独占欲をむき出しにするようなところがあるかと思えば、
そのくせオレたちの関係を大っぴらにするようなことはしない。
もちろんその行動がそれと意識していないだけで、オレたちの関係を知らせているようなものなのだけど。
10代目、10代目、と嬉しそうにオレを呼びながら追いかけてくる姿が脳裏に浮かぶ。
とろりとした思考の淵で、本当はもっともっと独占して欲しいと考えている自分がいる。
大切にされるのも嬉しいけれど、身勝手に所有権を主張して欲しいとも思う。
体に無理のある行為に関しては獄寺君は殊更やわらかくオレに触れた。
頭の中はふわふわですぐに使い物にならなくなる。
それまで考えていたことも意識の奥に追いやられ、あとは快感を追うばかりだった。
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かたん、と鈍い音が机を打ったあと、とぷりとぬるい音が響いた。
ベッドの側にある背の低い机にペットボトルを置いて、小さくため息をついた。
手のひらからゆっくりと温度を奪っていったペットボトルは、中の水を揺らして静かにたたずんでいる。
口に含んだ水は喉を通り、火照った体を内側から冷ましていった。
熱のせいだけではなくからからに渇いた喉は水を飲んだだけでは回復しない。
今口を開けばその声は酷いものだろうと簡単に想像できる。
後が酷いのだから声を我慢すればいいのだけど、そうはいかない。
獄寺君の指に触れられるだけで思考はとろけて、
気持ちのいい場所をまさぐられれば我慢のしようもなく声が上がる。
獄寺君はオレの事を大切にしすぎるあまり、その加減を誤っている。
日常においてもそうだけれど、こういった行為に際しても
少しも手加減せずに獄寺君の全てをもって完璧に気持ちよくさせられて、
もちろん気持ちいいこと自体はいいことなんだろうけど、限度というものがある。
行為の最後までしっかり意識を保っていたことは数えるほどしかなく、
終わった後に意識を取り戻してみれば体の奥に痺れを残して喉はからからに渇いていた。
ぼんやりと考え事をしているうちに目もくらむような熱は鳴りを潜めた。
部屋に充満していた濃厚な空気もじわりじわりと姿を消した。
ペットボトルから離した手を体の横に付いて、自分の体を見下ろしてみる。
気を失っている間に綺麗に拭われた体には行為の跡は一切見えない。
あれほどたくさんかいていた汗も、自分の吐き出した欲望も、
繋がるために塗りたくられた粘着質な液体も、一滴残らず拭き取られている。
それだけでなく、漫画でよく見られるような、いわゆる所有の印といわれるキスマークすら見当たらない。
あれだけ嫉妬深く独占欲の強い獄寺君のことだから、
こういった行為に及ぶとなるとキスマークなんてたくさんつけられてしまうんだろうな、なんて
不安半分、期待半分に考えていたというのに。
初めて繋がった日から今日まで、オレの体にそんな跡が残ったことは一度もなかった。
獄寺君の気持ちを疑っているわけじゃない。
そんな跡が愛情に比例しているとも思っていない。
あれほど求められていて、足りないとも思わない。
ただ、少しくらい、身勝手に、オレのことなんて考えずにオレの体に跡を残して欲しいんだ。
こんなことを考えるのには、この間読んだ漫画も影響している。
以前ハルが強引に手渡してきたもので、きらきらとした絵柄のいかにも女子が好きそうな漫画だった。
「これぞ愛の究極の形です!」と声高に叫んで押し付けながら、
この漫画の売りを事細かに説明してくる。
最近の一押しの漫画なのだそうだ。
あまり好きな絵じゃなかったから読むのをためらっていたけれど、
この間夜に何もやることがなかったからやっとページをめくることにした。
内容は絵柄から予想されたとおり、そしてハルの話の通り、恋愛物だった。
片思いの相手の行動のひとつひとつに喜んだり落ち込んだりしながら恋を成就させていく。
主人公の悩みだとか喜びは、確かにオレも感じたことがあるもので、
いつの間にか物語に入り込んで読みふけってしまっていた。
最後に二人が一線を越えてしまうところなんかは、
女の子から借りた本ということもあって、思わず赤面してしまった。
綺麗にぼやかされたエッチシーンの後にはお約束のようにすがすがしい朝を迎えている。
起き上がった主人公の体にはぽつりぽつりと小さな痣ができていた。
それが所有の証だと甘ったるく言う彼氏と、それに怒りながらも顔が緩む主人公。
結局は幸せなのだ。
そこまで思い出してもう一度そっと自分の体を見下ろした。
綺麗に後始末のされた体はさっぱりとしていて、見た目には行為の名残を見つけられない。
お互いに何度も達したせいでどちらのものか分からなくなってしまった体液も、
自分のものだと刻み付けるような所有の証も見つからない。
10代目、10代目、とオレを呼ぶ声を浮かべる。
普段の声も甘ったるいが、最中にはさらに糖度を増した声で囁かれる。
獄寺君の声が入り込んだ耳の奥から首筋を通って痺れが体中に広がっていく。
必死にオレを繋ぎ止めるように手を絡めて、組み敷いて、
幸せそうに、そして少し余裕がなさそうなくせをして、決して自分勝手に動こうとはしない。
もっと強引に、自分勝手に求めてくれたっていいのに。
気を使ってくれているのは分かるし嬉しいことだけれど、
理性なんて放り投げて、乱暴に求めてくれても構わないのに。
そんな風に思ってしまうのは、体を拭っただけでは消えない、未だ体の奥に燻る熱のせいかもしれない。
もう一度体を見回してみたけれど、やはり行為の跡は見当たらない。
まるで何事もなかったかのようだ。
目に見えるものだけが全てじゃない。
体の奥の熱は確かに行為があった、求められた証だけれど。
やはりはっきりと目に映るもので確かめたいと思う気持ちも捨て切れなかった。
机に置いたペットボトルをもう一度持ち上げて、中身をあおる。
しばらく何も着ずにいたせいで冷えてきた体は、水を入れたことでぶるりと震えた。
シーツを手繰り寄せて肩から包まり、もう一度こっそりとため息をついた。
「どうしました、10代目?」
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