ぱたん、と軽い音を立てて扉が閉められる。
獄寺君はにこりと笑いながらオレがうずくまっているベッドへと歩み寄ってきた。
行為の後始末や風呂の用意をしてくれていたんだろう。
ズボンだけを身につけて上半身は裸のままの獄寺君をぼんやりと見上げた。
男のオレから見ても綺麗な体だと思う。
無駄な脂肪もなく、かといって筋肉がつきすぎてごつごつしているわけでもない。
機能的でしなやかな筋肉が綺麗に体を覆っている。
失礼します、と小さく言ってからオレの隣に座る。
きしりとベッドが音を立てて、獄寺君を受け止めた。

「寒いですか?」

シーツに包まっているオレをそんな風に思ったんだろう、
肩に手をかけられて引き寄せられる。
ふわりとやわらかく包まれるように抱きとめられて、力を抜いて体を預けた。
頬に触れる肌の感触にどきどきしながら獄寺君を見上げれば、それに気づいて微笑んでくれる。
その甘ったるい微笑みに嬉しいような恥ずかしいような気分になって思わず目を逸らしてうつむいてしまうと、
獄寺君の笑顔やこの体勢、それから獄寺君の素肌に余計にどきどきしてしまう。
さっきまでは今よりももっと恥ずかしい格好で触れ合っていたというのに、
シーツやズボンを身につけている今の方が照れてしまうのはなぜだろう。

とくとくと一人でいるときよりも早く動き出した心臓の音を感じながら
甘えるようにして獄寺君に擦り寄ると、ふと思う事があった。
さっきまでは自分の体のことばかり気にしていたけれど、
獄寺君の体にだって行為の跡はひとつもない。
触れ合った肌はさらさらとしているし、漫画で見たようなキスマークなんてもちろんなかった。
うらやましくなるほどに均整のとれた綺麗な体を眺めていると、胸の奥がざわついた。
獄寺君がオレのものだなんて言えるほどオレ自身に対する自信はないけれど、
獄寺君がオレを大切に思ってくれている気持ちに対してなら自信がある。
オレのことを一番に思ってくれてる彼のことを自分が独占している証を見てみたいと思ってしまった。
印をつけて、その印が消えるまでは、獄寺君が自分のものだと思うことは許されるだろうか。
誰に言いふらすわけでもないし、見せつけるわけでもないけれど。
小さく、けれどはっきりとしたもので、彼がオレのものだという証をつけてみたいという気持ちに駆られた。

「獄寺君」
「はい」

包まれた胸の中から獄寺君を見上げれば、その笑顔と同じくらい甘い声が降ってくる。
何度向けられても見とれてしまうその表情にうっとりとしながら、体に巻きつけたシーツを握り締めた。

「あの、さ・・・」

印をつけたい、跡を残したい。
そういった思いはオレの中でいっぱいに膨れているのに、
それを口に出す事、実行に移す事はとても難しい。
言葉を詰まらせるオレを促すように首を傾げる獄寺君に後押しされて、もう一度口を開く。

「獄寺君に、キスマーク・・・つけても、いい・・・?」
「えっ・・・?」

驚いたように声を上げて、それまで微笑んでいた表情も一気に慌てた風になる。
「え」とか「あの」とか言いながらもごもごと口を動かしている獄寺君を見ていると、オレの方はなんだか冷静になっていく。
獄寺君はやっぱりそういうのは好きじゃないんだろうか。
だからオレの体にもそういった跡を残さなかったんだろうか。
言葉を探しているらしい獄寺君が何か言ってくれるのをじっと待つ。
そわそわと落ち着きなく部屋のあちこちを眺めたりオレを見たり、また目を逸らしたり。
そんな動きを何度か繰り返したあと、その視線がオレの顔でぴたりと止まる。

「ど、どうぞ」

ごくりと大きく息を飲み込んで、獄寺君が答えた。
その様子に少し笑いがこぼれて、でも獄寺君の肌を見ているとどきどきしてきて笑いも引っ込んでしまった。
どうぞ、と言われたけれど、どうしたものか。
こんなことをするのはもちろん初めてのことで、どこに、どんな風にすればいいのか分からない。
自分からしたいと言い出しておいて本当にダメツナだな、と自分に呆れながら、もう一度獄寺君を見上げる。

「どこにしたらいい?」
「どちらでも、10代目のお好きなところにつけてください」

さっきとは違い、問いかければすぐに返事が返ってきた。
だけどこれでは答えになっていない。
少し困ったそぶりを見せて獄寺君を見れば、
獄寺君の方も困っているのか、冷静そうに見えるのは表面だけのようだ。
必要以上にオレのことをまっすぐ見ていたり、必要以上に口元に力を入れて引き結んでいたりする。
困ったけれど、仕方ない。
一応獄寺君からの答えはオレの好きなところにすればいい、というものだから、
そうさせてもらおうと、再度獄寺君の体を眺めた。

