成田空港に着いて外で待機していた車に乗り、イタリアから別便で送ったダイナマイトとタバコを受け取る。
そのまますぐに車は発車し、途中、10代目の通う中学校の前を通ってから
オレが住むことになっているマンションに到着する。
運転手がドアを開けるのを待って、車を降りた。

「学校には歩いて通うから、お前もイタリアに戻っていいぞ」
「いえ、隼人様。奥様から隼人様の足になるようにと仰せ使いましたので、送り迎えをさせて頂きます」
「そこまで世話してもらわなくてもいい」
「ですが隼人様・・・!」

おふくろの命令には背けないとでも言うのか、なおも言い募る運転手を安心させるために言葉を続ける。

「おふくろにはオレから言っておく。残ろうとするお前をオレが無理やり追い返したって」
「しかし・・・」
「それに、お前が届けてくれたコレもあるから。何も心配はいらない」
「隼人様・・・」

先程受け取ったスーツケースを胸の位置まで持ち上げて笑いかけると、運転手はやっと引く気になったようで。

「分かりました。・・・もし私どもの力が必要になりましたら、ご遠慮なく仰って下さいね。すぐに駆けつけますから」

それでも念を押すことを忘れないのはさすがだと思った。

「ああ。その時はよろしくな」
「かしこまりました。それでは隼人様、失礼致します」

深々と頭を下げた運転手に背を向けて、これから住む部屋へと向かった。



スーツケースから取り出した鍵でドアを開け、中に入る。
用意されていたスリッパに履き替えて廊下を通り、突き当たりにあるリビングの扉を開けた。
中央のテーブルの上に、紙袋がひとつ置いてある。
スーツケースを床に置いてその袋の中を見ると、中学校の制服が入っていた。
そういえば日本の学校では生徒は皆同じ服を着ないといけないんだったな。
個性のかけらもない白いシャツを眺めながら、小さくため息をついた。

手早く服を着替えて、ダイナマイトとタバコを服に仕舞い込んだ。
ずしり、と特有の重みが加わって、いつもの調子を取り戻す。
転入手続きの書類と10代目の写真を手に取り、部屋を出た。



マンションから歩いて10分の中学校は、授業中なのか思っていたよりも静かだった。
かすかに聞こえるのは体育館らしきものから発せられる人の声くらいだ。
そんなことを考えながらグラウンドを突っ切り、校舎に入る。
上靴を持ってくることを失念していたため、来客用のスリッパを拝借することにした。
『ご用の方は二階の事務室までお越しください』
という立て看板に誘導されるように二階へ上がり、右手に見えた事務室へ向かう。
ガラス戸を軽くノックして人を呼ぶ。

「はい、どうしました?」

制服を着ているせいか、生徒に対する接し方をされる。

「転入の手続きはどこですればいいんだ?」
「えっと、保護者の方はいらしてる?」
「いや、オレだけだ」
「保護者の方もいらっしゃらないと手続きができないわ」

事務員の女の言い分に、顔をしかめる。

「父親と校長の間で話がついてるはずだけど」
「え・・・?」

あたふたと慌てる事務員を見ると、どうやら下の方まで話が通っていないようだ。
時間や手間がかかりそうでうんざりする。
とにかく校長に会えさえすればすぐに済むのだから、
勝手に校長室に行こうと思ったところでその事務員が表情を変えた。

「校長先生!」

その言葉に後ろを振り返ると、ぼんやりしたじいさんがのろのろと歩いていた。

「校長先生、この子の転入手続きについて、何かご存知ですか?」

ん?と首をかしげながらオレの方へ近づいて顔を無遠慮に見ると、得心したように頷いた。

「獄寺隼人君だね?」

その言葉にこくりと頷くと、付いてきなさいと言われた。
何だか納得のいかない顔をした事務員に話は聞いてるからと声をかけてオレを校長室まで案内した。

「すまないね。てっきり明日来るとばかり思っていたから、まだ他の職員に話していなかったんだ」

校長室に入ってからはトントンと簡単に事が運び、明日からここに通えることになった。
すでに親父と校長の間で話はついていて、オレが書類を届けて手続きは完了ということだったようだ。

