてある。
ドアの向かいにある障子は開かれていて、窓の向こうには露天風呂が見える。
部屋の中にもユニットバスがあり、奥にもうひとつ部屋がある。寝室は奥の部屋だそうだ。
従業員は部屋の簡単な説明をした後、オレたちの荷物を置いてすぐに帰っていった。
「はー、何だか緊張した」
「そうですか?」
確かに10代目の命を狙う刺客がここに先回りしてやいないかと、部屋に入る瞬間は緊張したけれど。
家を出てからほとんどの時間を移動に費やしていたから、10代目は少し疲れているようだ。
畳の上に置かれた荷物を開けもせず、椅子に座ってべろっと伸びている。
「景色がいいですね」
部屋を縦断して窓に張り付くと、10代目に話しかける。
窓を開けると寒いだろうから、窓越しに眺めるだけにした。
窓の向こうには広い庭のような空間があり、石畳を数歩歩くと露天風呂にたどり着く。
「あれが富士山で、山の向こう側から朝日が昇るんだそうですよ」
「へー」
10代目もひざで歩きながら窓に張り付き、相槌を打つ。
今は太陽は西に傾いて見えないけれど、朝はとても綺麗なんだろう。
10代目と一緒に初日の出を迎えられると思うととても楽しみだ。
二人で景色を堪能した後は、10代目はまた椅子に腰かける。
オレも10代目の向かい側に座ってお茶を用意した。
お茶の葉を茶漉しの中に入れて、ポットからきゅうすに湯を入れる。
ポットはなんとも安っぽいものだけど、先に湯の準備をしてくれているのが嬉しい。
熱そうな湯気を立たせる湯飲みを10代目の前に置き、自分の前にも置く。
「これからどうしましょう?まだ夕食までには時間があるみたいですけど」
「そうだなー」
ありがとう、と言ってから湯飲みに手をかけて、また手を離す。
10代目にはやはり熱いらしい。
入れたてで飲めないのは分かっているのに、オレに気を使って手をつけたんだろう。
そういった小さな配慮ができるところが10代目の素晴らしいところだ。
どういたしまして、と言いながら10代目を観察した。
「ロビーに大きめの土産売り場がありましたけど、見に行ってみます?」
「そうだね、明日になったらばたばたしそうだし、お茶飲み終わったら見に行こうか」
10代目は用意されていたせんべいを食べ終わると、
湯飲みを両手に持って冷ましながらお茶を飲んだ。
それを見ながらオレもせんべいに手を伸ばす。
「これもここで売ってるんですかね」
「かもしれないね。おいしいから家に買おうかな」
10代目の手がまたせんべいに伸びる。
どうやら気に入ったようだ。
「お茶もう一杯いりますか?」
「んー、新しく入れたらまた飲めなくなるからいいや」
「そうですか」
オレは一枚目のせんべいを、10代目は二枚目のせんべいを食べ終えて、同時にお茶をすする。
湯飲みの中が空になったら、近くに置かれていた荷物に手を伸ばす。
鞄の中から財布を取り出すと、机の上に置かれた鍵を手に持った。
「それじゃあ行きましょうか」
「うん」
一緒に席を立って和室を出る。
従業員が出て行くときに出していたスリッパを履いて、部屋を出た。
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