土曜日の昼下がり、昨日10代目と別れてから半日以上経った。
だんだんと10代目に会いたくなってうずうずしてきたオレは、身支度を整えて玄関に立った。
靴を履こうとしたらドアの前にバタバタと慌しい足音が響く。
その足音はちょうどオレの前あたりで止まり、ついで慌しくドアが叩かれた。
一瞬あっけにとられたものの、そのすぐ後に聞こえてきた声に慌ててドアを開けた。


11:殺し


「獄寺君、かくまって!!」

入るなりそう言ったのはオレが敬愛してやまないボンゴレファミリーのボス10代目である沢田綱吉さんだ。
尋常じゃない様子にとりあえず10代目を寝室の方へ促すが、一体何があったのか全く分からない。
どんな経緯で狙われているのか。
相手はどんな組織で、人数は、姿の特徴は、武器は。
少しでも情報を得ようと10代目に問いかける。

「かくまうって、誰から・・・」
「来たっ!」

「ですか」を言う前に、10代目が言葉を発する。
それまで以上に急いで走り、寝室に入ってベッドの中にもぐりこんだ。
トコトコと小さな足音が廊下に響く。
なのに、気配がしない。
10代目のもぐったベッドを背に立って、すばやくタバコに火をつける。
カチャリ、と音を立てて開いたドアの下の部分に、黒い帽子が現れた。
服から取り出したダイナマイトを口元に寄せたとき、聞きなれた声が聞こえた。

「ちゃおっス」
「あ、リボーンさん。こんにちは」

現れたのはボンゴレファミリー現ボスの9代目がもっとも信頼する殺し屋のリボーンさんだ。
いつもの黒尽くめの衣装で、今日もばっちり決まっている。

「今ツナがここに入ったのを見たんだが」
「あぁ、10代目なら・・・」

手に持ったダイナマイトを服の中に戻したとき、
リボーンさんの手に黒光りするものを見つけて口を閉ざした。
10代目はオレに助けを求めにやってきて、そこへ銃をむき出しにして入ってきたリボーンさん。
10代目を守っていたのなら10代目と行動を共にしているはずだ。
と、いうことは、

(10代目はリボーンさんに狙われている・・・?)

もしリボーンさんから逃げているのではないとしたら、10代目は今、隠れている必要はない。
オレの考えが外れていたら、リボーンさんの助けがなくなってしまう。
その場合はオレが自分の命に代えても10代目を守ればいいだけのことだ。
一瞬の逡巡のあと、覚悟を決める。
この見た目だけは愛らしい最強のヒットマンを相手にどこまで白を切りとおせるかが問題だ。
ごくりとひとつ息を飲み込んで、嘘の言葉を口に乗せる。

「何か忘れ物をしたとかで家に帰られましたよ。リボーンさんと入れ違いになったんでしょうね」

自分で言うのも何だが、苦しい言い訳だ。
もちろん相手はオレよりも何倍も上手だから、そんな嘘くらいすぐに見抜いてしまう。
鋭い目はオレの体を射抜き、後ろのベッドに突き刺さる。

「その後ろのふくらみは何だ」
「今オレ寝起きで、ベッドぐちゃぐちゃのままなんスよね」

ハハハと乾いた笑いを漏らしながら後ろ頭を掻く。
昼の1時に着替えも髪のセットも済ませた姿で言うのも何だけど。
リボーンさんの目に暗い炎が灯る。
カチャリと音を立てて向けたのは、瞳と同じ色をした愛用のピストル。
手にしていたそれをゆっくりとオレの後ろのふくらみへ向けて、言い放った。

「あの中は誰も入ってないんだな」
「ええ」

答えながら、拳銃とふくらみの間に体を動かす。

「何で弾の軌道に割って入るんだ」

リボーンさんなら分かってるはずなのに、意地が悪い。
後ろのふくらみは、10代目が入っているからだって。
わざわざオレに言わせたいのだろうか。
あえて何も答えずにリボーンさんの視線に向き合った。

「それよりリボーンさん、10代目を探してるんでしょう?
 ここにはいないんですから、別の場所を探したらどうです?」

クスリと口元に赤ん坊らしくない、だけど彼に似合う笑みを浮かべて、
リボーンさんは銃口を後ろのふくらみを守る胴体からオレの胸へと移動させた。

「ツナにそう言えって頼まれたのか」
「さぁ、どうでしょう」

パァン、と乾いた音が室内に響く。
弾丸はオレのわき腹をかすめて部屋の壁にめり込んだ。

「無駄な殺しはしたくない。ツナを渡せ」

体にしまったダイナマイトをもう一度取り出した。

「オレの命令が聞けないのか」
「オレは10代目の部下です。あなたの部下じゃない」

両手いっぱいに取り出したダイナマイトに、一気に火をつけていく。
以前10代目に投げたダイナマイトの導火線を銃弾でちぎられてしまったが、
これだけの量なら撃ち落としきれないだろう。

