「痛いよ」
ぽつりと洩らすと、途端に獄寺君は慌てた表情になる。
「痛いよ。胸が、すごく痛い」
腕が痛まないように緩く結ばれたネクタイも、痛みを感じないようにゆっくりと暴かれた秘所も痛くはなかった。
じんじんとうずく体のどこよりも、胸の奥がずっと痛かった。
オレは獄寺君とじゃないとこんなことしないのに。
獄寺君はオレのこと信じてないんだと思うと心が痛んだ。
後から後から止まることなく涙が溢れる。
顔の前に腕を持ち上げると、涙はネクタイに吸い込まれた。
「獄寺君はオレのこと信じてくれてないみたいだから。すごくつらい」
「っ!オレは、10代目のことを信頼しています!」
オレの言葉を聞いてまなざしは真剣なものになる。
その言葉を、オレだって疑うわけじゃないけど、でも。
「オレが山本とこんなことするわけないじゃないか」
「・・・っ」
部屋に入った時よりもいくらか冷静になった獄寺君が、オレの言葉に息を飲む。
10代目であるオレを信頼するうちの何分の一でもいいから、オレ自身を信じて欲しかった。
獄寺君の中では10代目というオレの存在はとても大きいのかもしれないけれど、
オレの中ではオレが10代目である割合はすごく少なくて、
獄寺君がオレのその部分しか信じてくれていないんだとしたら、すごく悲しい。
「オレはこんなこと、好きじゃない人とできるような人間じゃないよ」
「それは、分かっています」
「だけど疑ったじゃないか」
ぐ、と獄寺君が返答に詰まる。
喜んだり苦しんだり、くるくると良く変わる表情を、相手が焦っている間に観察する。
横に逸らされた視線が正面に向き直り、何かを決意したようにまっすぐにオレを見る。
すみません、と小さく呟いてオレの腕に巻きついたネクタイを取ってくれた。
外されたネクタイはベッドの上の方へと追いやられ、自由に動くようになった手に安心した。
それから獄寺君はオレの上から降りてオレの足元に正座をした。
何か話してくれるのかと思って体を起こす。
座り直したオレを見遣り、獄寺君はぼそぼそと口を開いた。
「最近、10代目と山本がオレのいないところでコソコソ何かしてるなと思ってたんですけど」
その第一声にオレは思わずぎくりとした。
完全に獄寺君に知られずに進められていると思っていた行動が、微妙に本人にばれていたのだ。
顔の筋肉がこわばってうまく表情を作れているのか自信がない。
それでも黙って獄寺君の言葉に耳を傾けた。
「オレがいない時を狙って話してたり、オレがいてもオレに聞こえないようにして会話してたり。
はじめは10代目のことだから、何か考えがあってそうしてるんだって思ってました。
オレは納得できなかったけど、オレが口を出して10代目の考えの邪魔しちゃいけないと思って耐えてました。
・・・・・・でも」
「でも?」
思わずごくりと息を飲み込んだ。
まさかここまでバレバレだったなんて思ってもみなかった。
その上獄寺君は何を語るのかと冷や汗が出る。
「昨日、オレ見たんです。10代目が夜、山本ん家から出てくるところ」
「・・・・・」
「リボーンさんを連れずに10代目お一人でしたので、ファミリーのことじゃないのかなと思って。
だとしたらそんな夜に山本と何の用があったんだろうって思うのと同時に、ここ最近の二人の様子が浮かんじまって。
何か二人で楽しそうにしてんのとか見たらすごい腹が立って。
もちろん10代目のこと信じてますから、そんなことはないって思ってたんですけど、
一晩中一人で考え込んでたら何かもう煮詰まっちまって・・・・・・・すみません・・・」
う、わ、あ。
しょんぼりと肩を落とす獄寺君を見ながら愕然とする。
獄寺君にばれないようにと気をつけていたのが、余計怪しい行動となって獄寺君の目に映っていたのだ。
完璧に獄寺君に知られていないと思っていたから、訳も話してない。
そりゃ獄寺君だって疑いたくもなるだろう。
「ごめん」
獄寺君の言葉を聞いて思わず謝罪の言葉が口を突いた。
オレが山本の店の手伝いをすると言ったら獄寺君まで手伝いに来てしまうだろうという確信があった。
そうなると余計忙しくなりそうで、黙っていたのだ。
言わなければバレないだろう、なんていう浅はかな考えで。
理由を聞かされていない行動は、それを見た人の中で間違った取り方をされてしまう。
これでは獄寺君を一方的に責められない。
「ごめんね、獄寺君」
もう一度謝罪の言葉を述べると、何で謝るんですかとでも言いたそうな顔をして、
それからハッと何か思いつめたように獄寺君が顔を上げてオレを見る。
その何だか嫌なことを考えているだろう顔を見返しながら、事情を話した。
「山本の家にはね、お店の手伝いに行ってたんだ。
獄寺君に黙ってたのは、獄寺君が知ったら、獄寺君も手伝いに行きそうだなと思ったから。
・・・あの、ほら。獄寺君ってあんまり家事仕事うまくないだろ?だから」
黙ってた理由を言う時は、さすがに獄寺君から顔を背けた。
本人に面と向かって言えるほど、オレの根性は座ってない。
「オレが誤解させるようなことしてたんだよね・・・ごめん」
シーツをつかむ自分の指先を見ながら、小さな声で言う。
「謝らないでください10代目!」