服を着ていると分かりにくいけれど、体にはしっかりと筋肉がついている。
イタリアの血が入っているためか、少し白めのやわらかい肌。
触ってみればそのやわらかい肌の下に、力強さを感じる。
そろりと指先を持ち上げて、浮き上がった鎖骨に触れる。
とても綺麗なその形の下に視線を止めた。
ゆっくりと体を寄せて、唇を寄せる。
息が触れるくらいに近づくと、獄寺君の体が震えた。
その体が逃げてしまわないうちに唇で触れて、滑らかな肌を吸う。
ちゅ、と小さく濡れた音がした。
口付けたところを確認すると、肌の色は変わっていない。
もう一度同じところに唇をつけて、今度はもう少し強めに吸ってみる。
ちゅ、ともう一度、さっきよりも大きく濡れた音が響く。
唇を離して確認すると、今度もうまくついていない。
恐る恐るしているようではうまく跡がつかないようだ。
オレの唾液で濡れたところに唇を寄せて、何度も何度も吸い付いた。
ちゅ、くちゅ、と濡れた音を響かせれば、
その音に反応するように獄寺君の体がぴくりと震える。
ひときわ大きな音をさせて肌を吸い上げると、白い肌には小さく赤い跡がついた。
唇を離してその跡を見れば、独占欲が満たされるというよりは、達成感の方が大きかった。
何度も吸い付いたせいで濡れて光る肌を指でなぞり、獄寺君を見上げる。

「獄寺君、ちゃんとつけられたよ、っ・・・!」

獄寺君の顔を見るよりも先に視界が回転する。
部屋が回るような感覚のあと、遅れて自分が倒れこんだことに気づく。
スプリングのきしむ音でベッドに倒れたことや、視線の先が天井に変わったことへの状況の理解に手間取って、
かぶっていたシーツの隙間から手のひらが入り込んで、肌を撫でられたことへの対応が遅れる。
獄寺君の姿を探して、思ったより近くに銀色の髪の毛があることに気づく。

「ご、・・・っ!」

首筋にぬるりと濡れた感触。
くちゅ、と先程自分が立てた音よりも数倍恥ずかしい音が聞こえてきて耳をふさいでしまいたくなる。
肌を何度も吸われ、舌で舐められて、唾液の伝った跡を追いかけるように唇が動く。
首筋や鎖骨の辺りにねっとりと舌を這わされながら、手のひらはわき腹をくすぐって上に上がる。
胸をくすぐられると変な声が漏れてしまいそうで慌てて唇を噛んだ。
舌から逃げようとすれば手のひらに胸を押し付けるようになり、
手のひらから逃げようとすれば舌の濡れた感触が強くなる。
身をよじる事で余計に体を刺激されて収まりかけていた熱がまた体の中に灯っていく。

「はっ、あ・・・ご、獄寺君・・・?」

ひくひくとうまく動いてくれない喉を動かして獄寺君に呼びかける。
刺激の合間に切れ切れにこぼれる声は少しみっともなかったけれど、
呼びかけに応えるためにか獄寺君の動きはぱたりと収まった。
一体何がどうして今オレはベッドにひっくり返っているんだろう?
さっきまでは獄寺君の体にキスマークをつけていたというのに。
オレが呼びかけたきり動かない獄寺君を不思議に思いながら、
目の前にありすぎてピントのぼやけた銀色の髪にもう一度呼びかける。

「獄寺君・・・どうしたの?」
「・・・すみません」

もごもごと聞き取りにくい声を拾うとそんな言葉だったように思う。
オレの首筋に顔を埋めたままだから、唇が動くたびに肌に触れてくすぐったい。

「なにが?・・・跡、ついた?」

謝られる理由が思いつかずにそんなことを聞いてみる。
皮膚を吸われる強さはいつもと同じくらいだったけど、もしかしたらお返しにつけられたのかもしれない。
そう思って聞いてみたのだけれど、そうではないようだ。

「いいえ・・・」

小さく、やはり首筋に顔を埋めたままで返事をする。
ベッドに放り出されたままの手をそろりと持ち上げて獄寺君の背中に回す。
オレの両手が背中に回ると獄寺君も同じようにオレを抱きしめた。
ぎゅうぎゅうと痛くはないけれど力強く抱きしめられて、小さい子どもの相手をしているようだ。
笑い声が出てしまいそうになるのを堪えて、笑みは口元にとどめるだけにする。


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