「ツナ、10数える間に出てこねーと今度は獄寺の腹をぶち抜くからな」

いっそう凄みを増す視線。
人を殺す目とは、これをいうのだとはっきりと理解する。
今までにリボーンさんから受けた特訓は実践さながらでとても厳しいものだったが、
今回みたいに殺意をこめられたことはなく、
その事実に彼の怒りを静めることはできないのかと頭の隅で絶望を感じた。

「リボーンさん、どうして・・・どうして10代目にピストルを向けるんです」

リボーンさんはオレの体をないものとして、まっすぐに10代目の隠れている布団を見据えていた。
今までに浴びたことのない強烈な殺意にのどがひりひりする。
この殺意をまっすぐに向けられた10代目の気持ちはどんなものだろう。
貼り付くのどを無理やり動かして、声を出した。
リボーンさんはふとオレに視線をよこし、やれやれといった風に口を開いた。

「そうだな。死ぬ前に理由くらいは聞かせてやる」

よりいっそう視線と殺意が強くなり、指先が震える。
ダイナマイトをぎゅっと握り締めて、その目を見返した。

「ツナがオレの大切に取っておいたシュークリームを勝手に食べやがったんだ」

「シュー、クリーム・・・?」

黒い瞳から出される殺気にまったくそぐわない甘い単語に困惑したオレの考えは、どうやら口に出てしまったらしく。
リボーンさんの目がぴくりと眇(すが)められた。

「ただのシュークリームじゃねえ。ショータミのだ」
「ショ、ショータミ?」
「知らねえのか。シロアリ退治の会社の前に立ってるくせにめちゃくちゃうまいケーキを作る店だ」
「いや、それは知ってますけど・・・」

聞きたいのは店の場所とかそんなことではなくて、その・・・。

「手伝いをしたオレにママンが最後の一個をごほうびとしてくれたんだ。
 後で食おうと冷蔵庫に入れておいたのにそいつが」
「リボーンのだって分かんなかったんだからしょうがないだろ!さっきから何度も謝ってるじゃないか!」

今まで後ろで息を潜めていた10代目がばさりと音を立てて布団から出てきた。

「オレはちゃんと名前を書いておいたぞ」
「あんな下の紙に書かれたって、見えるのは食べ終わった後だよ!!!」

何だ、何の話をしてるんだこの2人は。
話の展開についていけない。
呆然としているオレの手元をリボーンさんの撃った弾がかすめる。
一発、二発・・・ものすごい速さでそれは銃口から発せられて、ダイナマイトの導火線をものの見事に打ち抜いた。
ぱたぱたと床に落ちる導火線。
話していた間に火は進み、もう少しで爆発を起こすところだった。

「あ、すいません。リボーンさん」

あっけに取られて自分の手元にあるものをすっかり忘れてしまっていた。
話の内容も内容で、思わず毒気を抜かれて普段のように謝ってしまう。
オレの方をちらりと見たリボーンさんはそれまでとは少し変わって、
先ほどとは違う、それでもやはり彼に似合う笑みを浮かべていた。

「ツナはここにはいないんじゃなかったのか、獄寺」

リボーンさんの言葉に唇を噛み締めた。

「ツナを渡せ。そうすればお前は見逃してやる」

自分の命は惜しくはない。
自分の命で10代目を助けることができるのならば、こんなに安いものはないだろう。
だけど自分いなくなった後、10代目はリボーンさんに捕まってしまう。
さっきよりは幾分殺意の薄れたリボーンさんではあるが、
捕まった後に10代目が無事な保障はまったくない。
そして何よりそれは、10代目がオレにくださった命令を遂行することができなかったということで。
大切な10代目から下された大切な命令。
それを守るために今この場で考えられる一番の方法は。
かなわない相手を倒そうとただ闇雲に向かっていくのではなくて、
話が出来る相手ならば、相手を納得させて引き取ってもらうことだ。

「リボーンさん、シュークリームがあればいいんですか?」
「ショータミのな」
「それがあったら、10代目を責めないでくれますか?」
「・・・あるのか」

ぎらりとリボーンさんの目が光る。

「ええ、今日10代目をお誘いして食べてもらおうと思ってました」
「ツナに食われた分、ツナの分、プラス慰謝料の、3つ、用意できるか」
「お母様の分のいちごタルトもおつけしますよ」
「分かった。それでいい」
「ありがとうございます」

詰めていた息をほぅっと吐き出し、肩に入れていた力を抜いた。
リボーンさんが銃を服にしまったのを確認してから、一歩踏み出す。

「じゃあリボーンさん、用意してきますので廊下で待っててもらえますか?」
「ああ」


................


文章目次
戻る