ひょろり、上を向いて揺れる細いしっぽ。
ゆらゆらと揺れながら、オレの前を行ったり来たり。
部屋の主はオレのためにココアを入れてくれているようで、
物騒な音がする台所には立ち入り禁止。
オレと瓜はそれぞれ台所の様子をうかがいながら獄寺君を待っていた。
あかいほのお
リボーンは近ごろ用事があるとか言って、オレの勉強の面倒を獄寺君に任せていた。
たまにふらりと帰ってきては抜き打ちテストだ抜き打ち修行だと横暴を働くこともあるけれど、
それ以外はとても平和に過ごせている。
どうせその用事っていうのも、オレにとって迷惑で大変なことの準備に間違いはないんだ。
リボーンが戻ってくるまでのささやかな休息、めいっぱい獄寺君に甘やかしてもらおう。
そう思って今日も学校帰りに獄寺君の家に寄らせてもらってるんだけど、
「にょおん…」
オレのほかにもう一匹、獄寺君が世話を焼くヤツがいた。
小さな体に長いしっぽ。
見た目は猫で、実は匣兵器。
ご主人さまとおんなじわがままで、
匣に戻らずに獄寺君ちで気ままに暮らしている。
瓜なんて名前もつけてあげて、獄寺君はこの猫にほだされてしまった。
なんだかんだと言いながらも猫のわがままも許してやってる。
オレが獄寺君の部屋に遊びに来たときも、オレが獄寺君の部屋から帰ったあとも、
瓜は獄寺君の部屋で獄寺君と一緒に過ごしているんだ。
なんてうらやましいヤツなんだろう。
「にょおん…」
にらみつける対象を教科書から瓜に変えて、じりじりと視線で焼きつけていく。
瓜はそんなオレをまったく相手にせず、獄寺君のいる台所に向かって甘えた声で鳴き続けていた。
炎が切れかけてるんだ。
瓜が獄寺君に甘えるのは、腹が減ったときか、炎が切れかけてるとき。
炎が切れると瓜は匣に戻ってしまう。
腹が減ったときよりも深刻そうな、すがるような泣き声なのは、匣の中に戻りたくないからだ。
少しだけ、かわいそうだなぁ、と思う。
ああオレも、結局瓜にほだされてしまってる。
瓜が匣に戻ったら、獄寺君に甘えるのはオレだけになる。
獄寺君が気にかける瓜がいなくなったら、オレが獄寺君をひとりじめできるのに。
首にかけたチェーンをはずし、大空のリングを指にはめて、冷たいリングに意識を集中させて炎をともす。
リングの上に燃え上がるオレンジの炎を瓜の口元に近づけた。
「ほら、瓜。炎切れかけてるんだろう?オレの炎でも大丈夫だと思うよ」
匣を開くことができるのは、その匣と同じ属性の炎だけ。
けれど大空の炎だけは例外で、すべての匣を開くことができる。
嵐の炎で外に出た瓜だけど、大空の炎を取り巻くこともできるだろう。
やったことないから分かんないけど、たぶん。
じっ、と近づけた指を見つめてくる瓜に少し体が後ずさる。
いくら体が小さくても、いくら獄寺君の匣兵器でも、怖いものは怖い。
鋭い爪、鋭い歯、鋭い目つき。
びくびくしながらもほらと炎を近づければ、
ギン、と誰かを思わせる鋭い視線でオレの動きを封じ込め、
オレの差し出した炎には見向きもせずに、そのままオレに尻を向けてにょおんと鳴いた。
ガチャリとドアが開く音がして、獄寺君がリビングに入ってきた。
にょおん、にょおん、こんなときだけ甘えるような声で鳴いて、獄寺君の足元にまとわりつく。
引っ込みがつかないこの炎、どうしてくれる。
「10代目、お待たせしました」
オレのことなんて無視する瓜は、歩く獄寺君の足に器用に体をこすりつけて、長いしっぽを絡ませている。
その様子を見ながら、ぐ、とこぶしを握って炎をかき消した。
「フォームミルク、今日はちゃんと作れましたよ。機械の野郎を手玉に取ってやりました!」
トレイを持った獄寺君は、持ち上げた足でもう一方の足にまとわりつく瓜を邪魔だとあしらっている。
足から引き剥がされた瓜はそれでも負けずに今度は獄寺君の足の内側にすり寄ってしっぽをくるりと絡ませた。
「にょおん」
「見てください、10代目!なかなかうまくいったでしょう」
テーブルに置かれたカップの中にはふわふわに泡立ったミルクと、その真ん中に生クリームが乗っている。
