山本と離れてドアの前まで行くと、オレが手をかける前にそれは開いた。
「10代目、帰りましょう」
ドアの向こうから現れたのは獄寺君だ。
「あ、獄寺君。ちょうどよかった。今から呼びに行こうと思ってたんだ」
獄寺君は掃除の時間が始まる前にリボーンから呼び出しを受けていた。
どうも獄寺君は山本を敵視しているところがあるから、山本と二人きりで話がある時はなかなかやりにくい。
しかも今回みたいに獄寺君に内緒の話の場合、獄寺君が席を外してくれていて本当に助かった。
今回ばかりはリボーンに感謝しないとな。
教室内を振り返ってもう一度山本にバイバイと手を振っている後ろで、
獄寺君が山本を睨みつけているのをオレは気づかなかった。
06:潔い土下座
「それでは10代目、また明日お迎えに上がります」
「うん。いつも送ってくれてありがとう」
獄寺君の体に隠れて、こっそり触れるだけのキスをする。
はじめて外でキスをした時は誰かに見られやしないかとびくびくしていたけれど、
悔しがるべきか頼もしく思うべきか、オレの体は獄寺君の体ですっぽり隠れてしまうので、
今では抵抗せずに受け入れてしまっている。
「・・・ん、む?」
だけど。
いつもは触れるとすぐに離れる唇が、今日はいつまでたっても離れない。
不思議に思って少しくぐもった声を出すと、いきなり唇をべろりと舐められた。
「っ、ちょ、獄寺君!?」
開いた唇に狙いすましたように舌を入れてくる。
思わず引っ込めた舌を絡め取られて、舐められる。
舌同士をからめて、吸われて、ちゅ、と音が立つ。
「ふ、ぁ・・・」
口内をくまなく舐められて、やっと唇を解放される。
外でこんなキスをされたことはなかったから、
びっくりして文句のひとつも言ってやろうと獄寺君を見ると
唇を濡らす唾液を舌で舐め取っているところで、
妙にいやらしくて何も言えずに口を閉じた。
「では、失礼します」
獄寺君はすっかりいつもの笑顔に戻っていて、
いまだにどきどきしているオレは赤くなって何も言えずに獄寺君の後姿を見送ることしかできなかった。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
少し脱力しながら扉を開ける。
台所まで行って弁当箱を渡しながら今日山本と話していたことを母さんに話す。
「母さん、山本のお店の手伝い頼まれたんだけど、行ってもいい?」
「山本君の?・・・あ、お寿司屋さんだったわね」
「うん。これから忘年会とかで忙しくなるんだって。
放課後少しでもいいから手伝ってくれないか、って言われて・・・」
「母さんは別にいいけど、ツナが行ってあちらのお邪魔にならないかしら?」
「大丈夫だよ!前に手伝ったことあるんだから」
本当はお金ないのにリボーンたちが食べまくったせいで、強制的にバイトさせられたんだけど・・・。
そのことは内緒にしておいて、母さんを安心させるように言う。
「そう・・・?ならいいけど。でもあんまり遅くまではダメよ」
「うん、分かってる!」
母さんの了承を得て、喜んで部屋に上がる。
お給料はもちろんもらえないけど、今度家族で行った時にお寿司を食べ放題にしてくれるんだそうだ。
制服から私服に着替えて、手伝いに行く準備をする。
そう、獄寺君に内緒でしていた話というのは、山本の家の手伝いの話だったのだ。
獄寺君にバレると絶対についてくるし、ついてきたら何かしらの迷惑がかかる。
だから山本は獄寺君のいない時にこの話をしてきたのだ。
獄寺君の不器用さは身に染みて分かってるから、
オレも山本に言われるまでもなく獄寺君には黙っているつもりだった。
手伝いに行くのは毎日じゃなくて、宴会の予約がいくつも入っていて皿洗いの人手だけでも欲しい、という日。
誰かアルバイトを雇うというほどでもないけど、家族だけでは手が回らないという日の助っ人だった。
幸か不幸か一度オレは山本の家で手伝いをしたことがあるから、仕事の面では信頼されているらしい。
肩からかばんをかけて、手袋をつかんで階段を下りた。
台所で夕食の準備をしてる母さんに、夕食までには帰ることを伝えて山本の家へと向かった。
山本のお店を手伝いはじめてから一週間、3回目の手伝いを終えた次の日。
皿洗いとはいえさすがに仕事をした次の日は疲れが残ってる。
首を回しながら家を出ると、すこぶる機嫌の悪そうな獄寺君に出迎えられた。
いつも通り迎えに来てくれて、いつも通り綺麗な笑顔を向けてくれる。
だけど湧き出るオーラはどす黒くて、こっそりと横顔を盗み見ると、人を睨み殺しそうな顔をしていた。
もちろんオレが見ているのに気づくと笑いかけてくれるんだけど、綺麗な笑顔に似合わないオーラにげっそりした。
教室に着くと山本が声をかけながらこっちにやってくる。
野球部は朝練があるため、山本は毎日早くから教室にいる。
「おはよー、ツナ。獄寺」
「おはよう、山本」
「・・・・・」
山本は挨拶しながらオレと肩を組み、こっそり耳打ちしてきた。
“今日また宴会6件入ってんだ。用事なかったら手伝い頼んでいいか?”
