ここのところ、オレはぼんやりと考え事をしていることが多い。
もちろん、授業中だからって、数式に頭を悩ませている訳じゃない。
教科書の問題なんて、とっくの昔に放り出している。
今オレの頭の中を占めているのは獄寺君のことだ。
今日は9月8日、明日は獄寺君の誕生日。


9月8日


去年、オレの誕生日を獄寺君ひとりだけが覚えていてくれて、
獄寺君だけがオレのためにプレゼントを用意してくれていた。
病室で渡されたのは上品な包装紙に包まれた四角いものと、真っ白なバラの花束。
この後に入院した時に赤く染まった白いバラをもらったこともあったけど、
この時はちゃんと、白いままの白いバラだった。

イタリア男なイメージのある(あらゆる意味で日本人離れした)獄寺君のことだから、
抱えきれないくらい大きな花束を用意しそうだと思ったけど、
意外と普通の大きさだった。(それでも立派な大きさだ)
白いバラに白い小さな花が添えられていて、
緑の葉っぱとのコントラストが綺麗だと思って眺めていると、
「バラの花の数は、13本なんですよ」なんてちょっとはにかんだ笑顔で言われた。
その光景を頭の中で認識した途端に顔が真っ赤になってしまって、
花束に顔を埋めて小さな声で「ありがとう、嬉しい」と言うので精一杯だった。
返された「喜んでいただけて、オレも嬉しいです」という言葉の甘い響きと、
花束から香る甘ったるい香りが、オレの胸に甘くしみこんだ。

渡されたもうひとつ、獄寺君に断ってから包装をはがすと、白い箱が入っていた。
箱には金色の箔押しされた文字が書いてあったけど、外国語だったので読めない。
後で母さんに見せると、なんとかかんとかっていうブランドものだって教えてくれた。
箱の中には綺麗に折りたたまれたハンカチが入っていた。
緑を基調にした大人っぽい色合いのハンカチは、
今まで自分が持っていたものとは明らかに異なっていて、
思わず「オレに?」と確認してしまうくらいだった。
そんなオレに対してにっこりと笑いかけながら、
「はい。オレがお側にいない時にも、オレの代わりにお側に置いてくださいね」とか言われてしまえば、
「う、うん・・・」と曖昧に頷くしかない訳で。
オレの微妙な返事にものすごく嬉しそうな笑顔を返されると、
出来る限り、このハンカチを持っていようと思うのだけど、
何だか高級そうなそれを持つのが慣れないというか気恥ずかしいというか、
そしてそれを何かを拭くことに使う度胸がなくて、
結局は鞄の中に入れているだけで、使ったことは一度もない。


一年近く前のことを思い出しながら、オレはやっと思考を元に戻そうと思った。
この一週間近く、暇があれば同じ事を考えている。
「獄寺君の誕生日プレゼントには、何を買えばいいのか」
獄寺君の好きなもの、獄寺君の喜びそうなもの・・・
いくら頭をひねっても、「これだ!」というものが浮かばない。
自分の中にある獄寺君のイメージを呼び起こしてみても、
「マフィアで、タバコとダイナマイトが武器」
「アクセサリーをいっぱいつけてる」
「新製品・限定物が好き」
くらいなもので。
ダイナマイトなんて贈り物にならないし、
タバコなんて、余計体に悪くしそうなものをあげる気にもならない。
アクセサリーもオレが買えるようなものでは獄寺君に似合わないだろうし、
コンビニで売ってるお菓子とかパンとかを、わざわざ誕生日プレゼントにもできないだろう。
獄寺君の欲しいもの、喜んでくれそうなものが、全然思い浮かばない。

もしこれが山本だったら、この前欲しいって言ってたCDとか、
どこに行っても見つからないっていう漫画とか、
あとウケ狙いでプロ野球チップス10袋とか。
いくらでも簡単に浮かんでくるのに、
獄寺君のこととなると、ちっとも浮かんでこない。

他にオレが獄寺君のことで知っていることといえば、
授業を受ける態度は悪い、でもすごく頭がいい。
昔はお城に住んでたみたいだけど、今はこっちで一人暮らし。
お姉さんが一人いて、とても苦手。
そんな、一緒に居れば簡単に入ってくるような情報しか持っていない。
一緒に居なくても、獄寺君を見てれば分かるようなことしか、知らない。
獄寺君が何を欲しがっているのか。
そんなことは全く、これっぽっちも、理解していなかった。

あれが欲しい、これが好きだ、そういった話を、そういえばあまり聞いたことがない。
オレと一緒にいるときは、オレの話をにっこり笑って聞いて、オレのことばかりを考えてくれて、
マフィアの話をしてくれることもあるけれど、あまり自分の話をすることがなかった。
獄寺君に、すごく気を使わせていたんじゃないかって、
それって恋人どころか友達にもなれてないんじゃないかって、
今になってやっと思い当たった。
付き合ってる人の欲しいものひとつ思い浮かばないなんて、
獄寺君にプレゼントに何が欲しいのか聞いてしまうと
そのことがばれてしまう気がして、今まで聞けなかった。
だけどさすがに誕生日の前日ともなるとそうも言っていられない。
やっぱりいらないものをあげるよりは、本人が欲しいものをあげたいと思うから、
今年は自分で考えるのはあきらめて、獄寺君に聞いてしまおうと思った。
来年こそは、獄寺君の欲しいものを、聞かなくても分かるように。
今からもっとちゃんと向き合って、獄寺君のことを見ようと思う。
やっとのことで決心がつくと、気付けば授業は残り5分になっていた。
時間よ早く過ぎろ、授業よ終われ。
少しでも早く秒針が回るように、オレは時計をにらみつけた。


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