ココアとミルクが混ざった薄い茶色を背景に、雨のしずくみたいな丸くてとんがった形の生クリームが浮いていた。
「わぁ、本当だ、すごくうまくできてるねぇ。富士山だろう?」
前はうまく泡立たなかったミルクと生クリームでいきなり難易度の高い猫なんかに挑戦したものだから
結局すぐにクリームが伸びて色の反転した牛のようなのっぺりとした模様になってしまった。
だけど今回は泡の上で生クリームがしっかり形を保っていて、シンプルな模様だからちゃんと分かる。
いつだったかオレの部屋で獄寺君が粘土で作った富士山の形そっくりだ。
そう自信をもって言えば、獄寺君は目に見えて落ち込んだ。
「……10代目の、大空の炎です」
わあ。
「あっ、そ、そっか…。うん、うん。そうだよね、ちゃんと燃え上がってるとこ作ってくれたんだよね。あ、ありがとう…!」
「いえ…」
あわててフォローを入れてみたけど
獄寺君は隣でずーん、と音を立てながら落ち込んでしまった。
そんな獄寺君を横目で気にしながら、カップにスプーンを差し入れてくるくるとかき混ぜる。
ふわふわなミルクの泡と生クリームの塊がくるくる回る。
獄寺君の力作はだんだんとココアに溶け込んで、薄い茶色一色になった。
料理や絵がうまくなくたって、オレは獄寺君がオレのためにとココアを入れてくれるのが嬉しい。
あったかいカップに口をつければ、自分で作るココアとはぜんぜん違う、優しくてまろやかな味がした。
「おいしい」
ぴくり、下を向いて落ち込んでいた獄寺君が、オレの言葉で顔を上げる。
本当に?そう言いたそうな顔ににっこりと微笑めば、不安そうな顔はすっかり嬉しそうにとろけてしまう。
まるでふわふわのミルクみたいだ。
やわらかくてあたたかくて甘ったるい、獄寺君の笑顔。
オレが笑うだけで嬉しそうにしてくれる獄寺君に少しだけ恥ずかしくなって、でもやっぱり嬉しくて、
もう一度ココアを口に含めば、すっかり存在を忘れていた瓜が鳴き声を上げた。
「獄寺君、瓜、炎が切れかけてるみたい」
オレってすげーやらしいヤツ。
自分の中が獄寺君でいっぱいになってやっと、瓜にも優しくしてやれるんだ。
獄寺君はオレに言われてからようやく膝に首をこすりつけている瓜に視線をやった。
「ったく、いっぺんくらいオレの言うこと聞いて匣ん中戻れっての」
「にょっ…!」
「ほらよ」
炎をもらえると思って離れた瓜のおでこを軽く小突いて、リングに赤い炎をともす。
獄寺君の心のように、激しく優しい、澄んだ赤。
普段なら噛みついたりひっかいたりする瓜も、素直に差し出されたそのきれいな炎を舐め始めた。
仲が悪いように見えて、結局、瓜は獄寺君の炎しか摂らない。
獄寺君も瓜が炎を舐める様子を見ながら優しそうに微笑んでいる。
瓜は十分に炎を摂り込んだあと、ぺろりと獄寺君の指をひと舐めしてからふいと体をひるがえした。
「にょおん」
満足げにひと鳴きして、とてとてとフローリングの上を歩いていき、
少ーしだけ開いていたベランダへと通じるガラス戸の隙間から体を細くして通り抜け、
そしてそのまま、ベランダの柵から下へ、真っ逆さま。
「えっ!ちょっ、瓜!落ちた!獄寺君、瓜!!」
ここって結構上の階じゃなかったっけ!?
オレいっつもエレベーターで昇ってくるよね!!?
「いいんですよ、10代目。あいつ、いつも窓から出ていきますし、帰ってきます。猫…つーか匣兵器だから大丈夫なんじゃないですか」
「テキトーだな!」
思わず声を荒げてツッコむと、獄寺君はガラス戸を閉めながらきょとんとした顔で振り返る。
まっすぐすぎる視線が痛い。
匣兵器とはいえ、飼い猫がマンションのベランダから落ちてしまうのは
もう少しあわててもいいことじゃないんだろうか。
オレが驚いたことに本気で見当がついていない獄寺君は
子どものように純粋な顔をしてはてなマークを浮かべている。
なんだかオレの方が間違っているような居心地の悪さにそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「…うん、なんでもない」
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