オレにしか聞こえないくらいの大きさで、早口に言う。
特別な用事なんて入ってないから、小さく首を縦に振った。
それを確認してから山本はオレの肩から手を離し、獄寺君の方を見てニカッと笑う。
「な、獄寺。数学の宿題やってたら見せてくんね?」
「やってねーよ」
「え?今日お前当たる日だぜ。よゆーだな!」
あははと豪快に笑いながら、宿題を見せてくれる友達を探しに行った。
山本も今日は当たる確立が高い。
オレに宿題やったか聞かなかったのは、昨日も手伝ってたからしてる時間がなかったと思ったんだろう。
もちろんその通りやってないけど、どうせやってても分からないとこだらけだろうから、
聞かれても山本の力になれることはなかっただろう。
そこでふと、獄寺君の視線を感じる。
「何?」
「・・・10代目、宿題やってきました?」
「ううん。やってない」
「じゃあ中休み使って一緒にやりませんか?」
「え?いいの?ていうか、こっちからお願いしたいくらいだよ」
「じゃあ決まりですね」
「うん、よろしくー」
一瞬鋭い視線を感じた気がしたんだけど、いつもの笑顔に気のせいだったかと思い直す。
そこで学校中に始業のチャイムが響き、しゃべっていた生徒たちは友達と別れて自分の席に座る。
オレたちもその例にもれず、慌てて自分の席に向かった。
獄寺君の機嫌はすこぶる悪かった。
オレにはいつも通りだから忘れていたけど、機嫌がすこぶる悪かった。
今日の獄寺君ときたら、いつも以上に目つきが悪くて禍々しいオーラもにじみ出てて、
その効力は先生が獄寺君の順番を抜かしてそのとばっちりが山本に飛んでいくほどだった。
クラスメイトはそんな獄寺君に耐えられず、必要以上に獄寺君の席から自分の机を離していた。
プリントを配る時の獄寺君の前後の子の泣きそうな顔は悲惨なものがあった。
これ以上教室の空気をどんよりさせるのもオレのせいじゃないのに気が引けて、
とりあえずお昼は気分転換してもらえたらと思って屋上に獄寺君を誘った。
昼休み、12月にもなるとさすがに屋上でごはんを食べるのは寒くなってきていて、最近は教室で食べていた。
でも今日は冬にしては日差しが強くて、寒いどころかちょうどいい暖かさだった。
3人でフェンスの前に座って弁当を広げる。
だけど獄寺君だけはコンビニの袋からパンを取り出すこともなく、うつむいている。
「獄寺君、食べないの?」
声をかけると顔を上げ、それには答えずに質問で返してくる。
「10代目、今日10代目のお宅にお邪魔してもいいですか?」
思いつめた顔をして何を言い出すのかと思えばそんなことか。
そんなに深刻にならなくてもいいのにと、いつもの調子で承諾しようと口を開きかけて、ふと思い出した。
今日は山本にお店の手伝いを頼まれていたんだっけ。
適当に用事があるからと言っても、何ですか、と聞かれたら答えられない。
ヘタに母さんを使うと後でバレそうで怖い。
獄寺君をちらりと見遣ると、駄目だと言わせまいとする鋭い視線や、
それでも駄目だと言われるとうなだれてしまいそうな
気丈な態度を必死でつくろっている表情に、どうしようかと頭を抱える。
先に山本と約束をしているのだから、突っぱねるのが道理なんだろうけど。
コンクリートの上で正座して、顔を上げてオレを見ている獄寺君を放っておくこともできず、
ついには一度引き受けておいて悪いと思いつつも、ちらりと山本を見てしまった。
対する山本は仕方ないなって顔で首を縦に振ってくれた。
オレはどうも獄寺君に甘いところがある。
直さなきゃいけないなぁと思いながら、山本に「ゴメン」という顔を向けて、
それから獄寺君に返事をした。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
緊張していた顔を緩めてふわりと笑う。
うん、やっぱり獄寺君の笑った顔が好きだなぁ。
こんな笑顔を向けられると、つい甘やかしてしまっても仕方ないことだと思う。
心の中で自分を弁護していると、
獄寺君はオレに向けていた顔を山本に向けて、ギッと音が出そうなくらい睨みつけている。
・・・何で?
また右腕とか何かの争いを一方的にしているのだろうか。
本当は山本の用事を断っちゃったんだから、
そんな顔しちゃ駄目だよって言いたいけど、言えないジレンマに陥っていた。
気は合ってるみたいなのに、もっと仲良くできないのかな・・・。
そんなことを思いながら箸で切った卵焼きを口に運んだ。
................
次
文章目次
戻る