このコーナーは曲に対する考えや思いを綴っています。
独断に基づいており、客観性や学術性は全くありません。
専門的な言葉が出てきますが、あまり解説していません。
「掲示板」や「メール」でご質問くだされば、必ずお答え致します。
長唄 藤  娘
 歌舞伎、日本舞踊の超スタンダードナンバー。誰もが知っているこの名前。ワープロソフトでも一発変換。華やかかつ奥の深い作品。なにしろ、踊りの初心者からベテラン役者まで幅広く手掛けている。
 いろんな演出があるが、私の好きなのは、「チョンパー」といわれるもの。これは、暗転で幕が開き、置き唄と鼓が響く。鼓の音が切れたところで、チョーンと柝頭が入ると、一瞬にして全照明が点灯し、舞台中央に大きな藤の木。舞台一面が藤の房で覆い尽くされている中に、かわいい藤娘が立っている。想像するだけで、ワクワクする。学生時代、南座で初めてこの演出を見た時は、感動して身体が震えた。それから5日間連続で通った思い出がある。
 「人目せき笠塗り笠しゃんと〜」とかわいい踊りが始まると、鳴り物も入って一層華やかになる。ここは能管を吹くのだが、曲の雰囲気を壊さないように優しく吹くようにしている。
 途中着替えが終わって出てくると、後半はいろいろなバリエーションがある。有名なのは「藤音頭」と「いたこ」。「藤音頭」は六代目菊五郎が考案した演出で、お酒に酔う振りがあったりして、芝居心が要求される。綺麗な旋律だが、長いので篠笛を吹くのがしんどいところ。辛さを感じさせず、優雅に吹きたい。
 「いたこ」は伝統的なきれいな踊り。他には西川流の「西川音頭」や歌右衛門系統の「成駒屋のいたこ」などがある。
 そのあとは、一転して賑やかな太鼓地。鳴り物がすべて入り、篠笛もハデに吹く。
 演奏者側も観客側も楽しめる、まさに踊りの代表作といえる。
長唄 連獅子
 杵屋勝三郎作曲のものと、それをアレンジした杵屋正治郎のものがある。勝三郎の曲は、長唄演奏会でよく出る。変化に富んだ名曲だと思う。退屈せずに聞くことができる。
 これを舞踊用にアレンジしたのが、正治郎バージョン。(昔は著作権の問題もなく、平和な世の中だ。)この曲は、大好きな曲の1つ。最初に大薩摩があるのが、堂々としていてカッコイイ。
 「峰を仰げば〜」の篠笛のところは、少々長くてしんどいが、気持ちの良い旋律。とても好きなところ。「峰を仰げば千丈の、雲より落つる瀧の糸、谷を臨めば千尋なる、底はいづくと白波や〜」何とも壮大な歌詞だ。師匠から受けたアドバイスは、「雄大な大自然を実際に見て、感動した経験がないと、ここを吹いても気持ちがこもらない。旋律を追うだけでなく、頭の中に感動を再現しないとダメだ。」
 このあと暫くあって、子獅子が谷底から駆け上がって来るところが、力がみなぎってカッコイイ。「突掛」という鳴り物に合わせて、花道七三で足を踏む。ゾクゾクする程力強い表現。前半の山場だ。
 後半は、親獅子と子獅子の「狂い」、「髪洗い」があって、盛大に盛り上がる。
 一般的な演出では、父親である親獅子と子獅子の2人で踊る。舞台は松羽目。これが、楳茂都流では父親獅子、母親獅子、子獅子の3人になる。舞台も曲の通り深山の装置。これは、なかなかわかりやすくて面白い。父獅子が子獅子を谷底へ蹴落とした後、母獅子が嘆き悲しむところも現実的でわかりやすい。松竹座で、鴈治郎(父)、秀太郎(母)、翫雀(子)のキャストで1ヵ月間やらせてもらった。
清元 流  星
 誰でも楽しめる面白い曲だ。カミナリの夫婦喧嘩を描くところが見せ場だが、言葉のシャレが多く、歌詞もわかりやすい。客席がなごむ踊りである。
 ところが、この篠笛がなかなか難しい。それまでのドタバタした雰囲気と打って変わって、静かな曲調になる。「つぅーーきぃーー」という歌い出しが特に気をつかう。口を充分に絞って、極力小さな音で吹き出し、徐々に膨らませていく。唄の聴かせ所でもあるので、私としては一呼吸遅らせて吹くようにしている。唄の上に合流していく感じ。
 小さな音で吹き始めるということが、非常に難しい。まず、充分な口の絞りが必要になる。高い音ならなおさらだ。息の量も最初は少なく、だんだんと増やしていく。息の量が少ないと、音程を保つのが難しくなる。音の出る瞬間は、最高の緊張に達する。
 この曲は、出だしの数秒間が勝負。あとは指使いも何ということはないし、曲にも乗りやすいと思う。
長唄 越後獅子
 最もポピュラーな曲の1つ。演奏会や舞踊会のスタンダードナンバー。内容は知らなくても、タイトルだけでも有名。同題の地唄をヒントにして踊り用に作られたらしいが、わずか3日でできたというから驚く。作詞に1日、作曲に1日、振り付けに1日らしい。
 この曲で好きなのは、浜唄の部分。節回しが、海岸に打ち寄せる波を連想させてくれる。なんとも心地良い。ここは笛を吹いていないので、いつも気持ちよく聴いている。
 そのあとは、笛の活躍するところ。「なんたら〜」の太鼓地である。二杯ある時は、一杯目は素直に吹き、二杯目は少し遊んだ吹き方をしている。悩むのは、一杯しかない時。以前は遊んだ吹き方をしていたが、この頃は素直に吹いている。二杯目に遊ぶからこそ意味があるような気がする。また変えるかもわからない。
 後半はサラシ。合方もよくできているし、鼓も賑やか、踊りもハデになるが、笛だけはヒマ。曲も踊りも盛り上がって、客席から拍手もきているのに、することがないのは寂しい。前半は吹くところも多く、楽しいのだが、後半は気持ちが引いてしまう。どうしたものか。
義太夫 猩  々
 「猩々」は中国の故事を題材にして能が作られ、それが幅広いジャンルで焼き直しをして取り入れられている。その中では義太夫バージョンが一番気に入っている。
 前半は義太夫らしく、語りでストーリーを展開していく。三味線は控えめながらも、重厚な貫禄を見せる。「芦の葉の笛を吹き〜」から旋律の面白さが出始め、こちらもワクワクしてくる。
 「残るらん」で太夫と三味線は小休止。ここからは囃子方だけの世界。小鼓、大鼓、太鼓、笛の四拍子で「中の舞」あるいは「猩々乱」という能囃子の演奏。立方にとっても、笛のメロディーと打楽器のリズムだけで舞う難しいところ。能から移した曲なので、こういう部分を残しているのはニクイ演出だ。客席から見てもカッコいいと思う。(意識しすぎかなぁ)
 それが終わると、息もつかせず三味線が入ってきて、後半へ突入。文字通り「突入」という感じで、最高の盛り上がりを見せる。太棹の重みのある撥さばき、小鼓、大鼓の心地よいリズム、太鼓の迫力、そして力強い能管の旋律。演奏しながら曲に引き込まれていく。何度やってもシビレル。最高だ。
ご意見はこちらまで