「ファミリーの親睦を深めて来い」
その言葉と共に差し出されたチケットは4枚。
それを受け取りながらオレは痛くなる頭を抱えた。
背中
チケットの出所は新聞の料金徴収のおばさん。
母さんの足元にいたリボーンに心を揺さぶられ、
「お母さんに連れて行ってもらいなさい」と
遊園地のチケットを差し出したそうだ。
赤ちゃんはほとんどの乗り物が乗れないよとツッコミを入れてあげてもよかったが、
仕事中のおばさんには精一杯の贈り物なのだろう。
あえて何も言わないでおいた。
そして部屋に戻ったリボーンがチケットを渡しながら上のセリフを言ってのけたのだ。
「・・・遊園地なんかにマフィアが集まるかよ」
「何か言ったか」
「いいえ、何にも」
逆らえなくても言わずにはいられない意見を言ってため息を吐き出した。
どこのマフィアが遊園地で仲良く遊ぶんだ。
そう思う気持ちはいっぱいあるけど、夏休みも中盤にさしかかり、
暇をもてあそんでいたオレには正直嬉しいプレゼントだった。
「リボーンも行くんだろ?たぶんあんまり乗り物には乗れないだろうけどさ」
ファミリーの親睦というからには、ヒットマンであるリボーンも当然参加するのだろうと思っていたら、ノーの返事が戻ってきた。
「あいにくオレは忙しいんだ。お前らだけで行って来い」
いきなり振られて少し寂しくなる。
遊園地なんて誰と行けばいいんだ?
き、京子ちゃんなんてオレが誘えるわけがないし、
山本・・・は確か野球部の合宿中。
ハルは家族と旅行に行ってるみたいだし、
そうなると・・・
「獄寺君・・・?」
「奴は今日、空いてると言っていたぞ」
「何でそんなこと知ってんだよ」
「ファミリー間で連絡を取り合うのは当たり前だ」
「あぁ、そう」
リボーンと獄寺君は実は結構つながっているようで。
オレがいない時にもちょくちょく会っているみたいだ。
何だか胸の中がもやもやする感覚を振り切るように、立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと電話してくるよ」
「その必要はないぞ」
「何で?」
「オレが連絡をしておいた」
ピンポーン 10代目ー
早っ!
リボーンがチケットを入手してからすぐに連絡したとしてもまだ10分くらいしか経っていない。
行動の早さに驚きつつも、ドアを開けなくても誰が来たのか丸わかりな彼を迎えるために階段を下りた。
「いらっしゃい、獄寺君」
「こんにちは、10代目!」
いつも通りの獄寺君の満面の笑顔。
心の中のもやもやがすっとなくなっていく感覚。
かばんを取ってくる間、獄寺君に少し玄関で待ってもらうことにした。
電車に揺られること30分。
もうすぐで閉園してしまうという噂のある遊園地に到着した。
でもさすがに夏休みということもあって、それなりの込み具合だ。
入り口で乗り物のフリーパスを買って入園する。
「獄寺君!どれから乗ろうか!」
はじめは乗り気じゃなかったオレも遊園地独特の雰囲気に飲まれてうきうきしていた。
オレ以上にうきうきしているのが隣にいる獄寺君で、言葉には出していないけど、顔がすべてを語っていた。
園内の地図を見てみると、現在地の近くにジェットコースターがある。
「あっちにジェットコースターがあるみたいだよ。行こう!」
「ジェ、ジェットコースターですか・・・」
「? あ。もしかしてあんまり好きじゃない?」
「いいえ!平気です!行きましょう!」
「あ、待ってよ!」
獄寺君の様子が少し気になったけど、
オレの前をすたすたと歩いていく彼に置いていかれないよう慌ててついていくうちにそのことを忘れてしまった。
ジェットコースターはやはり人気のようで、他の乗り物よりも長い列ができていた。
とはいえ、10分も並べばすぐに順番が回ってくる。
「前からおつめください」
係りの人の指示に従ってシートに座る。
シートベルトをして、安全バーをおろす。
