向かってくる奴を吹き飛ばしては、爆風ばかりを体に受けていたある日。
オレの手元に一通の手紙が届いた。
“日本に10代目を試しにこないか”
なんて、軽く誘っているように見えて、その実背くことのできない絶対的な命令。
ボンゴレファミリー現頭首の9代目がもっとも信頼するヒットマン、リボーンからの手紙だった。
右手に部下を、左手に信頼を。
リボーンから手紙が来たことを両親に告げると、
その次の瞬間には10代目の通う日本の学校への転入手続きが済まされていた。
急に進む話に、だけどオレは元から反発する気もない。
イタリアで暮らしているとオレのことが気に入らない奴らには
日本人だということだけで文句をつけられ、ケガの絶えない生活を送っていたから、
この土地に対する未練もなくすぐに日本に行くことを決めた。
両親からは物心ついた時からオレは10代目の力になるんだと言い聞かせられ続けてきたし、
オレもそのために自分の力を磨いていた。
少し前にその10代目の候補に上がった人が自分と同い年だと聞いて、
会ってみたいと思っていた矢先のことだった。
同じ日本人だということから、親近感みたいなものも感じていた。
いったいどんな人なのだろう。
遠い日本に思いを馳せながら、そこへ向かう準備をした。
とは言っても日本で手に入らないダイナマイトの仕入れと、
気に入って吸っているタバコをダースで買い占めるくらいなのだが。
服やアクセサリは荷物になるから、必要なものを日本で買えばいい。
財布をズボンのポケットに押し込んで、行きつけの裏路地へと向かった。
城に戻ると親父の書斎に呼び出され、転入の書類と日本での部屋の鍵を渡される。
それから10代目に接する時の注意をこれでもかと言い聞かされる。
10代目「候補」とはいえ、次期ボンゴレ頭首に今一番近い人間だ。
その人に少しでも気に入られておきたいという気持ちがあるんだろう。
その気持ちは分からないでもないが、自分の目で10代目を見て、
自分が仕えるに値する人間かどうかを確かめてからでないと、媚びる気にはなれなかった。
自分よりも弱い奴の下に就くつもりはない。
最低でも、オレを負かすだけの力がないと認められない。
だけどもし10代目がオレが認められる人間ならば、オレのすべてを奉げても良いと思っていた。
書類と鍵を受け取って、自室に戻る。
今日仕入れてきたダイナマイトとタバコを同じく今日買ってきたスーツケースに入れる。
これは空港で引っかかるだろうから、別便で送らせることにする。
手元には書類と鍵とタバコとライター。
その辺のポストに手紙を投函しに行くような軽い格好で、明日オレは日本に飛ぶ。
親父の書斎では気にしない風を装ってはいたが、
オレが今まで受けてきた教育、訓練、殺しの技術、
そのすべてが10代目のためだったから、10代目の存在が内心気にならない訳がない。
リボーンからの手紙に同封されていた、登校中だろう、制服を着た10代目の写真を眺める。
右下の「沢田綱吉」という文字はリボーンが書いたものだろうか。
目が大きくて、年相応の幼い顔。
日本人にしては色の薄い髪の毛と目の色。
人の上に立つ者の顔には到底見えない、やわそうな顔立ち。
写真には襟元までしか写っていなかったから分からないが、この様子だと体の骨格も幼そうだ。
だけどボンゴレファミリーのボスとして候補に上がるからには、
いくら平和な日本で暮らしていたとしても、一般人よりは身体能力が良いだろうし、威厳もあるのだろう。
まぁ、写真だけでの想像では何も分からない。
明日になれば本人に会えるのだから、その時に見定めれば良いことだ。
写真を封筒の中に戻し、書類と一緒にファイルに入れた。
ファイルを薄いかばんの中に仕舞い、明日の用意が終わる。
クッションのきいたベッドに深く体を沈み込ませて、写真で見た10代目の顔を思い浮かべる。
実は顔からは想像できないくらいに強くて、人をひざまずかせるオーラが出ているのかもしれない。
銃はリボーンが就いてから習ったとして、まだあまり上達していないかもしれない。
銃よりも体術が得意だとしたら、それはそれでかっこいい。
極めた体術は柔道・空手・少林寺拳法・・・ボクシングもいいな。
色んな大会の優勝を総なめにしていて、学校の各クラブからは勧誘の嵐。
でも10代目はひとつの部に力を注ぐなんて贔屓をすることなく、どの部にも入らずに一人で体を鍛えているんだ。
握力はものすごく強くてりんごなんか片手で握りつぶして果汁をしぼることができるし、
一睨みすればその辺の野良犬なんて飛んで逃げていって。
学校では一番下の学年でありながら、他の生徒を支配下につけて、教師も逆らえないくらいの傍若無人ぶりで。
それから、それから・・・
トントントン、とドアを軽めにノックする音で目を覚ます。
カーテンの開かれた窓からは傾いた太陽の光が射し込み、部屋をオレンジ色に染めている。
どうやらベッドに転がって10代目のことを考えているうちに眠ってしまったようだ。
トントントン、ともう一度、今度は先程よりも強く叩く音がした。
