授業終了のチャイムが鳴って、国語の先生と入れ替わりに担任が入ってくる。
終礼の出席確認、連絡事項、掃除当番、いつもと同じことが、いつもより長く感じる。
早く、獄寺君に聞きに行きたいのに。
帰る準備もすっかり済ませて、あとは終わりの挨拶を済ませるだけ。
起立、礼、さようなら
いつもの動作をほんの少し早めに終わらせると、一直線に獄寺君の席に向かった。
「獄寺君!」
「!10代目。帰りましょうか」
普段は終礼が終わると獄寺君がオレの方にやってくるのだけど、
今日は獄寺君がこっちを向くよりも先にオレが獄寺君のところまで行った。
オレの呼びかけに一瞬、びっくりしたような顔をしてから、
ふわりといつものように笑ってくれる。
その笑顔を見るとオレも自然と笑顔になって、
あぁやっぱりオレって獄寺君が好きだなぁ、と思う。
でも今日は、それと同時に心の奥がしくりと痛んだ。
帰る準備が済んだ獄寺君と並んでドアに向かい、その間にクラスメイトと挨拶を交わす。
廊下に出て、靴箱で靴を履き替えながら、獄寺君に尋ねるタイミングを見計らっていた。
ちらちらとオレの頭よりも少し上にある獄寺君の顔を見上げて。
そうすると獄寺君は今までしゃべっていた口を閉じて少し首を傾げて、オレの言葉を待ってくれる。
いつもならそこでオレが話しかけるんだけど、
周りに人がいるところでは何となく恥ずかしい気がして、何となく目を逸らしてしまった。
それでも獄寺君は嫌な顔もせずに、
またこっそりと獄寺君の様子を伺うオレににっこりと笑いかけてくれる。
その笑顔にどきどきしてしまって、なかなか話を切り出すことができない。
オレといて、こんなに嬉しそうにしてくれるのに、
オレが聞こうとしていることってどうなんだろう。
獄寺君のこと、ちゃんと見てなかったんじゃないかって、
がっかりさせそうで口に出すことができない。
口の中で何度も反芻した言葉をなかなか言い出せずに、
いつのまにか道路に並中生がいないところまで来ていた。
言いにくいけれど、そろそろ言わなければならない。
家に近づくにつれて、知り合いに遭遇する率が高まるからだ。
誰かが近くにいるよりも、二人きりの方が聞きやすいだろう。
そう思ってオレはようやく腹をくくった。
「獄寺君」
「はい、10代目」
オレの呼びかけに、前を向いていた顔をこっちに向けた獄寺君は、やっぱり満面の笑顔で。
「明日、誕生日だよね」
「!!そ、そうです!うわ、嬉しいです、10代目に覚えて頂けてるなんて」
何やら獄寺君は相当興奮した様子で、嬉しい、嬉しいと本当に嬉しそうな笑顔で言う。
これから聞く質問が、獄寺君の顔を曇らせないだろうか。
それを心配しながらも、ここまできたら言うしかないともう一度気合を入れる。
「それで、プレゼント、なんだけど・・・」
「あ、お気遣いなく!お気持ちだけで十分ですから」
またにこりと笑う獄寺君に、そう言われるとそれはそれで嫌だなぁ、と思う。
あげるものが思い浮かばないくせに、いらないと言われると嫌な気分。
これでも一応は、恋人なんだからさ。
簡単なものでも、あげたいと思うじゃないか。
オレがあげたものを、喜んで受け取ってくれる獄寺君を見たいじゃないか。
「いや、あの、さ。やっぱり何かあげたいんだけど、獄寺君が何を欲しいのかが、分からなかったんだ」
それを、本人に言うことを極力避けていたけど。
ああどうか、この笑顔が悲しそうに歪みませんように、と願って声を出す。
言ってしまってから恐る恐る反応をうかがうと、オレの予想とは反対に、獄寺君はまたにっこり笑った。
「嬉しいです、10代目。オレのこと考えてくれてたんですね」
自分の予想とはあまりに違う獄寺君の反応に、
オレはぽかんと口を開けて、頷くことしかできなかった。
もちろん、考えてた。この一週間くらい、ずーっと。
でも、考えれば考えるほど、自分が獄寺君のことを分かってないことに気付いてしまって、
獄寺君に喜ばれることなんてひとつもないのに、って思う。
「オレは何もいりません。10代目の側にオレを置いてくだされば、それだけで十分です」
そう言った獄寺君に嘘や虚勢なんてものは見当たらず、
本当にそう思って言ってるんだってことが分かった。
でも、何となく、違うって思う。
獄寺君の言ってることが間違ってるとか、そういうのじゃなくて。
本能的に、直感的に、違うんだ、って思う。
獄寺君がそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、
それだけではオレの気が済まない。
誕生日っていう特別な日に、何か、ものを贈りたいんだ。
オレが獄寺君のことを大切に想ってるんだよって、形に残るものを。
オレは自分が思っていることを、拙い言葉でもって精一杯獄寺君に伝えた。
「でも、オレは獄寺君に、獄寺君が一番欲しいと思ってるものをあげたい。獄寺君は何が欲しい?」
獄寺君の言葉を軽く思っている訳じゃない。
だけどオレにも譲れないものがあった。
単に、好きな人にプレゼントを渡すっていう行為にあこがれる、
幼い考えなのかもしれないけれど。
ここのところ、ずっとそのことばかりを考えていたから、