体をがっちり固定した時、隣に座る獄寺君が震えているのに気づいた。
「・・・獄寺君?」
「はい、何でしょう・・・」
「もしかして、ジェットコースター、苦手?」
「ソッ!そんなことないでスよ!!?」
あ、駄目だ。
完全に声が裏返ってる。
どうしよう・・・今から係りの人に頼んだら降りられるかな・・・さすがに無理だよな・・・。
もやもやと考えていると、ピーという汽笛のような音が鳴った。
どうやら出発するようだ。
これはもう、1回だけ獄寺君に我慢してもらうしかなさそうだ。
ガタゴトとはじめはゆっくり動いていく。
普段ならば次に来るスピードに期待して胸を弾ませるところだが、
今は獄寺君の震えが次第に大きくなっていくのに気が気じゃない。
「だ、大丈夫?獄寺君」
「・・・」
この状態で話せという方が無理な相談だった。
それでも何とか声を出そうと口をぱくぱくしている獄寺君に、
今声をかけるのは彼を追い詰めることになると悟った。
ゆっくりと動いていたジェットコースターがついに一番上の高さに到達した。
次は、思いっきりスピードをつけて今上った分を急降下するはずだ。
それまで無言だった獄寺君が、急に声を出した。
「失礼します、10代目っ!」
「えっ?」
何を、と言う前にぎゅっと左手をつかまれる。
次にがたん、という衝撃。
そして、落下する時の浮遊感。
「うぎゃあああああああっ!!!!!」
さらに、獄寺君の悲鳴。
他の乗客も獄寺君に触発されるように叫び声を上げる。
ただし彼と違うところは、他の人たちはとても楽しそうな声だということだ。
声を出すタイミングを完全にはずし、取り残されるオレ。
獄寺君が少しでも安心できればいいと、彼の手を握り返す手に力をこめた。
ようやくジェットコースターが乗降口に到着した。
安全バーが上がり、シートベルトをはずす。
ふらふらしている獄寺君を支えて、ジェットコースターを降りた。
このジェットコースターはどうやらコースを2周するようで、
1度乗降口を素通りした時に見せた獄寺君の悲痛な顔が忘れられない。
とりあえず、これでは乗り物を回ることもできないので、近くのベンチで休むことにした。
「すみません、10代目。オレがふがいないばかりに」
どうやら話すことができるくらいには回復したようだ。
「いいよ。それは全然構わない。でも、無理しないで」
「無理なんて、そんなことないです・・・!」
「無理、してるよね」
「・・・っ・・・」
少し怖い顔を作って、声のトーンを下げると、獄寺君はうなだれるように下を向いた。
「別に苦手なものくらい誰にだってあるよ。それを無理しないでって言ってるだけ」
「ですが」
「今、もし敵が現れたらどうするの」
「!!」
「生身の俺じゃ、太刀打ちできないよ」
「・・・すみません」
オレは別に怒りたい訳じゃない。
そのうち獄寺君はオレのためにジェットコースターなんて比じゃないくらいの危険なことに飛び込んでいくようになるだろう。
オレのために後先考えずに飛び出して、ぼろぼろになる獄寺君を見たくないから、無理をしないように言っておく必要がある。
今の獄寺君の状態じゃ、もし敵が現れたとしても、向かってくる相手を倒すのも難しそうだ。
たぶん自分でもそれが分かっているから、獄寺君の顔も下を向いている。
「オレの方こそごめん。ただ、獄寺君に無理して欲しくなかっただけなんだ。
嫌なことなら、無理にオレにあわせることなんてないんだから」
「10代目、オレは」
「じゃあオレは飲み物買ってくるね。荷物置いていくからちゃんと見張っててよ」
何かを言おうとした獄寺君の声をさえぎり、強引にベンチから立ち上がった。
自分のせいだとしても、いや、自分のせいだからこそ余計、獄寺君の元気のない顔はこれ以上見ていたくなかったから。
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