リボーンとビアンキの結婚式(?)が何とか終わり、
真っ黒なサングラスのおかげで周りが全く見えない獄寺君の手を取って、
めったに歩けないような立派な廊下を歩いていく。

「すみません10代目、ご迷惑をおかけします」

サングラスのせいで目は見えないけれど、
まゆげがハの字に垂れて、申し訳なさそうな顔をしているのは分かった。
表情だけではなく体全体でしゅんとうなだれて、
そんな気にすることもないのになぁと、繋いだ手に少し力を入れた。

「獄寺君、もうビアンキいないから。サングラス外してもいいよ」

そういうと獄寺君はバッと顔を上げ、
それから開いてる方の右手をサングラスにかけた。
サングラスの下から現れたのは伏せられた目で、
ひとつひとつのパーツが作る表情が、とても綺麗だなぁとしばらく獄寺君の動作を眺めていた。
顔以外の、手や、サングラスだって、獄寺君の一部みたいに綺麗な形を作ってる。
片手で器用に折りたたんだサングラスをスーツの胸ポケットに差し込んで、
それから獄寺君がこっちを見て、目が合ったところでにっこりと綺麗な笑顔を見せてくれる。
獄寺君のことをじっと見ていたのがばれたみたいで少し恥ずかしい。
それでも獄寺君は変わらずの綺麗な笑顔で、

「やっと10代目の顔が見えた」

そんなことを言って繋いだ手に力を入れるものだからオレはますます恥ずかしくなって、
赤くなってしまっただろう顔を隠すようにして間近に迫ったトイレの中に慌てて入った。





「はぁ、さっきは災難だったね・・・」

式中の気苦労とか廊下での変な緊張のせいでどっと疲れが出てきた。
洗面台に手を付きながら、はぁ、と深いため息をついた。

「10代目にご迷惑をおかけして申し訳ないです。
 アネキのやつ、リボーンさんのこととなると見境なくなりますから・・・」

洗面台に腰をかけて、こちらも大きなため息をつきながら姉の行動に頭を抱えていた。
まぁ何ていうか、そういうとこは、獄寺君も変わらないんだけど。
心の中でこっそりそんなことを考えつつ、ちらりと横目で獄寺君の様子を伺った。
正月に遊びに来た時にフォーマルな装いをしていたのは見たことがあるけれど、
こういった普通のスーツを着ている獄寺君は見たことがなかった。
緑地に白のい線の入ったシャツに白いネクタイ、
真っ黒なスーツはオレが見ても仕立てが良いのが分かる。
獄寺君の綺麗な顔や綺麗な体にとても似合っていた。
その姿にぼぅっと見とれていると、不意に獄寺君がこっちを見た。
そしてにっこりと笑いながら口を開く。

「10代目、そのスーツ、すごく似合ってますね」
「えっ!?」

何だって?
オレがスーツ似合ってるって?
自分が子どもっぽい顔つきをしてるのも知ってるし、スーツを着ても大人っぽくならないし。
何だか服だけが立派でしばらく鏡を見てはため息をついてたっていうのに。
しかもばっちり似合ってる獄寺君に言われても、お世辞にしか聞こえなかった。
そうだお世辞だ。決まってる。
獄寺君はオレのこと10代目だとか何だとか言ってるから、
似合ってもないこの服装を、似合ってるだなんて言っておだててるんだ。
そう思うと少しムカムカしてきて、自分でも鋭くなってるって自覚できる目つきで獄寺君を見た。
すると獄寺君はさっきよりも甘みの増した笑顔でにこにことオレのことを見ている。

「オレが思ってた通り、10代目には黒いスーツが良く似合います」

むっつりとしたオレの顔を、甘ったるい獄寺君の瞳が覗き込んでくる。
体を傾けて顔の高さをオレと同じにして、それがそのままゆっくりと近づいてきた。
ふんわりと重なった唇が、同じようにゆっくりと離れていく。
唇は離れ、鼻をくっつけあったまま、息がかかるくらいのところで、獄寺君はにっこり笑う。

