少しの休憩を取ったあと、再度リボーンさん特製プリントを挟んで勉強を始める。
2セット目のプリントを解き終えた頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。
徐々に太陽の高さが下がってくるのには気付いていたが、
10代目と長く一緒にいたいと思ってしまって勉強を切り上げることができなかった。
暗くなったらきちんと10代目をご自宅までお送りすればいいし、と思って。
「これで明日の補習も、もちろんマラソンもバッチリですね」
答えで埋めたプリントを鞄の中に仕舞う10代目を見ながら話しかける。
10代目がご自宅に帰ってしまう用意をしているのは寂しかったけれど、仕方ない。
「補習の方は獄寺君のおかげでなんとか。でもマラソンはどうかなぁ・・・」
鞄のチャックを閉めながら10代目は苦笑を漏らす。
また苦手意識を持っているんだろうか。
確かに10代目は走るのはあまり得意ではないようだけど、
それでも自分のペースでしっかりと最後まで走りきるところが素晴らしいと思う。
最初だけ全力で走って後から力尽きて走りきれないような奴より余程立派だ。
体育の授業の練習でも、少しずつ同じ時間内で走る距離が伸びてきていて、苦手でもきちんと努力されている。
そんな10代目のことを隣で見ることができて、オレは本当に幸せ者だと思う。
「獄寺君は、かっこいいよねぇ」
ふと聞こえてきた10代目の声にぱたりと思考を中断させる。
「・・・はい?」
10代目は今なんと言ったのか。
思わず真顔で聞き返してしまえば、10代目は盛大に顔を赤くして慌て始めた。
「え、ごめん!そうじゃなくて、や、そうなんだけどね、」
明らかに動揺しながらも言葉を続けてくれているので黙って続きを聞くことにした。
ていうか10代目、そうなんだけどね、って、え、オレってかっこいいですか!?
・・・10代目以上にオレも動揺しているのかもしれない。
「獄寺君、普通に走ったら山本と一位争いできるくらい早いだろ?
一位だったらみんなからすごいって言われるのに、オレなんかと一緒に走ってくれて、悪いなぁ、って思って・・・」
ん?そこがかっこいいんだろうか?
10代目の考えが深すぎて分からないけれど、それを理解するよりも先に訂正しなければならないことがあった。
「オレ、10代目と一緒に走るの、嫌じゃないですよ。むしろ嬉しいです。
一位になることなんかより、10代目と一緒にゴールすることの方が嬉しいです」
うつむき気味だった10代目はますます下を向いてしまって、
きつく言ったつもりはなかったけれど、そんな風に聞こえてしまっただろうかと焦ってしまう。
けれど次に聞かされた言葉にオレは盛大に顔を赤くすることになる。
「うん、だからね、そういうところがかっこいいと思うんだよ。
一位だって狙えるのに、それよりも大切だって言えるものがあるっていうのが。
・・・それがオレ、とかいうのは、なんていうか・・・恥ずかしいんだけど」
二人して顔を赤く染めてうつむいてしまって、リビングには沈黙が落ちる。
10代目のことを大切だと思うことは恥ずかしいことではないけども、
そういうことを10代目から言われるのはとても照れくさい。
たぶん10代目もそういう意味で恥ずかしいと言ったんだろう。
「オレの気持ちが10代目に伝わってるの、すごく嬉しいです」
まだ顔の火照りは収まらないけれど、きちんと思いが伝わるように告げる。
やっぱりまだ赤い顔のままの10代目はうつむいたまま小さく頷いてくれた。
10代目のその仕草に、顔の熱が胸にまで降りてきたようにほかほかになる。
いつまでもこうやって一緒にいたいけど、そろそろ帰らないとお母様も心配するだろう。
「そろそろご自宅に戻りますか?外暗いですから、オレ送って行きますね」
声をかけて腰をあげようとすると引き止められた。
「そのことなんだけど、今日、泊まってっちゃダメ?」
今日何度目かの衝撃に、中途半端に腰を上げた状態で固まってしまった。
ぎぎぎ、と音が鳴りそうなぎこちない動きで10代目に視線を合わせる。
「ダメじゃ、ないです」
「よかった」
ほっと安心したように息を吐き出す10代目はとてもかわいらしかったけれど、
それを見るオレは未だ片足を立てて立ち上がろうとしている状態で固まったままだ。
ダメじゃない。いやむしろ大歓迎だ。
だけど明日はまだ学校もあるし(マラソン大会だけど)補習もあるし、
平日に10代目が泊まるってことがなかったから反応ができないくらいに驚いてしまった。
