「ツーナー、はやくはやくー!」
「あーもうランボ走るな!」
じわじわと太陽が焼きつける中、オレは獄寺君と二人で歩いている予定だった。
並盛神社の花火大会をみんなで見に行ったあと、
獄寺君がこっそりと、今度は二人で見に行きましょうと誘ってくれた。
みんなと見る花火ももちろん楽しいけれど、二人きりというのはまた違う楽しさがある。
並盛神社の一週間後にある並川花火大会。
この日までずっと楽しみで浮かれてたもんだから、意地悪な赤ん坊に気づかれないわけがなかった。
「ツナ、今日は獄寺と花火大会に行くんだってな?」
花火が始まる前、お昼から遊ぼうと約束して
獄寺君が迎えにくる前から張り切って外に出ようとしたそのとき、
くつを履こうと廊下に座り込んだ背後から、リボーンのいやな声が聞こえてきた。
手を止めて後ろを振り返るとニヤリといやな笑顔を浮かべたリボーンと、
そのさらに後ろで台所からこちらを覗き見ているランボの姿が目に映った。
たらりと背中を汗が落ちる感触がした。
「ツナ、花火大会行くのか?」
「えっ、と・・・」
期待に満ちたチビの目にひるむ。
「行くんだよな?ツナ。獄寺と」
「えっ・・・とぉ・・・」
しらばっくれたい。
めちゃくちゃしらばっくれたい。そして逃げたい。
「花火大会、行くの?ランボさんもー、一緒に行ってあげてもいいんだけどな?」
「あら、ツっくん、獄寺君と花火大会行くの?」
「いや、あの・・・」
「いいわねー、教えてくれたら母さんも行けたのに」
「えっと、だから・・・!」
今度は母さんとイーピンまで台所から顔を出してきた。
この流れは非常にまずい。
「お邪魔します!10代目ぇー!お迎えにあがりました!」
ばたん、と大きな音がして、獄寺君が最悪のタイミングで現れた。
「いらっしゃい、獄寺君。ツナと一緒にランボくんとイーピンちゃんも花火連れてってくれないかしら?」
「へっ!?」
「リボーンちゃんはどうする?」
「オレは今日はママンの手伝いするって約束だからな」
「うふふ、リボーンちゃんありがとう」
オレたちの都合を考えず、勝手に話が進んでいく。
「獄寺君、おちびちゃんたちもお願いしてもいいかしら?」
「・・・・・ハイ」
こうなってしまうとオレたちに勝ち目はなかった。
そんな出発前の悪夢を思い出しながらため息をひとつ。
悪夢は覚めずに今も続いているわけだけれど。
「・・・10代目、すみません。オレが断りきれなかったばっかりに・・・」
「いや、獄寺君だけのせいじゃないから。オレも逃げ切れなかったし。別にチビたちがいても、楽しいのは変わんないしね」
「・・・はい、10代目!」
獄寺君が母さんのお願いを断れるはずもないし、
オレがチビたちに見つかった上で逃げて遊びに行くこともできないし。
チビたちというお荷物ができてしまったけれど、獄寺君と一緒なのは変わりない。
それならば、獄寺君と一緒の花火大会は楽しいに決まっている。
前を走るチビたちに時折注意をしながら、会場への道を獄寺君とくっついて歩いた。
やってきた河川敷はすでに人でいっぱいだった。
みんなレジャーシートを敷いて思い思いにくつろいでいる。
そういえばオレ、なんにも用意してきてなかったなぁ。
レジャーシートの間を通り、少し広い隙間を見つける。
「あんまり近くても見ていて首が痛いでしょうし、この辺にしましょうか」
「うん」
獄寺君の言葉に頷いて立ち止まる。
獄寺君は肩からかけていたかばんを地面に置いてひざをつくと、
中からレジャーシートを取り出した。
「あ、獄寺君、持ってきてたんだ?ありがとう!」
「はい、えっと・・・お母様に持たせていただきました」
「え、母さん?」
はい、と獄寺君はもう一度頷いて、どうぞ、とレジャーシートの上に座布団を置いて勧めてくれた。
とぼけた振りをして、母さんまで最初から知ってたんだ。
よく見れば確かに見覚えのあるレジャーシートと座布団。恥ずかしい。
少しうつむいて座布団に座ればすかさずオレの周りに影ができた。
「日傘・・・?」
「はい!今日はお母様から10代目のことを任せていただいてますからね!
