公園の前を通りかかると、子どもの声が聞こえた。
普段ならあんまり気にせずに通り過ぎるところだけど、
その声が聞きなれたもので、しかも切羽詰った感じにオレの名前を呼ぶものだから、立ち止まらざるをえなかった。
公園の中で一番大きな木の枝の先に、牛柄の服を着た子どもがぶら下がっていた。
「ツナ、助けろ!」
木の下まで来たオレに気づいて言う。
それが人に助けてもらう態度か、と上を見上げると、
口調はあんなだけど、態度は十分に助けて欲しそうな人のものだった。
仕方ないなとかばんを地面に置きながら、ひとつため息をついて、木を登った。
木登り自体は棒倒しでマスターしていたからどうということもなかったけど、そこからが大変だった。
オレがランボのいる枝の根元の部分に着くと、ゆっくり助けようと思っていたオレの心とは裏腹に、
ランボが勢いをつけてゆさゆさと枝を揺らしながら飛びついてきたものだから、
もともと人を乗せるようにできていない木の枝は、いとも簡単にポキリと折れた。
「っ・・・!」
オレはとっさに、寄ってきたランボを抱きしめて、背中を丸めて衝撃を待った。
けれど、思っているような衝撃はなく、代わりに誰かに受け止められる感触。
そしてそのままその誰か越しに地面に着地した。
14:『果てろ』
「10代目、大丈夫ですか?」
その声に硬くつぶっていた目を開けると、目の前には心配そうにオレを覗き込む獄寺君の顔があった。
「ありがとう。獄寺君のおかげで何ともないよ」
今の状態を嘘偽りなく伝えると、心配そうな顔は安堵して緩んだ。
獄寺君の肩越しに木を見上げると、枝の高さはそこまで高くないものの、
不安定な体制で地面にたたきつけられていたらと思うとぞっとした。
「こ・の、アホ牛!10代目に何かあったらお前の命ねーんだからなっ!!」
オレの無事を確認すると、オレにしがみついたランボに向かって怒鳴りつける。
「うえっ、ツナ、ごめん〜〜」
「あぁ、オレはいいから。獄寺君にお礼言おう?」
「う。」
今にもランボにつかみかかりそうな獄寺君を押しとどめながら言うと、
オレの言葉に泣き止んだものの、その一言をなかなか言出だせずにオレの影からちらちらと獄寺君を見ている。
対する獄寺君は、容赦なくランボを睨みつけている。
これってたぶん、ランボだけが悪いってものでもないよなぁ。
獄寺君とランボの間に挟まってのんきにそんなことを考えている間にも、まだ二人の攻防は続いていた。
「何だよ」
「う゛」
獄寺君に話し掛けられてびくりと震え、オレの制服をぎゅう、とつかんだ。
もう、服に涙と鼻水としわがつくのも慣れたものだ。
「ランボとオレが怪我しなかったのって、獄寺君が助けてくれたからだぞ?」
この二人に任せているといつまでもこのままだと悟って、言葉をかける。
制服をつかんだ手はそのままに、オレと獄寺君を何度か見比べてから「ありがと」と小さくつぶやいて、全速力で走っていった。
「ぐぴゃっ!」
公園を出るか出ないかのところで何かにつまずいて盛大にこけて、我慢している。
「今からリボーンを殺しに行くランボさんは、泣かないもんねーーー!!!」
何やら物騒なことを叫びながら走って、周りの人たちを驚かせている姿が見えた。
「ぷっ、ランボ、いつも素直だったらもっとかわいいのになぁ」
「そースかねぇ?」
獄寺君があからさまにオレと反対意見を言うところを見ると、彼らの間の溝は、相当深いんだろう。
くすくす笑いながら獄寺君の上から退く。
「っ、」
地面に置いていたかばんを肩にかけていると、後ろで獄寺君の声が聞こえた。
「? どうかした?」
「あ、いえ・・・」
何でもありません、と言いつつ、さりげなく後ろに手を回す。
その様子が明らかに何かあったことを物語っていて。
「手、見せて」
「ほんとに、何でもないんです!」
オレが近寄った分、獄寺君が後ろに下がって。
それを何度か繰り返しているうちに、獄寺君の背中にさっきオレとランボが登っていた木が壁を作る。
さぁ観念しろとばかりに距離を縮めて詰め寄ると、慌てた獄寺君が両手を前にしてオレをやんわりと押しのけようとする。
「っ・・・」
獄寺君の手がオレの体に触れた途端、顔を引きつらせて右手を引っ込めた。
それは、どう考えても怪我をしたようにしか見えなくて。
それでも大丈夫だと言い張る獄寺君の左手をつかんで、
多少強引にではあるけど、近くの病院へ連れて行った。
「すみません、10代目」
病院での診察の結果は、軽い捻挫ということだった。
それでも痛みが引くまではあまり手を動かさないようにと言われて、手当てを受けて帰っている途中なんだけど。
病院を出てからというもの、獄寺君はオレに謝ってばかりいる。
あれくらいのことで怪我をして、オレに迷惑をかけてしまうなんて、とかいう理由で。
「あのね、獄寺君。さっきから言ってるけど、君がオレに謝る必要なんて全然ないんだから」
「ですが10代目」
「ですがはもういいの!オレをかばって獄寺君が怪我をしたんだから、謝らなきゃいけないのはオレの方だってば」
「すみません・・・」
「・・・」
こういう話になると、途端に話がかみ合わなくなる。
いくら言っても理解してもらえないので、その話はもうやめることにした。
いつもならこの十字路を右に曲がってオレの家に向かうのだけど、そこを素通りして獄寺君の家へ向かう。
毎日オレを家まで送り迎えしている獄寺君は、うろたえながら十字路から動けずにいる。
「あの、10代目?どこへ行くんですか・・・?」
ああやっぱり。
自分がそんな状態でもオレを送ろうとしていたんだ。
恐る恐るといった感じにオレに呼びかける獄寺君を振り返って言う。
「獄寺君の家」
「え・・・」
「手がそんなだったら色々不自由だろ?身の回りのこと手伝うよ」
「そ、そんな!」
口を開いたり閉じたり、手を体の前で動かしたり、盛大に慌てている獄寺君を見てため息をつく。
「「恐れ多い」?」
獄寺君が言いそうなことだと思って聞いてみると、ちょうど同時に言葉がかぶさって。
オレに言い当てられるとは思っていなかったのだろう、獄寺君の体がびくりと震えた。
「獄寺君だからだよ?」
「え?」
「もし他の人だったら、ありがとうございました、ごめんなさいって謝ってそこの角で分かれる。
でも獄寺君だから、オレにできる精一杯のことをしたいと思うんだ」
「10代目・・・」
「それでも、手伝わせてくれない?」
「いえ」
オレの言葉に少し顔を伏せて、こぶしをぎゅっと握った。
それからすぐに顔を上げて。
「光栄です」
そう言った獄寺君の笑顔は普段見せる屈託のない笑顔とはまた別の、
見ていると胸を締め付けられるような笑顔で。
今度はオレの方が下を向いて、そう、と答えるのが精一杯で。
獄寺君がオレの隣に並ぶのを待ってから、獄寺君の家へ向かってまた歩き出した。
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