目の前には光が広がっていた。
きらきらと、目にささるような痛いほどのまぶしさではなく、
オレの体やこの空間自体をふわりと包み込むような柔らかな光だ。
その光の中心には、見たことのない、けれどいつも身近で感じているあたたかさを感じられた。
みらいへ いく はなし
黒曜中とかいう学校の奴らが、並盛中の生徒を襲う事件が起きた。
オレも下校中に襲われたが、相手が中学生だろうとマフィアだろうと負ける気がしなかったし、
敵の前で倒れたのは失態だけど、10代目を守ることができたのだから、恥じることではない。
ただ、もっと力が欲しかった。
あれくらいの攻撃を受けても立って戦い続けることのできる力。
それから、特殊な能力にも屈しない精神力。
骸に操られていたからとはいえ、
10代目に向かって、10代目を傷つけようとして、ダイナマイトを投げた。
10代目はそんなオレとも、オレを気遣うように戦ってくださって、骸まで倒してしまう。
その強さにますます心酔していくのと同時に、自分の弱さに嫌気がした。
******
退屈な授業を終えて、10代目と楽しく下校する。
今日の会話のテーマは今日の授業で聞いた話だった。
英語の教科書に載っていた話を簡単に解説したり、
生物の資料集で見た師管の膨らんだ木の話をしたり、
そんなことを話しながら歩道を歩いた。
決められた席に座って教師の顔を見ながら聞くその話はとても退屈だったというのに、
同じ話をする相手が10代目になるだけで楽しくなるのだから不思議だ。
10代目が授業中に解けなかった数式を思い出せずにあきらめたところで10代目のお宅に到着した。
今日は宿題が出ていたので、それをお教えするという名目であがりこんだ。
普段もなんだかんだと用事を作っては10代目のお宅にお邪魔し、
その用事が終わっても、なにをするともなく一緒に過ごした。
ある日は宿題のため、ある日はテストのため、
ある日はコンビニで買った新製品の菓子を一緒に食べるため、
そしてある日は、特に理由もなく、10代目と一緒に過ごすため。
毎日10代目の部屋にお邪魔する理由を考えるのは、
難しくはあるけれど、とても楽しかった。
今ではすっかり慣れた玄関先で靴を脱ぎ、10代目の後を付いて階段を上がる。
上がってすぐにあるドアの向こうには、誰もいないときもあれば、先客がいるときもある。
ドアを開ける前からドタバタと何かが走り回る音を聞けば、今日はその後者であることが分かった。
本当は10代目と二人きりの方がよかったけれど、そうわがままも言えないので無言で10代目の後に従った。
10代目がドアを開けると予想通り、アホ牛とイーピンが走り回っている。
「ただいま」
「おかえり、ツナ!」
「〜〜〜!」
二人は足をいったん止めて、10代目に挨拶をする。
アホ牛がオレに向かって舌を出すのを見てぶちりと血管が切れた気がしたが、どうにか無視をする。
イーピンの方はオレにも挨拶をしたようなので、「よう」と返した。
「止まってるとランボさんが追いついちゃうぞ〜〜!」
「〜〜!」
ガキどもが静かだったのはその一瞬だけで、
アホ牛が動き始めると同時に追いかけっこが再開された。
どたばたと騒がしく動き回る横で、
10代目は何事もないようにかばんを置いたりブレザーをハンガーにかけたりしている。
何事にも動じずどっしりと構えているその姿は、まさにボスと呼ぶべきものだ。
10代目のお姿にぽーっと見とれていると、
ゆっくりとした動作でオレの方へと手が伸ばされる。
「獄寺君のブレザーも貸して」
10代目がオレに向かって手を差し伸べている。
そのことに何ともいえない陶酔感を感じ、その姿に目を奪われた。
「獄寺君?」
名前を呼ばれてはっとする。
はい、ともう一度手を伸ばしてブレザーを渡すように催促してくる10代目。
それに首を振って小さく断りを入れてから口を開いた。
「ありがとうございます、でも10代目のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
10代目に気を使わせてしまったばつの悪さを感じて苦く笑いながら、急いでブレザーを脱いだ。
渡されたハンガーを受け取ってもう一度礼を言い、
それからブレザーをハンガーにかけて、壁にかけた10代目のブレザーの横に並べてかけた。
