「あれ・・・ごく、でらくん・・・」
寝起き特有のぼんやりとした、甘い響きのある声に名前を呼ばれる。
嬉しいようなくすぐったいような、どきどきする感覚に胸を弾ませながら、
おはようございます、と驚かさないように小さな声で話しかけた。
「戻って・・・?、オレ・・・え、寝てた・・・?」
少しずつ覚醒していく10代目の脳が、ひとつひとつ状況を把握していく。
10代目の瞳がオレを映し、オレの姿を認識する。
見開かれる瞳に微笑みかければ、鏡のように瞳の中のオレが笑っている。
安っぽい豆腐みたいに崩れきった顔。
しまりのないその顔を引っ込めようと四苦八苦しているオレの隣で、10代目はがっくりとうなだれた。
ひらりひらりと髪の毛に乗っていた花びらが舞う。
「ごめん、獄寺君ほったらかして寝ちゃってて・・・」
「いいえ、オレがジュース買うのに時間かかったせいですから・・・。
お待たせしてすいません、ジュース飲まれますか?」
「うん。ありがと」
10代目からの感謝の言葉に嬉しさがこみ上げる。
ベンチの端に置いたビニール袋からペットボトルを取り出した。
「あ!グレープフルーツのプァンタだ!」
「はい!10代目、こういうのお好きでしょう?」
「うん!飲んでみたかったんだよね〜。でもなかなか飲む機会なくてさ」
いただきます、と言って10代目がキャップを開けると、シュワ、と炭酸の抜ける音がする。
中身を一口含んでペットボトルを口から離すと、おいしい、と喜んでくださった。
「10代目!いっぱい買ってきましたから、たくさん飲んでくださいね!」
「え、いっぱい・・・?」
「はい!」
オレはビニール袋を移動させて10代目に見えるようにすると、
その中身を確認した10代目は難問に当たったような顔をして、それからくすくすと笑い出した。
「獄寺君らしいなぁ・・・!」
なぜ笑われているのかは分からないが、10代目のその表情と声と言葉に、熱が上がるような感じがした。
10代目がオレに向かって笑いかけてくださっている。
それだけで体の中がぽかぽかと温かくなる。
笑いかけてくださった顔が正面を向き、
10代目がもう一度ペットボトルをあおったとき、上を向いた鼻の頭に花びらが落ちてきた。
「んんん、」
花びらの感触がくすぐったかったのか、10代目は慌てて口からペットボトルを離すと、
顔を振って花びらを振り落とした。
そうすると鼻に乗ったものだけでなく、髪の毛や肩に乗ったものまでぱらぱらと地面へ降り注ぐ。
ベンチの後ろにある大きな桜の木からはなおも花びらが落ちてきて、
そしてまた同じように、10代目の髪の毛にぽとりと落ちた。
「なんでこんないっぱい落ちてくるんだよ〜」
10代目は煩わしいというよりも、チビたちの前でよくする弱った顔でそう言った。
桜の木を見上げてまた顔に花びらが落ちてきてはいけないと、
ちらりと盗み見るように後ろを見上げる。
10代目が困っているというのに、なんだか微笑ましく思えてしまう。
「それは10代目が愛されているからです」
10代目の疑問に答えれば、後ろを覗き見ていた10代目が、ぽかんと口を開けてオレを振り返る。
なにかおかしなことを言っただろうか。
大きな瞳で10代目がオレを見つめている間にまた一枚、桜の花びらが頬に落ちてきた。
「なにそれ」
「言葉のとおりです。頬に花びらが落ちてくるのも、風が髪の毛を揺らすのも、陽の光が10代目を照らすのも、
桜の精や風の精や太陽の精が10代目を愛しているから触れにきているんですよ」
あんぐりと開けていた口をゆっくり閉じて、視線をふい、と足元に落とされた。
説明が分かりにくかっただろうか。
以前山本に言われた言葉が引っかかり、うろたえてしまう。
あいつが理解できないのはオレじゃなくてあいつの脳レベルに問題があるからだが、
こと10代目に関しては、完全にオレの言葉の選択ミスだ。
おろおろとしながらもう一度説明しようかどんな風に説明すればよいのかと頭の中を回転させていると、
10代目がぽつりと声をこぼした。
「じゃあ、獄寺君も?」
「へ?」
急に振られた言葉に頭で処理が追いつかず、随分と間抜けな声を出してしまう。
「ほっぺた・・・」
「・・・ほっぺた・・・?」
「なんでもない」
ますます顔を隠すようにうつむいてしまった10代目の頬は、桜の花のように薄く染まっている。
ほっぺた。もう一度頭の中で10代目の言葉を繰り返し、はたと思い至る。
先ほどの自分の所業を思い出し、10代目と同じように頬を赤く染めてしまう。
10代目に触れるものは花や風や光だけではない。
オレが10代目の頬に唇で触れたことに、10代目は気がついていたのだ。
「じゅう、だいめ・・・」
掠れた情けない声で呼びかければ、ぴくりと10代目の体が震える。
あれが最後だと思ったけれど、身勝手にももう一度触れたいと強く思う。
伝えてはいけない思いが溢れ出してとどめていられない。
「オレも・・・いえ、オレは、花よりも風よりも光よりも、何よりもあなたのことが好きです」
赤い顔をしたままで10代目が顔を上げる。
きらきらと輝く甘い瞳はとても魅力的だった。
ペットボトルから右手が離れ、ゆっくりと持ち上げられて、近づいてくる。
髪の生え際に指が触れたと思ったら、ひらりと目の前を花びらが落ちていく。
それに気をとられていると、10代目が体を持ち上げて、指が触れていたところにやわらかいものが触れた。
目の前に白い喉元が見える。
徐々に見えるあご、唇、鼻、10代目、じゅうだいめ・・・?