それまでと変わって大きな声に思わず顔を上げた。
だけどさっきまでそこに居た獄寺君の姿は、少し離れた、一段下に移動していた。
「獄寺君・・・?」
「オレ、10代目の考えてることも分からずに、自分の感情だけで動いてしまって・・・!」
かろうじて肩から上が見えていた獄寺君の姿が、一瞬で見えなくなってしまう。
獄寺君がいた辺りから少しくぐもった声が聞こえてきたので体を動かして下を覗いてみると、
獄寺君は床に頭をつけるほどの土下座をしていた。
その姿にびっくりしている間も獄寺君は言葉を続ける。
「10代目はあいつの店の損益とか仕事の能率とかオレの面子とか考えて、オレに内緒で話を進めていたんですよね。
それなのにその考えに気づかずに一人で煮詰まって、こんなことをしてしまうなんて。
10代目にお見せする顔がありません!!」
頭をさらに床に押し付け、頭よりも肩が上がる。
その様子に慌てて顔を上げるように言っても、姿勢を戻してくれない。
「オレも獄寺君に黙ってたんだから、オレだって悪いんだよ」
「いいえ、10代目の考えを汲み取ることができなかったオレが悪いんです!」
「それはオレが言わなかったせいもあるし・・・」
「10代目は何も悪くありません!」
「・・・」
「・・・」
かたくなに頭を床にこすりつける獄寺君を見ながらこっそりため息をついた。
そこで獄寺君が悪いとオレが納得したら、獄寺君はどうするんだろうか。
その時の様子を見てみたいとも思うけど、オレもそこまで酷くない。
「獄寺君が自分が悪いと思ってるのなら、オレは獄寺君を許すよ」
ベッドのふちに手をついて、少し下にある獄寺君の頭に向かって言う。
ぴくりと体が動いて、ゆっくりと顔を上げてオレの様子をうかがう。
「だけど何かオレに聞きたいことがあれば、一人で考え込まずにちゃんと聞いて?
オレも獄寺君に関することで隠し事しないようにするからさ」
ゆっくり諭すように言うと、獄寺君はオレを見ながらコクコクと首を縦に振った。
オレのことをオレが思っている以上に見ている獄寺君の前で隠し事をしていたら、また余計な誤解が生じてしまう。
今回のことを肝に銘じて、都合の悪いことも分かってもらえるように正直に言うことにしよう。
「これからはちゃんと獄寺君に言うよ。でも、ついてこないでって言った時は、本当に、ついてこないでよ」
「いいえ、それは聞けませんよ。オレは10代目の傍にお仕えして、10代目をお護りするんですから」
正座をしたひざの上で両の手のひらをぎゅっと握り締めて、真剣な表情でオレを見る。
自分の信念を曲げない強さがうらやましかったり、そのまっすぐな気持ちがオレに向けられているのに喜びを感じたり、
やっぱりそんな獄寺君に、負けるのはいつもオレなんだなぁってちょっと悔しかったり。
いつの間にかいつも通りの獄寺君に戻っていて、オレは思わず笑ってしまう。
「・・・じゃあついてきてもいいけど、手伝っちゃ駄目だよ」
「分かりました。でも10代目の身にもしものことがあれば、手を出させて頂きますから」
皿洗いの手伝いでオレの身にどうもしものことがあるのかと少し疑問に思ったけれど、
何もなければそれはそれで獄寺君は手を出さないということだから、まぁいいかと曖昧に頷いた。
それからもうひとつ、少しだけ怒った顔を作って付け加えた。
「いくら怒ってたからって、さっきみたいのじゃなくて、やさしくしてくれなくちゃ嫌だよ」
体を乗り出して獄寺君にキスをした。
申し訳なさそうな返事と一緒に返ってきたのは、深いキスと熱い抱擁。
今日はどうやら、山本の家の手伝いには行けなさそうだ。
End
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Topページの投票で1位を獲得しました、「嫉妬に狂う獄寺」でした。
うわぁんどこがっ!?(死)
途中まで、は、そうだと思うんです・・・けど、ね?
あー、もしご入用ならこれに投票して下さった方なら、持って帰って下さって良いですー。
・・・どうしよう、獄寺がヘタレすぎる・・・。
うわぁ、自分で引くなぁ。
これでも鬼畜獄寺を目指してたんですよ・・・?
ツナが泣く前までが手帳で書いたもの。
ツナが泣いてからがパソコンで書いたもの。
書いた時期が違うから、流れを忘れたせいかもしれません。。。
まぁいいや。
とりあえずサイトに鬼畜(を目指したもの)をアップできたから、
もう鬼畜書きたい病には侵されないでしょう。
一回書いておかないと、いつまでも書きたい書きたいと思ってしまうから。
次からはもう、無理せず普通にヘタレで行こうと思います。
私はヘタレ獄寺書きなんだよたぶん。
本当はもう1回えろ入れようと思ってたんですけど(入れてないしな)、
何か勝手に二人が終わらせてくれました。
獄寺の前に私がヘタレなのかもしれません。
入れた後もがっつりねっとり、みたいなの書きたかったんですが、
私の気力体力がやっぱり続きませんでした。
次こそは・・・!
(2005.01.07)
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