それは、夜空に咲く花のように
目に焼き付いて離れない


13:豹変


「日曜日の夜、7時から花火大会があるんだけど、もし行けるようなら一緒に行かない?」

そう言ったのは10代目。
学校へご一緒している時のことだ。
オレの返事はもちろん決まっている。

「お供させて頂きます!」

オレの声に驚いたのか、10代目が目を大きく開いている。
何を驚くことがあるだろう。
10代目のお傍に仕えさせて頂くと、何度も申し上げているのに。

「じゃあさ、オレの家の方が近いから、オレの家で待ち合わせってことでいい?」
「もちろんです。オレがお迎えに上がりますね」

休日も10代目のお傍にいられる。
しかも、10代目の許可の下で。
こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。
オレはいつも以上にほころぶ顔を10代目に向けた。

「何かあっても、オレがお守りしますからね」
「ただの花火大会だよー?何もないって」
「いいえ。備えあれば憂いなし、ですからね」

休みは浮かれた輩が多い。
いつもより50本多く、ダイナマイトを装備しておこう。
ふわふわとした10代目の髪の毛を眺めながらそう決意した。





待ちに待った日曜日。
花火は7時に上がるが、夜店が出ているらしいので、
6時に10代目のお宅の前で待ち合わせすることになった。
時間のきっかり15分前に到着。
10代目が出てくるのを門の前で待つ。
オレの前を通って行くやつらは、たぶん皆目的地は同じだろう。
会話を聞くまでもなく、ちらほら見られる浴衣姿に現れている。
しばらくぼんやりと通りを眺めていると、後ろでドアの開く音がした。

「あれ、獄寺君、もう来てたんだ」
「こんばんは、10代目!・・・まだ時間ではないですよね?」

オレがここで待ってから、まだ5分くらいしか経っていない。

「うーん、いつも獄寺君が早く来てくれてるだろ?
 だから今日はオレが待ってようと思ったんだけど」

やっぱり待たせちゃったね、と言って困ったように笑う。
その表情がオレは好きで、それをさせているのがオレだという事実に余計に嬉しくなる。
だけど、オレのことを考えて下さっているという喜びと同時に、
そんなことで気を使わせてしまって申し訳ないという気持ちにもなる。

「気にかけて下さって、ありがとうございます。
 でも、オレが好きでやってることですから、気になさらないで下さい」
「オレだって、自分で好きにやってるんだから、気にしないでよ」

そう言って笑った10代目の笑顔はとても綺麗だった。



「ところで10代目、浴衣姿、とても似合ってますね」

夜店が並ぶ神社へと向かう中、オレは口を開いた。

「あ、ありがとう。何か母さんが急に買って来たんだよ。
 今度花火見に行くんでしょーとか言って。
 オレだけ浴衣だったら浮くから嫌だって言ったのに無理やり着せてきてさ」

言いながら、その時のことを思い出しているのだろう。
少しふてくされたような、それでいて恥ずかしそうな顔をしてそっぽを向いた。

「じゃあオレは、10代目のお母様に感謝しなければなりませんね」

少し赤くなっている耳を見ながら話し掛ける。

「何で」
「だって、お母様のおかげで、10代目の浴衣姿が見られたんですから」
「っ!」

振り返った顔は真っ赤に熟れて、目はまん丸になっている。
くるくる変わる表情は、オレを惹きつけてやまない。

「な・・・なんだよそれっ!」
「そのままの意味ですよ。すごく、かっこいいです」

思ったことを口にすると、10代目はとたんに嫌そうな顔をする。

「・・・獄寺君にそんなこと言われても、お世辞にしか聞こえない」
「っ!どうしてですかっ!オレはあなたの前では嘘なんて言いませんっ!」
「・・・・・・かっこいい人にそんなこと言われても嘘臭い」

ぼそぼそと小さな声で言う。
オレの聞き間違いでなければ、それは。

「!・・・10代目、それって・・・」
「あ!ゆっくり歩いてたら遊べなくなっちゃうよ!急ごう!」

10代目は強引に話を変えると歩く速度を速めた。
もちろんそれはオレの追いつける速さで。
すぐに追いついてまた元通り肩を並べる。
10代目の左手がふらふらと所在なさげに揺れているのを見つけて。