「本当ですよ」

獄寺君の顔が上に動いて、眉間に軽くキスをされる。
あぁもしかして不機嫌な時の獄寺君みたいにしわが寄っていたのだろうか。
そんなことを気にしていると腰に手が回り、ぐい、と獄寺君の方へ引き寄せられた。
腕の中でふわりと香ったのは、いつもよりも少し大人っぽい香水のにおい。
それが気になって上を向くと、待っていたみたいにぴったりと唇を合わせられた。
さっきまでの触れ合うだけのキスではなくて、唇をゆっくりと啄ばむような、むずむずするようなキス。

「っは、ん・・・」

小さく声を漏らすと、その隙間を縫って獄寺君の舌が入り込んでくる。
ちゅ、と濡れた音がするたびに顔が熱く火照るのを感じた。
しばらく絡み合った舌が出て行き、
顔を合わせるのが恥ずかしくて下を向いたオレの耳元に唇が寄せられる。

「10代目のスーツ姿、もっと見せてください」

熱い吐息と共に吐き出された声にびくりと体が震えた。
いつもよりも幾分トーンの下がった声。
低く響くその声は、オレの体の中にぞくぞくとした感覚を植えつける。
密着していた体を少し離し、お互いの体が見える距離。
頭の先から顔を通り、言った通りにスーツの辺りで止まる視線。
じっとオレを見つめる獄寺君とは反対に、
オレは獄寺君を見つめ返すこともできずに恥ずかしさで目を閉じた。
目の前は真っ暗で、何も見えない。
なのに獄寺君の視線だけは痛いほど感じられて。
腰に添えられた獄寺君の手に必要以上にびくつく自分の反応が恥ずかしい。

「10代目、渋いです」

先ほどよりも離れたところから聞こえる声と、首筋に触れた指。
思わず肩をすくめたけれど、獄寺君の指は意に介さずそのままゆっくりと首筋をなぞる。
耳元から首筋を辿り下に動き、ネクタイに指がかかる。
オレは慌てて目を開けると、獄寺君の視線の強さにドキリとした。

「ご、獄寺君・・・?」

リボーンの結婚式用にと母さんが新しく用意した白地に黒い水玉模様のネクタイ。
その結び目に手を這わせて、もてあそぶように指を動かす。

「10代目、いいですか?」
「な、何が・・・?」

獄寺君の質問に質問で返す。
何が聞きたいのかなんて、何となく、分かる。
オレに向ける視線、オレにかける声が、普段とはまったく別のものに変わっているから。
獄寺君の目を見ながらまばたきもできずに硬直しているオレのネクタイに
絡めた指に力を入れてオレが動けないようにすると、獄寺君が顔を寄せてきて首筋にやわらかく口付けられる。

「この続きを、してもいいですか?」

やわらかい唇の感触の後に、舌でべろりと舐められる。
その濡れた感触に喉を上下させると、ネクタイが緩められてそこにきつく口づけられた。

「ん、」
「10代目・・・」

肌から少し離れたところで囁かれる。
首の下に当たる獄寺君の熱い息にオレの口からもため息が漏れる。

「駄目ですか?」

オレの胸元から上目遣いで聞いてくる獄寺君は、
普段のかわいさはかけらもなく、
その目で見つめられると背筋をぞくぞくと通り抜けるものがあった。

「だ、駄目だよ・・・だって、誰が来るかも分かんないのに」

そうだ、ここはホテルのトイレなんだから。
今すぐに誰かが入ってくる可能性だってあるんだから。
オレはぎゅっと目をつぶって、震える声で獄寺君に告げる。
すると獄寺君は抱き寄せたオレから手を離した。
少し待ってください、と言いながらドアに向かい、
カチャリと小さな音を立てて鍵を閉めて、

「これなら大丈夫でしょう?」

振り返った獄寺君はいじわるが成功したような嬉しそうな笑顔だった。


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