だってあれだ、今日から明日までずっと10代目と一緒なんだ。
泊まるんだからもちろんそうなんだけど、起きてから一緒に朝食を取って、そして一緒に部屋を出て登校するんだ。
す、素晴らしすぎる。
輝かしい明日のビジョンが脳裏に映し出される横で、ふと過ぎるものがあった。
「お母様にはそのことはおっしゃって来たんですか?」
もし知らなかったら早く連絡しないと心配しているかもしれない。
「うん。もしかしたら泊まってくるかもしれないって言ってきた。
明日はジャージで登校だから、獄寺君に泊まっていいって言われたら
パジャマの代わりにジャージで寝ようかなーって思って用意もちゃんとしてきたよ」
そう言いながら10代目はぽすぽすと鞄を叩いた。
確かに筆記用具だけのふくらみではないようだ。
それにしても10代目からこの言葉を聞くたびにいつもどきりとする。
お母様に内緒で泊まるなんてことはしないだろうけど、
お母様から了承が出ていることが嬉しくもあり、心臓に悪かったりもする。
大切なご子息に手を出してすみません、っていうような。
いや、生半可な気持ちで10代目を抱いてるわけじゃないけど、
安心して10代目を預けてくださってるのにある意味でオレが一番危険じゃないのか、って。
そんな風に思いながら、やっぱり嬉しくてたまらないのは仕方のないことなんだ。
いくら言葉を並べても、10代目を前にすると何も考えられないくらい頭の中がふわふわになってしまう。
でも明日はマラソンに補習があるからな・・・10代目に負担がかかるようなことはしないようにしなきゃいけない。
「じゃあオレ風呂の用意してきますね。10代目はお疲れでしょうからテレビでも見て休んでてください」
「あ、だったらオレごはんの用意するよ。台所使ってもいい?」
「ありがとうございます。・・・今日はカレーでも作ろうと思って材料用意してたんで・・・」
「うん、分かった。カレーならオレ作れるよ」
「用意できたらすぐ手伝いにいきますんで」
「うん」
立ち上がって10代目は台所へ、オレは風呂場へと向かう。
水を溜めている間にバスタオルを用意、石鹸やシャンプーの残量のチェック。
それから少し散らかっている寝室を片付けようとキッチンの隣を通ると、トントンと野菜を切る音がする。
10代目がオレの部屋で料理を作ってくれるなんて、なんて幸せなんだろう。
こういうのって新婚っぽいなぁ、とか俗っぽいことを考えながらしばらくキッチンの隣で立ち尽くしたあと、
頭を振って寝室の片付けに向かった。
散らばっている衣類をクローゼットに戻し、洗濯するものはまとめて風呂場に持っていく。
脱衣所に置いてある洗濯機の中に入れるだけ入れて、こんなものかと一息ついた。
浴槽に溜めている水はまだ半分くらい。もう少し時間がかかりそうだ。
その間に携帯を取り出して発信履歴から10代目の名前を見つけてボタンを押した。
プルルルル、という呼び出し音が4回ほど続いたあと、ガチャリと受話器の上がる音が聞こえる。
『はい、沢田です』
お母様の声にほっとしながら、即座に姿勢を整える。
「夜分遅くにすみません、獄寺です」
『あ、獄寺君?今日はツナがお邪魔しちゃってごめんね?』
「いえ、あの、10代目はオレが責任を持ってお預かりさせていただきますので」
『ええ、獄寺君なら安心だわ。ツナのことよろしくね』
「・・・はい!それから、10代目は明日の用意を持って来ていらっしゃるので、
明日はそちらに戻らずにオレの家から学校に向かいますので」
『ええ。あの子なかなか起きないから迷惑かけちゃうけど、よろしくお願いね』
「はい、遅刻などしないよう、誠心誠意務めさせていただきます!」
『うん、よろしく。わざわざ電話してきてくれてありがとう。それじゃあ』
「はい、失礼致します!」
ガチャ、と受話器の置く音がして、携帯を耳から離して電源ボタンを押して通話を切る。
一部心臓に悪い言葉が聞こえたが、なんとか動揺は心の中に押さえ込んで対応できたはずだ。
お母様にも不審がっている様子は見られなかった。
いや、今日は別にお母様に隠さなきゃいけないようなことは断じてしない、うん。
やけに汗ばんでいる自分の手のひらにうんざりしながら携帯をズボンに戻し、
もう一度風呂場を覗いて浴槽に水が溜まっていることを確認して水を止める。
給湯器のボタンを押して風呂場の電気を消すと、10代目を手伝うためにキッチンへと向かった。
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