「失礼します、10代目」

右手を伸ばして、10代目の左手をぎゅっと握った。

「うん」

歩く速さは、また元のようにゆっくりになっていた。



それから5分くらい歩いて、目的地についた。
ここは以前アネキから逃げた時にたどり着いた神社だ。
あの時は10代目とオレ以外に人はいなかったのに、今日はすごい数の人だ。
はぐれてしまわないように移動中はしっかり手をつなぎ、色々な店を回った。

まず目に付いたのが金魚すくいで、
金魚をすくうだけすくって、網がやぶれてしまうと、金魚は全部水槽に戻した。
10代目のお宅には金魚を飼うための器具がそろっていないそうだ。
小学生の時にすくった金魚は皆一晩で死んでしまったんだと少し寂しそうに言った。

その2軒隣ではヨーヨーつりをしていた。
これがなかなか曲者で、コツをつかむまでにこよりを5本無駄にした。
最後に取れた青いヨーヨーを10代目に差し上げるととても喜んでくださった。
ありがとうの一言で苦労は苦労でなくなるし、
向けられる笑顔はまたがんばろうという励みになる。

次に目にとまったのがスーパーボールすくいで、すくったボールを全部袋にいれてもらった。
これは金魚を持ち帰られない気持ちをはらすものだと思う。
それにしても祭りの夜店というものは、何でも水に浸かっているのだな。
ジュースやお茶のペットボトルが水に浸かっているのを見ながらそう思っていると、
ふと10代目が足を止めた。

「どうかしましたか、10代目」
「うん、あそこに射的があるなと思って」
「・・・あれですか?」

10代目の視線を追いかけて目当てのものを見つける。
小屋のような風貌で、手前に銃、奥に景品がある。
銃で撃ち落としたものをもらえるそうだ。

「リボーンなら百発百中なんだろうなぁ」
「そうですね、リボーンさんなら造作もないでしょう」
「うーん、やってみようかなぁ・・・でもオレこういうの全然だめだし・・・」

・・・この距離ならまぁ、大丈夫だろう。
銃の置かれた台から奥の景品までの距離を目算し、10代目に声をかける。

「10代目、何か欲しいものはありますか?」
「え?」
「ご迷惑でなければ、オレが落としてきますけど」

10代目はそう言ったオレを見ながら大きな目を一度瞬きさせた。

「獄寺君、銃撃てるんだ・・・」
「あっちにいた時に一通りの武器を扱えるようにと教育されましたので」
「うわ、すごいなー」

ダイナマイトばかり使っているから、意外だったようで。
元から大きな目をさらに大きくしてひとしきり感心した後、
10代目はオレの手を引っ張って足早に射的場へと向かった。



景品の内容と言えば、祭りの夜店だけあって、その場の雰囲気だけで成り立っているようなちゃちなものが多い。
そうでなければ女の子の人形か、ミニカーのような子ども用のおもちゃだった。
隣の10代目を見てみると、同じようなことを考えているのか、難しい顔をしている。
これは、オレの腕を披露することもないか、と思った時、不意に10代目が顔を上げた。

「獄寺君、あそこに並んでるお菓子、全部取れる?」
「お菓子、ですか?」
「そう。ある弾で取れるだけ」
「分かりました。やってみますね」

射的屋の男に金を払って銃の弾を受け取る。
弾は全部で6発だ。
コルクでできた弾を銃口に押し込んで、銃を構えて狙いを定める。
まずは一番上の段から。

パァン

乾いた音と共に小さいサイズのポテトチップスと、それを支えていたスタンドが倒れて台の下に落ちた。

すばやく次の獲物に狙いを定めて撃ち落とす。
一番上の段の菓子がなくなったので、次は二段目。

パァン パァン

そして三段目、と撃ち落としていくと、どうやら並んでいた菓子をすべて落としてしまったようだ。

「まだ弾が残っているんですが、どうしましょうか」

横に立ってオレが撃つ様子を見ていた10代目はオレの声にはっとしたように顔を上げた。

「じゃあ、何でもいいから撃ち落として」
「分かりました」

それならば、さっき見かけたあれにしよう。
パァンと音を立てて飛んでいった最後の弾は、誰かが弾を当てて倒れていたタバコの箱を撃ち落とした。


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