日射病予防の日傘に脱水症状対策のスポーツドリンク、それから最近雷雨がひどいですから避雷針も完備です!」
「ぐぴゃ!」
「それ避雷針ていうかランボだよね」
「そうとも言いますね」
獄寺君の立ち直りの早さに思わず笑みをこぼしてしまう。
今日はもうデートというより任務になってしまったようだ。
誇らしげに日傘とランボを両手に掴む獄寺君に顔を向けると、
ニカッと音がするようなまぶしい笑顔にぶつかった。
まぁそれでも、オレにとっては変わりないし。
獄寺君の手から日傘を受け取り、ランボを逃がした。
「そういえば今日って雨降るのかなぁ」
「天気予報では晴れのち雨、って言ってたような気がします」
「えー・・・降らないといいけど・・・雨降ったら花火中止かなぁ」
「少しくらいの雨ならやるみたいですよ」
「そっかあ」
日傘の端から空を覗く。
日差しも強く気温も高いのに、空の端っこは黒っぽくなっている。
単に日が暮れてきているのならいいけれど、雨雲だったりしたら困るなぁ。
空の様子を気にしながら、途中の屋台で買ってきていたフランクフルトやイカ焼きを食べる。
シートの隙間をうろうろと走っていたランボとイーピンも戻ってきて、
花火が始まるまでは行楽気分を味わった。
そうこうしているうちに空は暗くなってきて、月がきれいに輝いていた。
分厚い雲も月をよけるようにして、空の真ん中を開けて端の方にたまっている。
ああよかった、これなら大丈夫だろうな。
そう思ったとたん、ランボがくぴゃっと声を上げた。
「ランボ、どうした?・・・あっ」
「10代目・・・?あっ・・・」
ぼつっ、と日傘に雨が落ちる振動を感じた。
獄寺君も声を上げて空を見上げているから、雨が当たったんだろう。
イーピンも急いでオレの日傘の下に入ってきた。
「ほら、ランボもこっちおいで」
「やだやだーオレっち傘なんていらないもんね・・・くぴゃあ!」
それまで溜め込んでいたものを我慢できなくなったみたいに、
空から大粒の雨がたくさんたくさん降ってきた。
ランボを引っ張って傘の中に入れ、イーピンとランボを抱き寄せて、
ぎゅうっと日傘の柄を握りしめながら体を小さく丸まらせた。
「10代目、失礼します」
獄寺君が母さんから持たされたという鞄を日傘の中に避難させた。
獄寺君はその中からタオルを出して自分の頭にかぶせ、
それから黄色いレインコートをランボに、ピンクのレインコートをイーピンに着せる。
雨に濡れても平気になった二人はまた元気に傘の外へと飛び出した。
「獄寺君、それで大丈夫・・・?」
「はい、2枚重ねてるから結構大丈夫ですよ」
ぼたぼたと雨は重みを持って落ちてくる。
はじめは間隔をあけて落ちてきていたそれも、すぐに雨脚が強まってきた。
オレは傘で受け止めているが、直接体に打ちつけられている獄寺君は本当に大丈夫なのだろうか。
日傘を獄寺君の方にも差しかけようと思ったけれど、すぐにやみますよ、と言って断られてしまった。
ゴロゴロと遠くの方で雷も鳴り始めた。
突然降り出した雨に、他の人たちもオレたちのように
日傘を差したりレインコートを着たりしてしのいでいる。
そのどちらも持っていない人たちは
それまで敷いていたレジャーシートを引っ張りあげて、それをかぶって雨を防いでいた。
しばらくしてもやまないどころか激しさを増す雨と雷に、
ついには荷物をまとめて帰り始める人たちも現れた。
今日はもう花火大会は中止なのかもしれない。
開始時間まであと20分、河川敷にそんな空気が漂い始めたそのとき、
ヒュゥゥウウ・・・と空を裂くような音がした。
ドン、ヒュゥゥウウ・・・ドン
その音につられるように空を見上げれば、
小さな花火がふたつ、打ち上げられて咲いていた。
「花火だ花火だー!」
「〜〜〜〜!」
ランボとイーピンはさらに元気よく飛び跳ねる。
周りの人たちも思い思いに口を開き、帰りかけた人たちも何人か立ち止まった。
「始まりますね」
「うん、雨でもやってくれるんだねー!」
少しあきらめかけていたところだったから喜びも倍増だ。
話しかけてきた獄寺君に返事をして、また視線を空へ向ける。
そうすればすぐにいくつもの花火が打ち上がった。
ワァ、と歓声が上がる。
大小さまざま、色とりどりの花火にオレも一緒に声をあげた。
「わぁ・・・」
すごい。
闇の中に一筋の光が上っていき、はじけて大きな花が開く。
光で描かれた花もきれいだったけれど、その花びらがひらひらと落ちていく様子もまたきれいだった。
ドン、ドン、といくつもの花火が打ち上がる。
黄色、赤、緑、紫。いろんな色の花が咲く。
ひとつひとつ開くもの、重なり合って開くもの、
時間差で打ち上がっていく花火、そのどれもがきれいだった。
一人、また一人と座っていたみんなが立ち上がる。
勢いの止んだ小雨の降る中、シートをかぶって。
それでもオレは大輪の花火に圧倒されるように、じっと座って見上げていた。
「10代目・・・」
横から獄寺君に呼びかけられる。
少し空から目を離して、獄寺君を振り返る。
すると獄寺君はいつの間にか傘の中に入ってきていて、
思っていた距離よりも近くてびっくりした。
びっくりして、ぱちり、ひとつ瞬きをしている間に、唇にキスをされてしまった。
「ごっ、獄寺君・・・!」
すっとすばやく離れる獄寺君に遅れ気味に驚きの声を上げる。
「みんないるんだから・・・!」
「大丈夫です、みんな花火を見てますよ」
確かに、みんなの視線は空に上がる花火に釘づけだ。
それに日傘を差しているから、後ろからも見えないだろう。
そう思ったら、今日くらいはいいかもしれない、なんて思う。
もちろんこの1回きりだけど。
「きれいですね」
獄寺君の声に、また視線を空へ向けた。
色とりどりのきれいな花火。
小さいものから大きなものまで、
そのどれもがそれぞれの美しさで心を引きつけた。
「きれいだね」
花火が上がるたびにシートの下で肩を寄せ合う恋人たちの影が映し出される。
オレと獄寺君は座ったまま、日傘の下からその影の上に上がるいくつもの花火を眺めていた。
End
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あとがき
文章目次
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