忘れ物の話

 児童朝礼が始まっている途中に、私が看護当番だと言われました。
 急なことでした。看護当番の引き継ぎもしていなければ、生活目標が何かも聞いていません。
「忘れ物をしない、だったと思います。」
と、教務の人に言われました。
 まあ、とにかくやるしかありません。
 校長先生が話している間に、私が話すことを考えました。
(忘れ物がある子をすわらせるか、何も忘れ物がない子をすわらせよう。)
(大工が大工道具を忘れない、という話をしよう。)
 結局、次のような話をしました。

 忘れ物の話です。
 家を建てる大工さんは、ノコギリ・カナヅチ・カンナなどの道具を絶対に忘れません。
 みなさんは、学校に勉強しにくるのですから、勉強道具を忘れることは、ないはずですね。
 今日、何か一つでも忘れ物をした人は、その場にしゃがみなさい。
 教科書・ノート・えんぴつ・赤えんぴつ・ハンカチ・ティッシュ。
 大丈夫ですか。
 今、立っている人は、何も忘れなかった立派な人です。みんなで拍手をしましょう。

 これで終わりです。
 最初に「忘れ物の話です。」と一言入れたのは、いきなり大工の話をしても、子どもは何のことか理解できないと、思ったからです。
 忘れ物がある子をすわらせていくことで、最後まで立っている忘れ物のない子をほめることができます。
 ほめて終わる、という形が、やはりいいでしょう。
ただ、「忘れる」というのは、この言葉自体、マイナス言語です。
 できれば、「きちんと持ってくる」というプラス言語で語る方がいいようにも思います。
 なぜなら、「忘れ物をしない」という言葉から、頭は、「忘れ物」をイメージしてしまいます。イメージすることは実行してしまうのが人間の性でもあります。

 ところで、結局、私は看護当番ではありませんでした。
 でもまあ、朝礼台に立って指示を全体に出すのは、楽しいから、いいのです。

(2004.9.6)