それを遂行しなければならないと頭ががちがちに固まっていたせいもあるかもしれない。
そんな幼い考えに後押しされるようにオレは獄寺君の目を見つめて答えを待った。
やけに真剣な獄寺君の顔に、いつもならひるんでしまうところだけど、
今回ばかりは譲れないとオレも視線を動かさずにいる。
「オレの欲しいものは、10代目だけです」
獄寺君の口が開いて、声が聞こえて、その言葉の意味を理解して、
オレはぽかんと口を開けて間抜け面をさらした。
そしてその一瞬後、顔が熱を持ったみたいに熱くなった。湯気だって出ているかもしれない。
「そ、そりゃ、あの、嬉しいけどさ、でも、」
熱は上がる一方で、うまく考えがまとまらない。うまく口が回らない。
自分でも何を言ってるのか分からない状態で、それでもぱくぱくと口を動かす。
「獄寺君に、オレの気持ちとして、プレゼントを贈りたいんだよ」
さっきまでのオレはどこへ行ったのか、
視線をさまよわせながらしどろもどろな口調で、やっとのことで告げる。
そんなオレを見て笑うでもなく、獄寺君は真剣な顔のままで言葉を続けた。
「10代目がずっとオレの側にいてくれることで、証明になりませんか?」
ふらふらと落ち着きのない視線をもう一度獄寺君に向けて、
その言葉の意味を考える。
「今年も来年も、10年後も、ずっと、ずっと。
オレが死ぬまであなたがオレの側にいてくれれば、
それはあなたがオレのことを想ってくれてる証明になりませんか?」
いつもの笑顔だってずるいと思うけど、こんな真剣な表情も反則だと思う。
ちゃんと説明できたとは到底思えないオレの言葉でも、
オレが何を思っているのかちゃんと理解してくれて、
だけど獄寺君自身の望みっていうものを曲げることなく
オレが納得できるように言葉をつむいでくれるのに、
獄寺君のずるさというか、まっすぐさというか、したたかさなんていうものを感じた。
結局オレは獄寺君には勝てないんだなぁって、少しだけ悔しく思って、
あまり良くできていない脳みそで考えた結果、
「それって、毎年、オレがプレゼントになるってこと?」
オレが獄寺君に贈るプレゼントってやつは、オレなんだよな?って、確認をした。
「あ、いや、10代目を物扱いしている訳ではなくてですね・・・!」
今度は獄寺君の方が慌てだして、真剣だった顔は普段の表情に戻った。
笑顔の次によく見る、困った顔。
「オレ、本当に、特に欲しいものって思い浮かばなくて、
わがままが許されるのなら、ずっと、10代目が側にいてくれたら、って・・・」
獄寺君の困った顔がしゅんとうなだれる瞬間、オレの心臓はぎゅう、と締め付けられる。
そんな獄寺君を見ていたら、オレができることなら全部してあげたい、甘やかしてあげたいって思ってしまう。
だって、獄寺君が唯一欲しいもの、いつも尊重してくれるオレの意見よりも譲れないもの、
君の一番がオレだなんて、すごく嬉しいことじゃない?
「分かった。明日一日、ずっと獄寺君の側にいるよ」
オレの言葉に獄寺君はものすごい勢いで顔を上げて、
目を大きく開いてオレの顔をのぞき見た。
にっこり笑ってみると、獄寺君はふるふると肩を震わせて、
「嬉しいです、感激です、10代目ー!!!」
なんて大きな声で言って、抱きついてきた。
誰もいないとはいえ、さすがに道路の真ん中で抱き合うなんてちょっと恥ずかしいので遠慮したいのだけど、
オレが腕を突っ張ったところで獄寺君の体を引き剥がすことなんてできるはずもなく。
獄寺君の体の方がオレの体よりも大きいから、
オレの顔はたまに通り過ぎる人たちに見えないのがせめてもの救いだったけど。
せっかく一大決心をして獄寺君に聞いてみたのに、プレゼントが決まらなかった。
何もいらないって言ってたけど、獄寺君だって自分の意志を曲げなかったんだから、
オレだって勝手にプレゼントを考えて贈ってやろう。
ありきたりなものしか思い浮かばないけれど、一応、考えてたものもある。
明日はプレゼントを持って、オレも一日だけ獄寺君へのプレゼントになろう。
だけどオレが獄寺君の側にいるって、いつもとあんまり変わらないと思うけどな。
ほんとにそんなのでいいのかなって思ったけれど、
10代目ー!と叫びながら未だにぎゅうぎゅう抱きついている獄寺君を見ると、
本当にそれでいいのかもしれない。
さてこれからどうやって離してもらおうかと考えるオレの顔は、
この一週間には見られなかったほど嬉しそうに笑ってるんだろう。
End
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・・・・・9月8日・・・・・?
はじめはこの流れで9日まで持っていくつもりだったのに・・・勝手に終わった・・・。
(そもそも8日のエピソードが長すぎる)
・・・次は5927小説だと思ってたのに・・・また獄誕小説書くのか・・・。
自分的にはこれで獄誕と言い張ってもいいんだけど、でもやっぱり違うよね。
満足できたような、できてないような・・・。
短くても、やっぱり9日のお話書かなきゃ・・・がくり。
(2005.10.10)
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