そんな風に、10代目に見とれることが多くあった。
オレに話しかけてくれているときだとか、
オレを見てくれているときだとか。
10代目にとってみれば特に意味があってのことではないのだろうけど、
10代目がオレを見て、認識してくれているということに無性に喜びを感じる。
10代目が微笑むだけで、あたりはやわらかい光に包まれる。
太陽の光のようにあたたかさを肌で感じることはないが、
その光は体の中に入り込んで、心の中をあたたかくさせた。
部屋の中央に置かれた机に向かい合わせに座り、二人でひとつの教科書とノートを挟む。
反対向きに書かれた数式の羅列を見ながら、10代目がつまづくたびに声をかけた。
「あ、10代目。そこの数字はかけちゃだめです。足すんですよ」
「え・・・?あ、あぁ、そうか・・・」
頷いて消しゴムで消して、新しく答えを書く。
その動作を最後まで見守って、書かれた答えが合っていることを確認する。
小さな声で「正解です」と言うと、10代目は嬉しそうな顔を向けてくれる。
それからまた下を向いて新しい問題に向き合った。
そこから5問ほどは同じような計算問題だから特につまずくことはなく、
また新しい問題に来たときに10代目が間違えないようにそっと見守っていると、
「こっちは引くんだよね?」
「そのとおりです」
さっきの間違いをしっかり自分のものとして吸収した10代目は、
次の問題もつまずくことなくすんなり答えられた。
さすが10代目だなぁとその様子を眺めていると、目の前を何かが通り過ぎた。
「〜〜〜〜〜!!!」
たまごの形をした球体から、黒いしっぽがちょこんと出たような。
「まてまて〜〜〜!!」
白い生地に黒い斑点、その上に黒いもじゃもじゃが乗っかったような。
その二つがオレを中心として円を描くようにぐるぐると回っている。
ぐしゃ、ぐしゃ、と机の上の教科書とノートが嫌な音を立てている。
ぐるぐる、ぐしゃぐしゃ、ぐるぐる、ぐしゃぐしゃ、
延々と回り続けるそれらに脳の血液が沸騰してくるのが分かる。
ガキの甲高いわめき声とアホの馬鹿らしい声とともに、
自分の血管がぷちぷちと切れていく音が聞こえた。
ぐるぐる、ぐしゃぐしゃ、ぐるぐる、ぐしゃぐしゃ、わしゃ! くぴゃ!
「あわわわわ・・・獄寺君、落ち着いてーーー!!!」
「落ち着いていますよ、10代目。オレはこれ以上ないってほどに冷静です」
「ぐ、ぐぴゃ・・・」
ぎりぎりと力いっぱいもじゃもじゃを握り締める。
見た目はでかいくせに中身がすかすかで、力を入れると自分の手のひらにつめが食い込んだ。
どうにもつぶしがいのないそのもじゃもじゃにさらにさらに怒りを募らせながら、
それでもいたって冷静にアホ牛に話しかける。
「おいアホ牛。今10代目は宿題をなさってるんだ。
これ以上その邪魔をするようなら、ただじゃおかねーぞ」
ぎりぎりと、もじゃもじゃに身が詰まっていればそんな音がなるくらいに締め付けていると、
宙ぶらりになったアホ牛が最後の力を振り絞って腕を上げてもじゃもじゃの中に手を突っ込んだ。
それから少しもじゃもじゃを引っ掻き回すと、そこから出てきた手には黒光りするバズーカが握られていた。
「うわぁああああん!!!」
涙と鼻水を撒き散らしながら、アホ牛は自分の体よりも大きなバズーカを構えた。
10年後の自分を呼ぼうとしてるらしいが、あいつがこっちに来たところで何が変わる。
入れ替わっても存分にいじめてやろうとにやりと口元を歪ませたところで、
その砲口がオレを向いているのに気付いた。
「ん・・・?」
バズーカに手を伸ばし、その口の先を別の方向へ向けようとしたところで
どん、と体に衝撃が走った。
「獄寺君、危ない!」
「じゅ、10代目・・・!?」
そう言って10代目が腰に抱きついた拍子に手元が狂い、アホ牛を放してしまった。
オレの手から空中へ投げ出されたアホ牛は、
その遠心力や重力や引力なんかにもみくちゃにされて、ついに10年バズーカを手放してしまう。
あろうことかそのバズーカはオレへ向かってまっさかさまに落ちてきて、
その拍子にまだ握ったままのひもが引っ張られて、砲口から発射された弾はそのままドカン!とオレに命中した。
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