「今日はこれで帰っていいよ。それともどこか見学してから帰るかい?」
「1−Aの授業風景を見たいんだけど」

10代目の様子を見ておこうと思ってのことだったのだが、
校長は明日から一員になるクラスのことを少しでも知っておこうとするえらい子という目でオレを見ている。
ガサゴソと全学級の時間割を探りながら「あ」と思い出したように声を上げる校長。
そちらを見るとニコニコとオレを見ながら校長室の窓から見える建物を指差した。

「1年生は今日は体育館で球技大会をしているよ」

それだけ聞くと一礼してから移動してドアに手をかける。
そこで校長は本当はダメだけど、そのままスリッパで見てきたらいいよ、と言ってくれた。
もう一度礼をして校長室を出る。
静まった校内の中で唯一にぎやかな体育館へと向かった。



体育館に入るとワーワーと休み時間のような喧騒が耳を突く。
どこからだと館内を見渡せるだろうか。
舞台裏を移動していると、光が漏れている場所を見つける。
そこから向こう側を覗いてみると、ちょうどバレーボールをしているコートが見渡せた。
まだ試合は始まっておらず、コートの中にも外にも10代目はいなかった。
今ちょうどどこかに行っているだけなのか、今日は休みなのか分からなかったが、
もう少し待ってみようと扉に背を預け、ポケットから取り出したまっさらなタバコの封を開ける。
銀紙を破って中から1本取り出し、口に銜えた。
元通りポケットにタバコを戻した手でライターを取り出し、火をつける。
ジッ、と音を立てて暗い空間に火が点る。
それを口元に近づけてタバコの先を焦がした。
ライターも同様に仕舞ったところで、ワァとコートの方が騒がしくなる。
煙を立ち上らせながら、肩越しにコートを見る。
ふわふわとした栗色の髪の毛、気の弱そうな表情、想像していたよりも華奢な体。
それでもそこに現れたのは写真で見たものと同じ顔だった。

「・・・・・あれがファミリーの10代目か・・・」

10代目が現れた途端に体育館に活気があふれ、皆が期待に満ちた表情で10代目を見る。
この学校での10代目の支持率は上々。
ボスの素質は十分にあり、か。
照れ笑いを浮かべている様子から、独裁政治を行っているようには見えない。
むしろ頼まれたら拒めない、お人よしのオーラさえ見える。
主にクラスの奴らに迎えられながらコートに入る。
人数がそろったところで試合が始まり、相手のサーブが10代目に向かう。

ズム

体育館に響く何とも不思議なその音は、10代目がボールを打ち返したものではない。
構えた手の下でバウンドしたボールは絶妙のコントロールで10代目の腹にぶち当たる。

「・・・?」

確か10代目は、スポーツが万能じゃなかったか?
目の前の信じられない光景に、生徒たちもオレと同じ反応をしている。
奴らの反応から察するに、たぶん普段の10代目はあんなんじゃないはずだ。
普段は何でもそつなくこなすから、今のミスに驚いているのだ。
そうだそうだと自分を納得させて、10代目の動向をうかがう。

ドスッ スカッ ズデーン

・・・・・・・。
は?
何?何だあれ。何やってるんだ?
最初の失敗はたまたまじゃなかったのか?
そう思っている間にも10代目は体にボールを受け続け、
最後にはコートを出て足を引きずりながら体育館を出てしまった。
あれくらいのことで足を痛めるのか?
それくらいの怪我で戦友を置いて自分ひとりで逃げてしまうのか?
自分の想像していた10代目像とあまりにもかけ離れていて、
むしろ人間としてもどうかという行動を取る10代目に
オレは呆れを通り越して怒りに震えた。
あんな奴が10代目なんて、絶対に認めない。
オレの手で、懲らしめてやらないと気が済まなかった。
相手よりも一人少ない状態で試合を続けているAクラスの選手をもう一度見てからオレは体育館を後にした。

ムシャクシャとした気分で正面玄関に向かい、靴に履き替える。
校門を目前にしたところでワアアッ!とひときわ大きな歓声が体育館から聞こえたが、
オレが体育館を振り返ることはなかった。


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