「何だ」
ドアの向こうに声をかけると、ゆっくりとドアが開き執事長が顔を見せ、失礼しますと一礼してから部屋に入ってくる。
「隼人様、少しお早いですがお食事の用意ができました」
体にかけられた布団を剥ぎ取り、その言葉に体を起こして時計を見る。
短針と長針は5時30分を示していた。
「分かった。シャワーを浴びてから行く」
普段ならそれで会話は終了し、執事長はまた一礼して部屋を出るのだが、今日は部屋から出る気配がない。
「どうした?」
「こちらを旦那様からお預かりしております」
オレが着替えの服を選び終わるのを待ってから差し出されたのは、1枚のチケット。
『ミラノ−東京』と、今日オレが向かう場所の名前が印刷されてある。
「親父は仕事か?」
「はい。1時間ほど前に急用が入ったとのことで出かけられました。
隼人様に一言声をかけてからと思われたようですが、隼人様がおやすみでいらしたので声はかけられなかったようですね」
自分ではかけた覚えのない布団がかけられていたのはそのためかと納得しながらチケットを受け取る。
親父がいないのは特別変わったことではなく、むしろ家にいる方が少ないくらいだ。
数時間前までは何の用事もなかったのに、急に用事ができることも昔から変わらない。
受け取ったチケットを机の上に置き、オレの服を持ってドアの横で待機している執事長と共に部屋を出た。
仕事中の執事が廊下の脇によけて礼をしている。
執事長を後ろに従えながら、その前を歩く。
「隼人様、やはりどれか一人日本に連れて行かれませんか」
「いらねーって言ったはずだけど」
オレの言葉に頭を下げていたメイドがびくりと肩を揺らした。
「重ねて申し上げる無礼をお許し下さい。
隼人様が何を思ってそう仰るのか、私どもは分かっているつもりです。
ですが、私どもは隼人様のためならイタリアを離れることなど、何ともないことですから」
オレが赤ん坊の頃から世話をしている執事長には、オレの考えなどお見通しのようだ。
この執事長をはじめ、城で働いている執事やメイドたちの半分くらいは家庭を持っている。
独身の者も家族や恋人がいるだろう。
オレが気まぐれで選んだ者は愛する者から離れなければならない。
それが1日か1週間か1ヶ月か、どれくらいの期間になるのか自分でもはっきりと分かっていないから、
余計に誰かを連れて行く気にはなれなかった。
10代目に会って、彼を認めてそこに留まるのか、彼を見限ってすぐに戻るのかも分からない。
どっちにしろ数日で帰るのならなおさら一人で十分だ。
それにオレがしばらく帰らないようなら勝手に渡日して様子を見に来るんだろう。
個人で自由にするのならオレは何も言わないが、オレのわがままを通すようなことをしたくはなかった。
「私どもの力が必要になりましたら、ご遠慮なくお申し付け下さい。すぐに日本に駆けつけます」
そういったオレの考えを見通して、
オレの負担にならないようにうまく自分たちを頼らせる執事長の言葉は心地よいものがあり、
するりと感謝の言葉が出てくる。
「ありがとう」
「恐れ入ります」
風呂場の前でその言葉と一緒に服を受け取った。
シャワーを浴びて髪を乾かしてから食卓に着くと、おふくろからも執事とメイドを連れて行くように言われる。
口うるさいそれを、日本に着いて必要になってから呼ぶということで納得させる。
そのまま雑談を最小限にとどめ、いつもより早く食事を終わらせてすぐに家を出ることにした。
おふくろはアネキが帰ってくるまで待てばいいのにと言うけれど、
そんなことをしたら今日中にイタリアを出発できないかもしれない。
それは避けたいので、仕事に行っているアネキが帰ってくるのを待たずに家を離れることにした。
城の前に勢揃いした執事・メイド・おふくろに見送られながら車に乗り込む。
ドアを閉めた運転手が運転席に座り、エンジンがかかる。
今生の別れのように悲惨な顔をして泣く見送りの面々に苦笑しつつ手を振り、車は城の門へと向かう。
季節の木々が楽しめるように植木が施された道を通り、
バックミラーに映る城が小さくなるにつれて、少しだけ胸の奥が涼しい思いがした。
10時間におよぶ飛行機での移動は、快適ではあるけれど、退屈だった。
座り心地の良い椅子に体を預けながら手元の本や雑誌を手に取ってみるが、オレの興味を引くものはない。
大きなスクリーンに映されたものは先日ヒットした大衆向けの映画。
アネキが元彼と見に行った時におもしろかったとはしゃいでいたのが記憶に新しい。
・・・やばい。腹が痛い。
不可抗力とはいえ、アネキのことを考えるのはあまりにも危険だ。
スクリーンを見ないように目を閉じて、他のことを考えて気を紛らわせることにした。
これから向かう日本という場所、そこで暮らす10代目。
やはり今オレの頭に浮かぶのはそのことで。
送られた写真を思い浮かべ、10代目への期待を膨らませていた。
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