脳を突くようなぞくりとした感触。
伸ばした体を元通りにして、10代目はまたうつむいてしまう。
表情は見えないが、頬や耳がさくらんぼのように赤く染まっている。
「あの、じゅうだいめ」
「うん」
「触れても、いいですか」
「うん。・・・さわって」
10代目からお許しをいただいて、赤く染まった頬に触れる。
そこは熱を持ってとても熱かった。
許可を得て10代目に触るのは初めてで、
感慨深くそのまるい頬を撫でると、ぴくりと触れたところが震える。
「・・・獄寺君、最近オレに触らなかっただろ?ついに嫌われたのかと思ったよ」
もじもじと、愛らしい様子で告げられた言葉にオレは慌てて否定した。
「そんな・・・!っ、下心のある手でなんて、10代目に触れられなかったんです」
やっぱりオレに触れられるのは嫌だっただろうか、
思わず手を引こうと手が不恰好に震えてしまえば、違う、と小さく声が聞こえた。
「ちが・・・なんか、恥ずかしくて」
自分が触れることでこの表情を引き出しているのなら、もっと触れたいと思ってしまう。
自分の存在が10代目に作用しているなんて、なんて喜ばしいことだろう。
頬に落ちた花びらをぬぐい、髪に落ちた花びらを吹いて飛ばす。
そのたびにぴくりぴくりと敏感に反応する姿はとても愛らしい。
みぞおちのあたりがくすぐったい。
10代目のそんな表情を見守っていると、10代目が顔を上げる。
「獄寺君・・・?」
どうしたの?と聞いてくる瞳に自分が映り込んでいる。
いとしい、愛しい。
湧き上がる春のような温かい感情。
風はやんで花びらはよけていく。
誰よりも何よりも、10代目が好きだ。
「大好きです」
光からもさえぎるように腕の中に包み込めば、10代目の嬉しそうな声が聞こえた。
「オレも、獄寺君が大好きだよ」
End
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携帯ページ5927Hitを踏まれましたもきちさんのリクエストでした。
「泣いても笑ってもこれがさいご」というお題をいただきました。
無理くりお題に沿わせようとした努力は見ていただきたい・・・!(甘えんな)
シリアスっぽいのをご所望だったと思うのですが・・・なんともかんとも。
微妙なシリアスまがいのものも感じ取っていただけたら・・・ええ。
(読み手に努力してもらうんじゃありません)
れみおろめんの「茜空」を聞いてたらこういう話になりました。
ツナは春のにおいじゃなくて獄寺のにおいで目が覚めたんだと思います。
んーと、少し初期っぽいですか。
ほんの少し原作を意識したツナの話し方。
まだ出来上がってない初々しさというか。
かゆい。
手前味噌であれですけど、
獄寺の世界はきらきらでいいなぁって思った。
あの子の見る世界は本当にきれいなんだろうなぁって。
それはもちろんツナに出会ってから、なんだけど。
でも13歳で出会って、そしてこの世を去るまで、あの子の世界は輝いてるんだよねぇ。
素敵なことだ。
リクエストに沿えているのかどうなのか怪しいところですが、
どこか少しでもお楽しみいただけるところがあればいいなと思いつつ。
5927Hitありがとうございました!
(2008.2.23)
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