もやもやとした白い煙が晴れると、目の前は白い光に包まれていた。
屋外なのだろうか、気持ちのいい風が頬をくすぐる。

時間が経つにつれて目の中に映るものは、どれも高級そうなものばかりだ。
応接用だと思われる重厚なテーブル、ふかふかのソファ、
壁には歴史の詰まった本棚、部屋の奥には風格のある執務机。
その風景は、昔迷い込んだオヤジの執務室を思い起こさせたが、
ここはそれよりもずっと高級なたたずまいだ。
部屋をぐるりと見渡せば、窓が開け放たれているために風が出入りしているのが分かる。
気づけばオレはイスに座っていて、目の前のテーブルには紅茶の用意がされていたが、
オレの前にはソーサーのみが置かれている。

「獄寺君が持ってっちゃったんだ。新しいの用意しようか」

不意に、声が聞こえた。
この部屋にはオレの他にも人がいたようだ。
普段ならすぐにダイナマイトを取り出して臨戦態勢を整えるが、
その人の声と気配には黒いものがみじんも感じられず、
ただ、その人の動きを目で追った。

「オレンジペコーっていうの。イヤな甘さじゃないから飲めると思うんだけど」

耳になじんだ甘い声。
イスから立ち上がったその姿は、成人男性のものよりもひとまわり小さい。
新しく用意したカップに、テーブルに置かれたポットから紅茶を注ぐ。

「はい、どうぞ」

かちゃり、と控えめな音と共にカップがソーサーの上に乗る。
その人の短く切れた清潔そうな髪の毛は、触れるとふわふわと柔らかそうな印象で、

「・・・10代目、ですか・・・?」

そう、言葉にした途端、やわらかな光に包まれていた顔が、はっきりと見えた。
ふわりと微笑んだその顔は、オレのよく知る10代目の面影を残していて、
笑顔の奥にはオレの知らない10年のうちに身につけたであろう、自信と強さを秘めていた。

「なつかしいな、その服」

オレの向かいに座り直した10代目は、テーブルについたひじに顔を乗せて言う。
その言葉に自分の姿を見てみると、制服のズボンに上はカーディガンというもので。
せめてブレザーを着ていればよかったと思いながら、テーブルの下で袖のボタンをこっそり留めた。
もちろんそんなテーブルの下での出来事も10代目にはお見通しのようで、
くすくすと小さな声で笑われてしまう。
その笑い声が耳に入った瞬間、カーッと顔に血が上るのが分かった。

「獄寺君、顔見せてよ。久しぶりに会えたんだから」

ぱちりとボタンが留まったところで手も止まる。
合わせる顔が、ないと思った。
10代目から放たれるやわらかい光にあたたかく照らされると同時に、
じわじわと心の中に影が広がっていく。
これまで隠してごまかして10代目の隣にいたけれど、
拭いきれない黒いしみが染みついてしまっていた。
心の中のほとんどの場所は薄汚れていたけれど、
10代目に関する気持ちはまっ白なつもりだ。
だけど黒い点はぽつりとその白を汚し、
いくら白いところに目を向けてその汚れから目を背けても、
黒い点はそこにあり続けた。
それは周りに滲んでいくわけでもなく、ただただ点としてあり続け、
忘れようとしても忘れられず、ふとした拍子にその存在に気づいてしまう。
そのしみを10代目に見透かされてしまいそうで、とても顔を上げられなかった。

「合わせる顔がありません」

失礼なことだとは分かっていたが、下を向いたままぽつりとこぼした。
10代目は何も言わず、先ほどの姿勢のままでじっとオレのことを見ているようだ。
10代目の入れてくださった紅茶が外から差し込む光をゆらゆらと反射している。
茶葉の出した明るい色は、10代目の瞳の色を思い出させた。
透き通った綺麗な瞳が、オレの心の中をじっと見つめているような錯覚に捕らわれる。

これまで心の奥に隠していたもの。
ずっと10代目に言えずにいたこと。
言ってしまえば10代目のそばにいられなくなりそうで、
だけどそれを隠し続けるにはオレの心は弱すぎて。

許されないことをしてしまった。
それについて何も言わない10代目に甘えて、
離れることも謝ることもしなかったし、できなかった。
だけどその事実は心の中にしみとして残り、確かにあったことを証明している。

謝っても許されないことだ。
だけど、黙っていることで余計に自分を苦しめている。
謝ってその事実を確かめてしまったら、10代目のそばにいられなくなる。
10代目本人はもとより、他のやつらにだって言えなくて、
そのことがずっとオレの心に爪を立てたような痛みを与えていた。
かりかりと、無理に無視をしようとすると、余計に苦痛を感じる。
許されないことだけど、謝らなければこの痛みからは解放されない。

10代目には言えないけれど、10代目に言える方法。
この人になら「10代目」に言うことができる。
透き通った綺麗な紅茶の色は、すうっとオレの中に入り込んで、言葉を引き出した。


「ごめんなさい」


ぽつりと一言言ってしまえば、あとはせき止められた水が開放されたように言葉が溢れ出てくる。

「10代目の右腕だなんて大きなこと言っておいて、全然10代目の役に立ててなくて、
それどころか、オレが10代目に向かって攻撃して、ケガをさせてしまって。
謝っても許されることじゃないって分かってます。
ほんとはそれでもちゃんと謝らなきゃいけないって頭ん中では分かってました。
でも、10代目の姿が見られなくなることが怖くて、ずっと、言えなかったんです。
何も言わない10代目の優しさに甘えて、ずっと黙って10代目のそばにいて。
オレ、すげー卑怯です」

これまで10代目に言えずに心の中で留まっていた言葉を一気に吐き出した。
10代目はオレが話すのに口を挟まず、反論もせず、肯定もせず、ずっと黙って聞いていた。
オレの言葉が途切れたあと、少しの間を置いて、10代目が口を開いた。


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